相撲の「吊り出し」とは?吊り落としとの違いを元力士が徹底解説!
僕が現役だったころ、稽古場でお腹の大きな「アンコ型」の兄弟子に組まれると、体を簡単に浮かされることがありました。
本気でやればいつでも吊れたと思いますが、それでは稽古にならないため、実際に吊り出されることは多くありませんでした。
それでも一度浮かされると、足をばたつかせるくらいしか抵抗できず、力の差を痛感していました。
こんにちは!元力士のしんざぶろうです。
吊り出しというと、「力任せに相手を持ち上げるだけの技」というイメージを持たれがちです。たしかに力は必要ですが、それだけで決まる技ではありません。まわしをしっかり引きつけたり、相手の体を抱え込んだりして腰を入れ、相手を浮かせる技術も必要です。
この記事では、吊り出しの意味や吊り落としとの違い、近年の取組であまり見られなくなった背景まで、元力士としての体験も交えながら解説します。
吊り出しは、力士としての「地力」がそのまま出る決まり手だ。小手先だけでは決められぬ、力と技術の土台が問われる豪快な決まり手なのだ。
相撲の吊り出しとは?基本と決まり方を解説
まずは吊り出しがどんな決まり手なのか、その基本的なイメージから整理していきましょう。名前は似ていても中身の違う「吊り落とし」との区別も、ここで押さえておきます。
吊り出しの基本
吊り出しとは、両まわしを引きつけて相手を吊り上げ、そのまま土俵の外へ運び出す決まり手です。
腕力も必要ですが、ただ力任せに持ち上げるわけではありません。相手の体を自分の腹にうまく乗せることで、体重のある相手でも吊り上げやすくなります。
吊り出しのポイントを整理すると、次のとおりです。
- まわしを引きつけて相手と体を密着させる
- 相手の体を自分の腹に乗せるようにして持ち上げる
- 相手の両足を浮かせたまま土俵の外へ運ぶ
これが吊り出しの基本的な流れです。さらに、次のような形をつくれると、相手を持ち上げやすくなります。
両下手は相手を持ち上げやすい形
両腕を相手の脇の下に入れ、内側から両手でまわしを取る形を「両下手」といいます。
両下手でまわしを引きつけると、相手と体を密着させやすくなります。そこから下から上へ持ち上げることで、相手の体を自分の腹に乗せる形をつくりやすいんです。
腕だけで持ち上げるのではなく、自分の腹を使って相手の体重を受けることが、きれいに吊るポイントです。
ただし、吊り出しは両下手からだけ決まる技ではありません。両上手など、別の組み方から吊り上げることもあります。
下手を取った側へ吊って出る
片方の下手を取っている場合は、下手を取った側へ吊って出るのが基本です。
たとえば、右手で相手の内側からまわしを取る「右下手」なら、右側へ吊って出ます。下手側へ進むことで、まわしを引きつけた形を保ちながら相手を運びやすくなります。
■吊り出す力士の足が先に出ても負けにならない?
相手の両足が完全に土俵から離れていれば、吊り出す力士の足が先に土俵の外へ出ても「送り足」となり、負けにはなりません。
ただし、後ろへ下がってかかとから土俵の外へ出た場合は、「勇み足」と判定され、負けになってしまいます。
吊り落としとの違い
吊り出しと名前がよく似ている決まり手に「吊り落とし」があります。
吊り落としは、吊り上げた相手を運ばず、その場で自分の足元に投げつける荒技です。
どちらも両まわしを引きつけて相手を吊り上げますが、そのあとの動きが異なるということです。
| 決まり手 | 吊り上げたあとの動き | 決着 |
|---|---|---|
| 吊り出し | そのまま運ぶ | 土俵の外へ出す |
| 吊り落とし | その場で投げつける | 自分の足元に倒す |
「運び出す」のが吊り出し、「その場で投げつける」のが吊り落としと覚えると、違いが分かりやすいでしょう。
吊り上げたあとの動きで、決まり手が変わるんですね。では、吊り出しはどんな力士が、どんな場面で決めやすいのでしょうか?
吊り出しはどんな力士に向く?珍しくなった理由も解説
吊り出しは、力士の体格や得意な組み方によって、持ち上げ方が違って見えます。
ここでは、吊り出しに向いている力士の特徴と、近年の取組であまり見かけなくなった背景を見ていきましょう。
どんな力士に向く技か
正式な吊り方の分類ではありませんが、僕の感覚では、次の2つのタイプに分けるとイメージしやすいです。
| タイプ | 持ち上げ方のイメージ |
|---|---|
| アンコ型 | 腹に乗せて下から押し上げる |
| 長身を生かすクレーン型 | 上手を引きつけて上から吊る |
ここからは、それぞれの体型がなぜ吊り出しに向いているのか、代表的な力士とあわせて見ていきましょう。
アンコ型|腹に乗せて下から押し上げるタイプ
「アンコ型」とは、お腹に厚みがあり、丸みのある体型の力士を指します。
このタイプの力士は、相手と密着したときに腹を相手の下へ入れやすく、そのまま体を乗せて、足腰の力で下から押し上げる形をつくりやすいんです。
ただし、体格だけで決まるわけではなく、まわしを引きつけて相手を離さず、土俵の外まで運ぶ力も必要です。
大乃国は身長189cm、体重188kgの大きな体を生かし、「右四つ・寄り・吊り」を得意としていました。
僕の感覚では、相手を懐に入れ、大きな腹と足腰を使って下から持ち上げる、アンコ型の吊りをイメージしやすい力士です。
長身を生かすクレーン型|上手から引き上げるタイプ
一方、長身や長い腕を生かし、上からまわしを強く引きつけて吊り上げる力士もいます。
高い位置から上手を引きつけ、相手の腰を浮かせるように持ち上げる形です。そこに強い腕力と足腰が加わると、クレーンで荷物を引き上げるような豪快な吊りになります。
アンコ型が腹を相手の下に入れて押し上げるイメージなら、こちらは上手を使って上から引き上げるイメージです。
栃ノ心は身長192cmの長身と持ち前の怪力を生かし、両上手から相手を高々と吊り上げる姿が印象的でした。
両差しを許した体勢からでも、両上手を強く引きつけて相手を根こそぎ持ち上げる。その豪快な吊りは、「栃ノ心クレーン」や「ジョージア・クレーン」とも呼ばれました。
持ち上げ方の見え方は違っても、自分の体格と組み手を生かして、相手の足を浮かせることが大切なのは共通しています。
なぜ現代では珍しくなったのか
これだけ豪快な吊り出しですが、近年の本場所ではめったに見られません。
理由の一つとして指摘されているのが、力士全体の大型化・重量化です。相手が重くなるほど、両足を完全に浮かせ、その状態のまま土俵の外まで運ぶのは難しくなるからです。
公式統計でも出現率はわずか0.1%
日本相撲協会では、平成25年一月場所以降の取組を対象に、決まり手の回数を集計しています。
■吊り出しの公式統計
〇集計期間:平成25年一月場所~令和8年七月場所14日目
- 対象となる取組数:190,322番
- 吊り出しで決まった回数:268回
- 決まり手に占める割合:0.1%
- 決まり手ランキング:31位
約19万番のうち、吊り出しで決まったのは268番です。数字から見ても、めったに出ない決まり手であることが分かります。
参考:日本相撲協会「吊り出し」
同じ吊り出しでも、体格によって持ち上げ方が違って見えるんだね。次の取組例では、栃ノ心が両上手を引きつけて相手を浮かせるところに注目してみよう。
実際の取組で見る栃ノ心の吊り出し
吊り出しの豪快さは、実際の取組を振り返るとイメージしやすくなります。ここでは、元大関・栃ノ心が照強を吊り出した一番を、当時の画像と取組内容をもとに見ていきましょう。
令和4年三月場所11日目、栃ノ心は照強を吊り出しで破り、8場所ぶりの勝ち越しを決めました。
<十一日目の様子>
幕内取組。
栃ノ心(8勝3敗)吊り出し 照強(6勝5敗)。
栃ノ心は豪快に吊り出し、8場所ぶりの勝ち越し。#sumo #相撲 #春場所 #三月場所 pic.twitter.com/vIuMKyNSkb— 日本相撲協会公式 (@sumokyokai) March 23, 2022
立ち合い後、栃ノ心は左上手を取ると、続けて右上手もつかみ、両上手の外四つになりました。
一度目は持ち上げきれませんでしたが、組み手を離さず、最後は照強の両足を完全に浮かせて、そのまま土俵の外まで運び出しています。
「土俵中央から外へと歩いて運び出すように豪快に吊り出して」
出典:ABEMA TIMES「117キロを軽々運搬 角界の重機・栃ノ心、小兵をあっさり吊り出す迫力シーン」(2022年3月24日)
長身と怪力を生かした「クレーン型」の吊り
身長192cmの栃ノ心に対し、照強は169cm。その差は23cmありました。
照強は小兵とはいえ、当時の体重は117kgです。栃ノ心はその体を両上手で強く引きつけ、上からクレーンのように持ち上げました。
相手の足を浮かせるだけでなく、両上手を離さず、土俵中央から外まで運びきったところに栃ノ心の怪力が表れています。
また、一度吊り損ねても組み手を崩さず、もう一度持ち上げた点にも注目です。力だけでなく、吊り上げられる体勢を保ち続けたからこそ決まった一番でした。
照強の両足が完全に浮いていますね!
視聴者から「凄いパワーだ」という声が出たのも納得です。117kgの力士をそのまま土俵の外まで運ぶなんて、まさにクレーンみたい。
元力士が感じた吊り出しの難しさ
ここからは、僕自身の現役時代を振り返りながら、吊り出しを決める難しさについてお話しします。
本場所で吊り出しを決められなかった理由
僕は現役時代、本場所で吊り出しを決めたことが一度もありません。
大きな理由は、僕が小兵で、体に厚みのない「ソップ型」だったことです。相手を腹に乗せにくいため、腕力に頼って腰を反らせるように持ち上げる形になり、腰への負担も大きくなりました。相手が長身で重いほど、さらに難しくなります。
僕が感じていた難しさを整理すると、次のとおりです。
- 相手を腹に乗せにくく、腕力に頼る割合が大きい
- 腰を反らせる形になり、腰への負担が大きい
- 長身や重量のある相手ほど持ち上げにくい
- 失敗すると体力を消耗し、その後の攻防で不利になる
決まれば豪快ですが、失敗したときの体力消耗や腰への負担を考えると、僕には簡単に仕掛けられる技ではありませんでした。
一度だけ吊り出しで敗れた経験
僕は本場所で吊り出しを決めたことはありませんが、一度だけ、この技で負けた経験があります。
相手は僕と同じくらいの体格で、星取表を見ても大きな実力差は感じていませんでした。それでも、その一番では僕が吊り上げられ、そのまま土俵の外まで運ばれたんです。
その相手は、後に十両まで番付を上げています。
この一番を振り返って感じるのは、次の3点です。
- 同じくらいの体格でも、吊り出しは決められる
- まわしの引きつけ方や体の使い方で差が出る
- 相手を浮かせるタイミングと、運びきる力が必要になる
同じくらいの体格の相手に決められたことで、吊り出しは体格や腕力だけでなく、技術とタイミングも問われる技だと実感しました。
同じくらいの番付にいても、そこから上がっていく力士と、なかなか番付を上げられない力士がいるんだよね…。
よく「心・技・体」と言うけれど、その時点ですでに、技術や体の使い方、勝負への思い切りに、わずかな違いがあったのかもしれないね。
吊り出しに関するよくある質問
吊り出しについて、相撲中継を見ていると気になりやすい疑問をまとめました。
Q1. 吊り出しとはどんな決まり手ですか?
A. 両まわしを引きつけて相手を吊り上げ、両足を浮かせたまま土俵の外まで運び出す決まり手です。
Q2. 吊り出しと吊り落としは何が違うの?
A. 吊り上げた相手を土俵の外まで運ぶのが吊り出し、その場で自分の足元に投げつけるのが吊り落としです。
Q3. 吊り出す力士の足が先に土俵の外へ出たら負け?
A. 相手の両足が完全に土俵から離れていれば「送り足」となり、負けにはなりません。ただし、後ろへ下がってかかとから出た場合は「勇み足」と判定されます。
Q4. 吊り出しはどんな力士が得意なの?
A. 相手を持ち上げる力だけでなく、まわしを引きつける技術や、吊ったまま運べる足腰を持つ力士です。自分の体格を生かして相手を浮かせられることも大切です。
Q5. 吊り出しはなぜ珍しくなったの?
A. 理由の一つとして、力士全体の大型化・重量化が考えられます。相手が重くなるほど、両足を完全に浮かせたまま土俵の外まで運ぶのが難しくなるためです。
まとめ
吊り出しは、相手を持ち上げて土俵の外まで運び出す、豪快な決まり手です。
ただし、腕力だけで決まるわけではありません。まわしを引きつける力や、相手を浮かせる体の使い方、吊ったまま運びきる足腰も必要になります。
アンコ型の力士が腹を使って下から押し上げる吊り方もあれば、栃ノ心のように長身と怪力を生かして、上からクレーンのように引き上げる吊り方もあります。
近年はめったに見られない技ですが、だからこそ決まったときの迫力は格別です。ぜひ相撲中継でも注目してみてください。
うむ。吊り出しは、力だけで押し切れる技ではない。
組み手、体の使い方、土俵の外まで運びきる足腰、そして失敗を恐れず仕掛ける覚悟がそろって初めて決まる。
めったに見られぬ今だからこそ、その豪快さの奥にある力士の地力まで味わってほしい。
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