相撲のかばい手とは?なぜ負けにならないのかを元力士が解説
本場所の土俵は、地面から約60cmの高さに作られています。これだけ高いと、不用意に落ちれば怪我のリスクがあることは、想像がつくと思います。
しかし、相撲は土俵際での攻防が多く、先に体が土につけば負けになってしまいます。怪我を恐れて受け身をとろうとすれば、その分だけ負ける可能性も増えるわけです。
取組を見ていて「今のはかばい手ですね」と説明されても、なぜ先に手をついた側が勝ちなのか、腑に落ちないまま、次の取組が始まってしまうことはありませんか。
こんにちは!元力士のしんざぶろうです。
僕も実際、土俵際の投げの打ち合いで、顔から落ちていく場面がありました。その時は危険を察知して、反射的に手を出し、落下に備えていました。
僕の場合は、相手をかばうというより、自分が怪我をしないための動きです。幸い、相手のほうが先に落ちていたので、かばい手かどうかで物言いがつくような、際どい一番にはなりませんでした。
ただ、自分を守るために出した手が、そのまま「かばい手」になるわけではありません。相手がすでに死に体だったかどうかで、判定が分かれます。
この記事では、相撲の「かばい手」について、意味・なぜ負けにならないのか・つき手や送り足との違い・実際の取組例まで、元力士のしんざぶろうがわかりやすく解説します。
うむ。先に手をついたように見える者が勝つ。初めて見た者は、目を疑うであろうな。
だが、相手がすでに死に体なら、その手は勝負が決したあとの動作として扱われる。
下になった者を守る意味も持つ一手なのだ。
相撲のかばい手とは何か?

細かい規定に入る前に、先に結論からお伝えします。
- かばい手とは|重なり合って倒れるとき、上になった力士が下の相手をかばうように先に手をつくこと
- なぜ負けにならないのか|相手がすでに「死に体」になっていて、その時点で勝負がついていると判断されるため
- 判定のポイント|手が先についたかどうかではなく、手をつく前に勝負が決まっていたかどうか
つまりかばい手は、勝負がついた「あと」の動作として扱われる、という考え方です。
相撲の「かばい手」の定義と規定上の位置づけ
まずは、かばい手がどういうものなのかを整理します。
かばい手の基本
かばい手(庇い手)とは、両者が重なり合って倒れていくときに、上になった力士が、下になった相手をかばうように先に手をつくことを指します。
相撲では「重ね餅(かさねもち)」と呼ばれる、二人が折り重なって倒れる形で起こります。
通常は、土俵内で足の裏以外の体の一部が先に土につくか、土俵外に体の一部が先についた方が負けです。ところが、相撲規則の勝負規定はかばい手を次のように定めています。
相手の体が重心を失っているとき、すなわち体が死んでいる時は、かばい手といって負けにならない
※日本相撲協会「寄付行為施行細則附属規定」内の「相撲規則 勝負規定」より
参考:『相撲大事典』第4版、金指基 原著、現代書館
かばい手という名前のとおり、辞典でも「相手の危険をかばうように手を出す」行為として説明されています。
ただし、規定が負けにならない条件として挙げているのは、相手が死に体であることだけです。手をついた側が何を考えていたかは、判定には含まれません。
「相手の体が重心を失っている時」というのが、いわゆる死に体(しにたい)です。相手が死に体であれば、先に手をついても負けにはならない、というのがかばい手の考え方になります。
かばい手は決まり手でも非技でもない
ここで一つ、間違えやすい点があります。かばい手は決まり手八十二手にも、五つの非技(ひわざ)にも含まれません。
寄り切りや上手投げのように技で勝負がついたものが「決まり手」、勇み足や腰砕けのように技によらず勝負がついたものが「非技」です。
かばい手はそのどちらでもなく、勝敗を判定するときの例外規定という位置づけになります。
ですから、取組が「かばい手」で決着することはありません。かばい手はあくまで判定の理屈であって、決まり手は投げや寄りなど、実際に勝負を決めた技が発表されます。
決まり手のひとつだと思っていました…!
技の名前ではなくて、勝ち負けを判断するときのルールなんですね。
なぜかばい手は負けにならないのか
かばい手が負けにならない直接の理由は、相手がすでに死に体となり、勝負が決まっていると判断されるためです。
そのうえで、かばい手には下になった相手の安全を守るという意味もあります。
死に体とは?かばい手が成立する絶対条件
かばい手を理解するうえで避けて通れないのが「死に体(しにたい)」という考え方です。
土俵際の判定は、この死に体と、その反対の「生き体(いきたい)」を見極めることで決まります。
重心を失って、もう自分では相撲を取り続けられないと判断される状態です。
相手にしがみついているだけで、支えがなければそのまま倒れてしまう体勢が典型例です。体が裏返る、両足が浮く、腰が折れて支えを失うなど、逆転の余地が残っていません。
この瞬間に、実質的な勝敗は決まったとみなされます。
足が残っていて、体勢を戻せる、あるいは逆転の一手が打てる状態です。
相手が生き体のうちに先に手をつけば、かばい手にはならず、手をついた側の負けになります。
かばい手が認められるかどうかは、この死に体と生き体の見極めに、すべてかかっています。
そして死に体には、体が何度傾いたら、足がどこまで浮いたら、といった数値の基準がありません。行司と勝負審判が、その瞬間の体勢と重心から総合的に判断します。
すでに勝負が決まっているから
相撲は、土俵内で相手の足の裏以外を先につかせるか、相手を土俵外へ出すことで勝敗が決まります。
そして、相手が自力では体勢を立て直せない状態になった瞬間に、実質的に勝負はついたとみなされます。
つまり、かばい手として手をつくのは「勝負が決まったあとの動作」です。勝敗はすでに確定しているので、そのあとで手が先についても結果は変わらない、という理屈になります。
ポイントは「どちらの手が先についたか」という順番の勝負ではないということです。あくまで「手をつく前に、相手が死に体になっていたかどうか」が判断の分かれ目になります。
かばい手には相手の安全を守る意味もある
もう一つが、安全面の意味合いです。
投げた相手の上に、自分の全体重をそのまま乗せて落ちれば、下になった力士は大変危険です。場合によっては150kgを超える体が真上から落ちてくるわけですから、首や肩、肋骨を痛めてもおかしくありません。
そこで上になった力士が手をつき、落下の勢いを自分の腕で受け止めます。このとき、下の相手がすでに死に体だったと判断されれば、その手が「かばい手」として扱われます。
相手をかばう動作が負けにつながれば、力士が安全を優先しにくくなり、相手の上に落ちる危険も高まります。安全に配慮した力士が損をしない仕組みになっている、と考えるとわかりやすいと思います。
そうそう、あれって考えてやってるんじゃなくて、体が勝手に反応するんだよね。
稽古場だと「手を出すな」って言われるんだけど、本場所の土俵はあの高さだからね。
ちなみに、攻め込んだ側が自分の足を先に土俵外へ出してしまう「勇み足」については、こちらの記事で詳しく解説しています。
かばい手と「つき手」「送り足」の違い
かばい手とセットで語られるのが「つき手」と「送り足」です。混同しやすいので、違いを整理しておきましょう。
つき手との違い
つき手という言葉は、2つの場面で使われます。
ひとつは、投げを打ち合って同体で倒れるときに、上になった力士が下の力士より先に土俵へ手をつくこと。もうひとつが、相手の力が加わらないまま自分から手をついて負ける非技の「つき手」です(平成13年一月場所から非技に追加)。
かばい手と紛らわしいのは前者です。まったく同じ体勢でも、相手が先に死に体になっていれば「かばい手」で負けにならず、相手がまだ生き体であれば「つき手」となって負けになります。
後者の非技のつき手は、相手から力を受けていないのに自分で崩れて手をついた場合を指すので、そもそも場面が違います。
参考:『相撲大事典』第4版、金指基 原著、現代書館
- 相手が死に体で、相手をかばうために手をつく→ かばい手として負けにならない
- 相手に立て直す力や逆転の余地が残っているのに、先に手をつく→ 手をついた側の負け。ただし、発表される決まり手は取組の流れによって異なる
- 相手の力が加わっていない状態で、自分から手をつく→ つき手として負け(非技)
見た目はほとんど同じ動作でも、相手の状態次第で結果が正反対になる、というわけです。
送り足との違い
送り足は、相手を吊り上げ、両足が完全に土俵から離れた状態で土俵の外へ運び出すとき、相手の体を下ろす前に自分の足が先に出ることです。この場合は負けになりません。
ただし、次の場合は勇み足と判定されて負けになります。
- 相手の足が、少しでも土俵内の土や俵に触れている
- 吊り上げていても、かかとから土俵の外へ踏み出した
参考:『相撲大事典』第4版、金指基 原著、現代書館
かばい手と送り足は、どちらも「先についた(出た)方が負け」という原則の例外ですが、対象が違います。
※スマートフォンでは、表を横にスクロールできます
| 名称 | 対象 | どんな場面か | 判定 |
|---|---|---|---|
| かばい手 | 手 | 死に体の相手をかばって先に手をつく | 負けにならない |
| つき手 | 手 | 相手の力が加わっていない状態で自分から手をつく | 負け(非技) |
| 送り足 | 足 | 相手を吊り上げ、下ろすために先に踏み出す | 負けにならない ※相手の足が土俵内に触れている場合、かかとから出た場合を除く |
| 勇み足 | 足 | 攻め込んだ勢いで先に土俵外へ足が出る | 負け(非技) |
「手の例外がかばい手、足の例外が送り足」と覚えておくと、中継を見ていて混乱しにくくなります。
なお、送り足が起こる吊り出しについては、こちらの記事で詳しく解説しています。
実際の取組でのかばい手の例
かばい手は、判定が微妙になりやすく、物言いがついて長い協議になることもあります。ここでは、語り継がれている取組を紹介します。
1972年(昭和47年)初場所8日目、横綱・北の富士と関脇・貴ノ花の一番です。
北の富士が外掛けを仕掛けると、貴ノ花は弓なりになってこらえ、うっちゃるように反撃。その際、北の富士の右手が先に土俵につきました。
長い協議の末、北の富士の手は「かばい手」と判定され、軍配差し違いで北の富士の勝ちとなります。
立行司(たてぎょうじ)・25代木村庄之助は「つき手」を主張したものの受け入れられませんでした。協会からは文書での進退伺いを求められ、千秋楽までの謹慎処分を受けています。
一方で、かばい手に見えても認められなかった一番もあります。
2004年(平成16年)名古屋場所8日目、横綱・朝青龍と前頭・琴ノ若の一番です。
琴ノ若の力強い上手投げで朝青龍が裏返しになるものの、ブリッジの体勢でこらえて廻しを離しませんでした。
朝青龍の上に倒れ込むのを避けるように琴ノ若が手をつき、行司は「かばい手」と見て琴ノ若に軍配。土俵には激しく座布団が舞いました。
しかし物言いがつき、長い協議の末に取り直しとなります。かばい手とは認められなかった一番です。
どちらの取組も、先に手をついたように見える力士をどう評価するかで物言いがつき、審判団の協議に持ち込まれました。
死に体には機械的な数値基準がなく、体勢や重心、逆転の可能性などを行司や勝負審判が総合的に判断するため、微妙な取組では議論が生まれます。
そして2004年の一番のように、相手をかばうようについた手が、かばい手と認められないこともあります。手をついた側の意図ではなく、その瞬間の相手の状態で決まる、ということですね。
座布団が舞うほどの一番だったんですね…。
土俵下の審判の方も、長い協議のあいだ相当な緊張感だと思います。
また、1972年の一番で貴ノ花が見せた「うっちゃり」については、こちらの記事で詳しく解説しています。
元力士から見た「かばい手」のリアル
ここからは、実際に土俵に上がっていた立場から見た、かばい手の話をさせてください。
稽古場では「手を出すな」と教わる
稽古場では、手を出すなと徹底して教わります。
理由は単純で、こらえて手を出さなければ、そのまま勝てる場面が多いからです。相手がまだ生き体のときに手をつけば、自分の負けになります。
土俵際で手が出る癖がついてしまうと、こらえれば残せたはずの相撲まで落としてしまいます。手を出さないのが理想、というわけです。
本場所の土俵では、そうもいかない
ただ、本場所ではその理想どおりにいかない場面があります。冒頭でお話ししたように、土俵には高さがあるからです。
しかも、手をついたから安全とも限りません。落ち方によっては、その手のほうを痛めることもあります。
一瞬で天秤にかけているもの
この一瞬に天秤にかけているのは、その一番の勝ち負けだけではありません。
大きな怪我をすれば、その場所を棒に振ることになりますし、休場が続けば番付も下がります。
目の前の1勝を取りにいくのか、それともこの先の相撲人生を守るのか。その判断を、一瞬でしなければなりません。
- 稽古場|手をつく癖をつけないよう、最後まで我慢しろと教わる
- 本場所|土俵に高さがあり、顔から落ちそうになる場面がある
- その一瞬|目の前の1勝を取りにいくか、怪我を避けて先を守るか
稽古の指導が間違っているわけではありません。手を出すのが常態化しないための指導であって、そのうえで本当に危ない場面で手をつくかどうかは、本場所の土俵上で自分が判断するしかない、ということです。
ただ、守りの気持ちが入った状態では、そもそも勝てない気もします。手を出すなという教えは、そこまで含めての指導なのかもしれません。
稽古場だと本当に「手を出すな」の一点張りなんだよね。
でも本場所の土俵はあの高さだから、いざ落ちるとなると体が勝手に動いちゃう。
AI横綱くん、こういうのってどう考えたらいいんだろう?
うむ。稽古で手を出すなと言われるのは、手をつく癖を残さぬためだ。癖になれば、こらえられたはずの相撲まで落とすことになる。
だが土俵は高い。一番の白星も大事だが、土俵に上がり続けられる体があってこそだ。
その見極めまでを含めて、力士の技量よ。
かばい手に関するよくある質問
最後に、かばい手について寄せられやすい疑問をまとめておきます。
Q1. かばい手は決まり手のひとつですか?
A. いいえ。かばい手は決まり手八十二手にも、五非技にも含まれません。
勝敗を判定するときの例外規定という位置づけで、取組の決まり手としては投げや寄りなど、実際に勝負を決めた技が発表されます。
Q2. かばい手とつき手の違いは何ですか?
A. かばい手は、すでに死に体となった相手をかばうために手をつく動作で、負けにはなりません。
一方、非技の「つき手」は、相手の力が加わっていない状態で自分から手をつき、負けることを指します。
Q3. かばい手はなぜ負けにならないのですか?
A. 相手が死に体になった時点で実質的に勝負がついているため、そのあとで手をついても結果が変わらないからです。
あわせて、下になった相手の安全を守るという意味もあります。
Q4. かばい手と送り足はどう違いますか?
A. かばい手は「手」についての例外、送り足は「足」についての例外です。
送り足は、相手を吊り上げて両足を浮かせた状態で、体を下ろす前に攻め手の足が先に出ることを指します。ただし、相手の足が土俵内や俵に触れている場合や、かかとから出た場合は勇み足で負けになります。
Q5. かばい手かどうかは誰が判断するのですか?
A. まず行司が、勝ったと判断した力士に軍配を上げます。
勝負審判がその判定に異議を感じた場合は物言いをつけ、審判団がビデオ映像も参考にしながら協議します。死に体に明確な数値基準はないため、微妙な取組ではこの協議が長引くこともあります。
さらに、軍配を上げる行司の地位や役割については、こちらの記事でまとめています。
まとめ
相撲のかばい手とは、重なり合って倒れていくときに、上になった力士が下の相手をかばうように先に手をつくことです。相手がすでに死に体であれば、先に手をついても負けにはなりません。
負けにならない直接の理由は、相手が死に体となり、その時点で勝負が決まっていると判断されるためです。あわせて、下になった相手の安全を守るという意味もあります。
- かばい手は決まり手でも非技でもなく、勝敗判定の例外規定
- 成立の条件は、相手がその瞬間に死に体だったかどうかの一点
- 手をついた側の意図は判定に関係しない
判定の分かれ目は、あくまで「その瞬間、相手が死に体だったかどうか」です。
次に倒れ際の攻防で物言いがついたときは、どちらの手が先についたかだけでなく、その直前に相手が体勢を立て直したり、逆転したりできる状態だったかに注目してみてください。見え方がぐっと変わるはずです。
うむ。かばい手とは、勝負が決したあとの手であり、下になった者を守る意味も宿る一手だ。
咄嗟に出た手であっても、その意味は変わらぬ。
倒れ際の一手には、勝敗だけでは測れぬものが宿っておる。
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