僕は本場所で一度だけ、突っ張りや張り手を何十発も受け、鼻血が出たことがあります。そのときは反撃しようとはせず、冷静に相手を押し返すことだけに集中しました。
結果として勝利をつかむことができたのですが、取り組み後、口の中を切っていたりと顔にじわじわと痛みが広がってきたのを今でも覚えています。
元力士のしんざぶろうです。こんにちは!
相撲の技の中でも、張り手は特に迫力があり、相手の動きを一瞬で止める力を持つ技です。張り手が決まる瞬間は観客も息をのむシーンで、相撲の見どころの一つとして親しまれています。
しかし、その威力ゆえに張り手にはリスクも多く、賛否が分かれる技でもあります。
今回の記事では、張り手の基本的な解説から、その戦術的意図、さらには相撲界に残る張り手の伝説的なエピソードまでを掘り下げていきます。
迫力ある技の裏側を知ることで、相撲の奥深さがさらに感じられるはずです。
ぜひ最後までお付き合いくださいね。
張り手をしてくる力士って、みんな闘志がすごいよね。僕はいつもあの気迫に圧倒されてたなぁ。
- 張り手の基本的な技と戦術的な目的
- 張り手と突っ張りの違い
- 張り手に潜むリスクと安全面での懸念
- 歴史に残る張り手の名勝負や逸話
- 相撲界における張り手を巡る議論と見解
張り手とは何か?
まず、張り手とはどのような技なのか、その基本的な説明から始めます。この技が「卑怯」かどうかを判断するためには、なぜ張り手が使われるのか、またどのような効果があるのかを理解することが欠かせないからです。
張り手とは以下の技を指します。
- 相撲の技の一つで、相手の顔の側面に平手で打撃を加えるもの
強力な張り手が決まると、相手の視界が一瞬遮られ、バランスも崩れるので動作が鈍り、次の行動に迷いが生じます。そのため、張り手は試合の流れを一気に変える効果的な手段として多くの力士に用いられています。
さらに、手首のスナップを効かせて力強く打ち込むことで、時には相手を突き倒すほどの威力を発揮します。この技が勝敗を決する場合には「突き倒し」として決まり手が発表され、張り手の影響力の大きさを示しています。
張り手の目的
張り手の主な目的は、相手に打撃を与えることではなく、自分に有利な組手や展開を作り出すことにあります。
例えば、代表的な技として「張り差し(はりさし)」があります。張り差しとは、立ち合いの瞬間に相手に軽く張り手を当て、その隙に自分の有利な差し手を取る戦術です。強く叩くのではなく、素早く軽く張って自分の体勢に持ち込むのが理想とされ、多くの力士がこの戦法を得意としています。
また、張り手が来るのではないかと相手に警戒心を抱かせることで、相手の出足が鈍り、こちらに有利な状況を作りやすくなります。もし相手が張り手を警戒して動きが遅くなれば、こちらから思い切りぶちかましを決め、一気に押し出す「電車道」も可能です。
そして、相撲では立ち合いが勝敗の6~7割を決めるといわれるほど重要であり、張り手は立ち合いの駆け引きにおいて有効な戦術の一つです。この技をうまく活用し、自分の得意な組手に持ち込むことができれば、勝率を高めることができるでしょう。
このように、張り手は相手の動きを牽制し、自分のペースに持ち込むための重要な駆け引きの技であり、立ち合いの戦術を豊かにする手段として重宝されています。
- 張り手の主な目的は、相手に直接打撃を与えることではなく、自分に有利な組手や展開を作り出すことにある。
- 張り手を警戒させることで相手の出足を鈍らせ、意表をつくことができる場面もある。
- 立ち合いが勝敗の多くを決める相撲において、張り手は駆け引きの重要な手段であり、自分のペースに持ち込むための有効な戦術といえる。
突っ張りとの違いは?
突っ張りとは、両手で相手を前方に押し出すことを狙う相撲の技です。主な目的は、相手を土俵の外に押し出し、勝利を手にすることにあります。突っ張りは、平手で相手の胸や上半身を突く動作であり、その動きを絶え間なく連続して繰り出すのが特徴です。
そして、この技を効果的に使うためには、相手との密な接触が欠かせません。腰を低く構え、しっかりとした足運びを組み合わせることで、突っ張りの力が十分に発揮されます。
このように、張り手は横から叩く攻撃的で奇襲的な技であるのに対し、突っ張りは前方への押し出しを狙う技であり、攻撃の方向や戦術に明確な違いがあります。
張り手に潜むリスク
ここまで、張り手の効果について述べてきましたが、その分リスクも存在します。力任せの張り手は、相手の反撃を招きやすく、状況に応じた対応ができなければ逆に自分が不利になることもあります。また、顔面を狙った張り手が空振りすると体勢が崩れ、こちらが不利に立たされる可能性もあります。
さらに、張り手には「反則負け」や「相手力士の負傷」というリスクも含まれており、ここでは、この2つのリスクについて詳しく解説していきます。
反則負けのリスク
張り手そのものは反則ではありませんが、相手の顔面や急所への攻撃により「反則負け」となるリスクがあります。相撲の反則は8つ定められていますが、その中で張り手が誘発しやすい反則は以下の2つです。
- 頭髪を故意につかむ
⇒「故意に」とされていますが、現在では判定が厳格化されており、頭髪(まげ)に手がかかっただけでも「つかんだ」とみなされ、反則とされることがある。 - 目または水下(みぞおち)などの急所を突く
⇒張り手が狙いと異なる位置に当たり、目に触れてしまうことは十分に考えられる。
これらの反則は、本人の意図と関係なく発生することがあるため、張り手はリスクが伴う技と言えます。
ちなみに、ここでは紹介しきれなかった他の反則技について解説した記事もあります。興味のある方は、ぜひこちらもご覧ください。
相手力士への影響
張り手は相手に強いダメージを与えることがあり、場合によっては相手力士のキャリアに影響を与えることもあります。
例として、1993年3月場所の13日目に行われた旭道山と久島海の試合があります。この対戦では、立合いからの旭道山の張り手をまともに受けた久島海が土俵中央で崩れ落ち、左膝を負傷してしまいました。(左膝内側側副靱帯損傷)
このケガにより久島海は14日目から途中休場となり、この場所は7勝7敗1休と負け越し、三役昇進のチャンスを逃すこととなりました。
その後も、久島海は左膝の負傷の影響を引きずることになり、将来に向けた大きな機会を失う結果となりました。このように、張り手は相手力士に重大な影響を与え得る技であるため、そのリスクについても考慮が必要です。
相撲史に刻まれた張り手の伝説
張り手は、相撲の試合において特に強烈な印象を残す技であり、数々の名勝負や逸話を生んできました。時には試合の行方を一瞬で決め、観客の記憶に残る劇的なシーンを演出します。
ここでは、相撲史に語り継がれる代表的な張り手のエピソード3つを紹介します。
「南海のハブ」旭道山
軽量級力士だった旭道山は、一発の張り手で勝負を決める強さから「南海のハブ」と称されました。
彼の代表的なエピソードとして、先ほどもお伝えしましたが、1993年3月場所の13日目に行われた旭道山と久島海の対戦があります。立合いからの強烈な張り手が久島海に炸裂し、わずか0.8秒で試合が決着しました。
この試合はTV番組『水曜日のダウンタウン』の「古今東西秒殺ランキング」と題したコーナーで1位にランクインしており、ファンの間で語り継がれる伝説的なエピソードとなっています。
千代大海と武双山
1998年7月13日の名古屋場所で行われた千代大海と武双山の取組は、特に有名な一戦です。この試合では、両者が合計17回もの張り手を応酬し、ボクシングさながらの激しい攻防が展開されました。
武双山が10発、千代大海が7発の張り手を繰り出し、観客はその激しさに息を呑みました。試合後、審判部長は「ボクシングのヘビー級より迫力があった」と語り、この一番は相撲史に残る名勝負として語り継がれています。
また、以下の「NumberWeb」にて、当時の状況を詳しく紹介している記事があります。興味がある方は、読んでみてください。
なお、武双山については、師匠である元横綱・三重ノ海の相撲界での功績などをまとめた記事もあります。気になる方は、こちらもぜひご覧ください。
雷電爲右エ門(らいでん ためえもん)の張り手に関する逸話
雷電為右衛門(らいでんためえもん)は、江戸時代に活躍した「史上最強」とも称される力士でした。
その圧倒的な強さゆえに、彼には「鉄砲(突っ張り)」「張り手」「閂(かんぬき)」「鯖折り」が禁じられたと伝えられています。ただし、これらの禁じ手については信憑性が疑問視され、雷電の強さを際立たせるための話と見られることが多いです。
また、雷電の張り手が禁じ手になったエピソードが、講談『寛政力士伝』(かんせいりきしでん)で語られており、八角という力士が雷電の張り手を喰らい、意識を失ってしまいます。
その日の夜には息を吹き返した、との記述がありますが、この表現からは、もしものことも起こり得たのではないか、と想像することができます。
八角は左を深く差し、頭を低くして身体を前に寄せる。さすがの雷電も後ろへズズズと下がる。土俵際まで追い詰められて、腰を割る。雷電はビクとも動かない。
雷電は八角の左手をぐっと握るがこれがすごい力だ。八角が左手に気を取られている間に、雷電は左の横面に張り手を決める。たまらず八角がぐらつくと今度は右の横面を張り手する。八角はフラフラになり、ドスンと倒れる。雷電に軍配が上がる。観客は大歓声を上げる。
倒れた八角は立ち上がれない。小野川部屋の若い衆が大勢駆け付け、抱えられて退場する。医者の手当の甲斐があって夜には八角は息を吹き返した。
引用:寛政力士伝より
『寛政力士伝』とは
⇒『寛政力士伝』は、江戸時代の講談で、4代横綱・谷風梶之助と弟子の雷電為右衛門、小野川喜三郎らの活躍を描いており、当時の相撲の人気や力士の影響力を伝える貴重な資料となっています。
張り手で生死をさまようなんて、想像するだけで恐ろしいわね・・・。禁じ手にされるのも納得だわ。
張り手に対する議論
張り手には賛否が分かれています。相撲は相手への敬意を大切にする伝統的な競技であり、その攻撃的な性質から、張り手が相撲の精神に反すると感じる人も多いです。
特に1941年以降、張り手を技として認めるかどうかについては、相撲界で議論が続いてきました。1941年1月場所では、大関:前田山が張り手を多用し、横綱:双葉山や大関:羽黒山を破ったことで、張り手の是非をめぐる論争が巻き起こりました。当時、双葉山は「張り手も相撲の技の一つだ」と発言し、技としての正当性を認める立場を示しています。
しかし、横綱としての品位や伝統を守るため、張り手への批判も根強く残っています。例えば、大関:日馬富士が横綱に昇進した際、「横綱は品格を保つべきで、張り手は控えるべきだ」との意見が出されました。また、横綱:白鵬の張り手やかち上げについても「横綱らしくない」という批判がたびたびあり、横綱としての振る舞いが問われる場面もあります。
さらに、格下の力士が横綱に対して張り差しを用いることは、暗黙の了解としてタブーとされ、不公平感は否めません。
また、安全面でも張り手の問題が指摘されています。張り手の衝撃が顔や首に大きな負担をかけるため、試合後に影響が残るケースもあり、リスクを考慮して張り手の使用を制限すべきだとする声が一部の力士や相撲協会内からも上がっています。
近年では、アマチュア相撲においては、意図的に肩より外側から相手の顔を張る行為が禁止されるなど、張り手に対する見解はますます分かれています。
- 張り手には賛否があり、伝統的な相撲の精神に反するという批判も多い。
- 1941年に大関:前田山の張り手が議論を呼んだが、横綱:双葉山は「張り手も技」と発言し、技としての正当性を認めた。
- 一方で、横綱としての品位や伝統の観点から、張り手やかち上げには批判が残り、特に横綱日馬富士や白鵬の例が挙げられる。
- 安全面でも顔や首への負担が問題視され、一部からは張り手の使用制限を求める声もある。
- アマチュア相撲では肩より外側からの張り手が禁止されるなど、張り手に対する見解が分かれている。
ちなみに、元横綱:北の富士は、横綱:白鵬の張り手を行った一番について、コラムで自身の見解を示しています。興味のある方は、以下のリンク先の記事をご覧ください。
また、横綱昇進の条件や品格について詳しく解説した記事もあります。ぜひ、こちらもあわせてごらんください。
まとめ
このように、張り手は観客を熱狂させ、ファンの間でも話題に上るほどの迫力を持つ技です。しかし、一方で、そのリスクも無視できません。
まず、張り手は勝敗を左右するだけでなく、時には相手力士のキャリアに深刻な影響を与えることもあります。力士の実力や判断力が試される技であると同時に、反則や相手への負担といったリスクも抱えているからです。
そして、こうしたリスクを考慮しながらも、張り手が試合に織り交ぜられることで、相撲の戦いはさらに深みを増します。張り手にまつわる様々な見解やエピソードを通して、相撲の奥行きや独特の伝統について少しでも理解を深めていただければ思います。
また、「張り手は卑怯なのか?」という問いに関しても、相撲界では意見が分かれています。本記事が、あなたの判断の参考になればうれしく思います。
今回も、最後までお読みいただきありがとうございました。
また、次回の記事でお会いしましょう。