相撲部屋に入門したときは「横綱になるぞ!」と胸を膨らませていましたが、目の前に広がる力士たちの圧倒的な強さと体格に、その夢は一瞬で打ち砕かれました(-_-;)
こんにちは、元力士のしんざぶろうです!
小学生の頃、僕を夢中にさせたのは、絶対的な強さを誇る横綱「千代の富士」でした。あの伝説の引退会見「体力の限界です」という言葉は、子供ながらに大きな衝撃を受け、「まだ強いのに、なぜ?」と心の中で複雑な感情が渦巻いたのを今でも覚えています。
多くの日本人にとって、その時代の横綱は特別な存在。相撲をあまり知らない人でも、強い横綱には少なからず興味を持ったことがあるのではないでしょうか?そして「横綱になる条件って何だろう?」と疑問に思ったことがあるかもしれませんね。
今回は、そんな相撲界の最高位「横綱」について、どうすればその地位に上り詰めることができるのか、横綱昇進の条件やその背景をわかりやすく解説していきます。
ぜひ最後までお付き合いくださいね。
元力士 まさる
若貴ブームはすごかったよね!
- 横綱昇進に必要な成績基準について
- 横綱昇進の具体的な決定プロセス
- 横綱審議委員会の役割と昇進に与える影響
- 昇進が見送られた力士の具体的なエピソード
横綱昇進の条件とは?
横綱に昇進するには、「成績要件」と「品格要件」2つの要素が求められます。どちらも相撲界の最高位にふさわしいかどうかを判断する基準であり、これらをクリアすることで、横綱昇進への道が開かれます。
それでは、それぞれの要件について詳しく説明していきますね。
成績要件
横綱に昇進するためには、まず大関での安定した成績が必須となります。以下の具体的な基準が一般的に求められます。
- 2場所連続優勝 またはそれに準ずる成績
- 昇進前の2場所で26勝以上
- 昇進直前の場所で13勝以上
上記の基準を満たすことで、昇進の候補となりますが、単純な勝利数や優勝だけでなく、相撲の内容や対戦相手の強さなども評価に含まれるため、一概に「これだけで昇進」というわけではありません。
品格要件
横綱は相撲界で最も高い地位を持つだけに、単に強いだけでは務まりません。そのため、「品格」が非常に重要視されます。横綱審議委員会(横審)では、この「品格」を次の基準で評価しています。
- 相撲に対する精進
⇒相撲は単なる競技ではなく、精神的な鍛錬や日々の稽古への真摯な取り組みが必要です。横綱には、勝利だけでなく、相撲そのものに対する深い情熱や努力が求められます。 - 地位に対する責任感
⇒横綱は単に強さを誇るだけでなく、相撲界全体の象徴として、その地位にふさわしい責任感を持つことが必要です。彼の言動や行動は他の力士や社会全体にも影響を与えるため、横綱としての自覚と責任が強く求められます。 - 生活態度の模範
⇒横綱は他の力士の手本であり、相撲界の顔でもあります。生活態度や公私にわたる振る舞いが常に注目されるため、横綱はその立場にふさわしい模範的な行動を取る必要があります。
- 社会的責任感
⇒相撲は日本の伝統文化の一部であり、横綱はその代表者です。社会的影響力を持つ横綱として、相撲界内外で品格を保ち、常識的で責任ある行動を取ることが期待されています。
例えば、朝青龍は非常に強い力士でありながら、暴行事件を起こし、その品格が問題視されました。その結果、横綱審議委員会から引退勧告が出され、最終的に引退を余儀なくされることとなったのです。
力士としての実力だけでなく、日常生活での態度も横綱昇進においては重要な要素だと言えますね。
横綱昇進の決定プロセス
上記の条件をクリアしたら「横綱確定!」となるわけではありません。そこには様々なプロセスが存在しており、少々複雑なので、箇条書きにしてまとめました。下記をご覧ください。
- 番付編成会議で横綱に推薦するかどうかを決定。
- 横綱に推薦することが決まると、その結果を理事長に報告。
- 理事長が横綱審議委員会に昇進の妥当性を諮問。
- 横綱審議委員会が肯定的な返事を出すと、理事長が臨時理事会を開いて昇進の可否を決定。
- 理事会で昇進が承認されると、横綱の所属する相撲部屋へ使者が派遣される。
そして、横綱昇進には、「横綱とは何か?」という根本的な問いが常に伴います。その基準の一つとして、「品格要件」が重要視されている訳ですが、この品格は曖昧で、人によって感じ方が異なることが多いのも事実です。
そのため、この基準をどのように判断するかが課題となりますが、その重要な役割の一端をを担っているのが「横綱審議委員会」という存在です。
横綱審議委員会とは?
横綱審議委員会は、1950年に日本相撲協会の諮問機関として発足しました。その背景には、同年の初場所で3人の横綱が途中休場したことで、横綱の権威が大きく揺らいだことにありました。これを機に、横綱の地位とその価値を守るため、相撲に精通した有識者による推薦機関が設けられたのです。
この委員会は、横綱にふさわしい力士を推薦し、日本相撲協会に対して昇進の諮問を行う役割を担っています。そして、委員は相撲を深く理解し愛する有識者で構成されています。
横綱審議委員会の内規
横綱審議委員会は、1958年に横綱昇進に関する内規を定めています。以下がその内規の概要です。*当初、③は「全委員の一致の決議を必要とする」とあったが、現在は「出席委員の3分の2以上」と変更されている。
- 横綱に推薦する力士は品格、力量が抜群であること。
- 審議委員会としては、大関で2場所連続優勝した力士を推薦することを原則とする。
- 第2項に準ずる好成績を挙げた力士を推薦する場合は、出席委員の3分の2以上の決議を必要とする。
横綱審議委員会は、この内規に基づいて審査を行いますが、最終決定権は持っておらず、その答申を受けた理事会が最終的に横綱昇進を決定します。
理事会は横審の決議に拘束されないものの、これまで答申が無視されたことはなく、実質的には横審が昇進の最終審査を担っていると見なされています。
ただし、理事長からの諮問がなければ、横審は昇進の審議を行うことができません。
ちなみに、横綱には人数制限はありませんが、幕内は42人と制限があります。各階級にも制限が存在しており、下記の記事で詳しく解説しています。ぜひ読んでみてください。
横綱昇進の際の例外や特例
横綱昇進には、先述した基準がありますが、時には例外や特例が認められることもあります。例えば、成績ではなく、相撲の内容や取り組みに対する姿勢、また相手力士の強さが評価されることもあります。
過去には、大関で2場所連続優勝を達成していない力士が横綱に昇進した例もあり、ここでは2つの事例を紹介します。
稀勢の里の昇進
2017年に稀勢の里が横綱に昇進した際、彼は直前の場所で優勝していましたが、それ以前は星2つ差の準優勝でした。それでも、横審は彼の相撲内容やその安定した成績を高く評価し、横綱に推薦しました。
- 2016年11月場所:12勝3敗(準優勝)
⇒鶴竜が14勝1敗で優勝 - 2017年1月場所:14勝1敗(優勝)
*翌場所に横綱へ昇進
鶴竜の昇進
2014年に鶴竜が横綱に昇進した際、彼は直前の場所で優勝し、それ以前の場所では準優勝していました。この成績は「2場所連続優勝」に準ずるものとして評価され、昇進が決定されました。彼の安定感や、取り組みの内容も高く評価された例です。
- 2014年1月場所:14勝1敗(準優勝)
⇒白鵬が14勝1敗で優勝 - 2014年3月場所:14勝1敗(優勝)
*翌場所に横綱へ昇進
横綱昇進が見送られた力士たち
横綱昇進は、成績や品格を兼ね備えた力士だけが辿り着ける特別な地位です。しかし、その道のりは決して平坦ではなく、時には惜しくも昇進が見送られるケースもあります。
ここでは、横綱昇進が期待されながらも実現しなかった力士たちのエピソードを2つ紹介していきます。
貴乃花
1994年9月場所で貴乃花(当時は貴ノ花)は史上最年少で全勝優勝を成し遂げ、横綱昇進の有力候補として協会から横綱審議委員会に諮問が行われました。約2時間にわたる審議の結果、無記名投票が実施されましたが、11人中6人の賛成にとどまり、横審の内規である「3分の2以上の賛成」に達せず、昇進は見送られることに。
反対票を投じた委員からは「先場所は準優勝でもなく、内規に合致していない」(7月場所:11勝4敗)といった批判や、「横綱は絶対的な存在であるべきだ」とする意見が多く、最終的には「もう一場所様子を見たほうが良い」という結論に至りました。
ちなみに、翌11月場所でも全勝優勝を果たし、横審ではわずか10分の審議で、全会一致で横綱昇進が答申されました。
栃東
2006年1月場所で14勝1敗という好成績で3度目の優勝を達成し、横綱昇進への期待が高まりましたが、続く3月場所で序盤に下位力士への取りこぼしが響き、優勝を逃したため昇進は見送られました。
この時、横綱審議委員会は栃東に対して甘めの基準を提示しており、「13勝なら昇進、12勝でも優勝すれば昇進を検討する」との方針でした。しかし、栃東は怪我の影響もあり、その期待に応えることができませんでした。
横綱審議委員会の判断は慎重でありながら、栃東の実力と期待を考慮した柔軟な対応を示していましたが、最終的には成績が基準に届かず、昇進が実現しなかったのです。
横綱審議委員会が持つもう一つの役割
横綱審議委員会は、横綱昇進の審査だけでなく、横綱に対する「引退勧告」や「激励」といった重要な役割も担っています。このような決定は、横綱がその地位にふさわしい成績や品格を維持しているかどうかを評価し、場合によっては厳しい判断を下すこともあります。
引退勧告
横綱審議委員会は、横綱が成績不振や長期休場を繰り返す、または品格に反する行動を取った場合に「引退勧告」を行うことがあります。先ほどもお話ししましたが、朝青龍の事例をご紹介します。
朝青龍は、初場所中に知人男性に対して暴行事件を起こし、この行為が品格を欠くとされました。その結果、横審は彼に対して引退勧告を決定。この厳しい判断を受け、朝青龍は最終的に引退を決意し、横綱の地位を退きました。
このケースは、実力だけでなく、日常生活での態度や品格が横綱としての重要な要素であることを強調しています。
激励
一方で、横審は横綱が不調に陥った際に「激励」を行うこともあります。これは、成績が思わしくない横綱に対して奮起を促すもので、引退勧告ほど厳しいものではありません。
2018年には、稀勢の里に対して「激励」が行われました。稀勢の里は怪我による長期休場が続き、復帰後も結果を残せない状況が続いていましたが、横審は彼の努力と奮闘する姿勢を見守り、激励を決定しました。この激励を受けた稀勢の里は、その後も一時的に奮起しましたが、最終的には引退を決断することとなりました。
このように、横綱審議委員会の役割は、単なる昇進審査にとどまらず、横綱の品格や成績に対する持続的な監視と判断を行うことも含まれます。これにより、横綱という最高位にふさわしい基準が維持されるんですね。
さくら
横綱はどれだけすごいの?
では、「横綱がどれほどすごい存在なのか?」という問いに対して、記録や優勝回数など、さまざまな指標があります。しかし、それぞれの横綱が活躍した時代背景や、当時の力士たちの強さの質を考慮すると、単純に比較するのは難しいと思います。
そんな中、僕の師匠(元横綱)がよく話していたのが、「横綱という地位は江戸時代から続いていて、その長い歴史の中で、(20年前の時点)67人しかいない。一方で、総理大臣はどうだ?歴史が相撲よりも浅いのに、横綱の人数を超えている」と言っていました。
師匠が言いたかったのは、横綱という地位がいかに価値があり、特別で貴重な存在であるかということだと思います。実際、任期が短くて顔や名前すら記憶に残っていない総理大臣もいますよね!?
そう考えると、確かに横綱の方が価値があるという意見も、一概に間違いではないように感じます。
まとめ
横綱への道は、ただ強いだけじゃたどり着けません。力士としての実力はもちろん、相撲への情熱や社会的な責任感、そして「品格」が求められます。
横綱は日本の伝統文化の象徴であり、その存在感は相撲界だけでなく、多くの人々に影響を与えます。そんな重責を背負う横綱たちが、どのような厳しい基準をクリアしてきたのかを知ることで、彼らの偉大さがより深く理解できたのではないでしょうか?
今回も、最後までお読みいただきありがとうございました。
また、次回の記事でお会いしましょう。