相撲の「叩き込み」とは?引き落としとの違いを元力士がわかりやすく解説
現役時代、師匠には「立合いは迷わず思いっきり低く当たっていけ。叩かれてもついていける足腰があるんだから」と指導されていました。
実際、現役時代の取組結果を振り返ってみると、叩き込みで勝った取組は一度もなく、叩き込みで負けたのは9回、割合にして約7%でした。
今になって思うのは、体の小さい僕は立合いで踏み込み負ければ、その後の相撲が苦しくなる。だから、まずは思い切って当たり、そのあとは展開に応じて何でもやって勝て、という教えだったのだと思います。
こんにちは!元力士のしんざぶろうです。
叩き込みとは、相手が低く出てきたときに体を開き、肩や背中、腕などを上から叩いて前へ落とす決まり手です。「変化して叩き込み」という実況から、まともに当たらず横へ逃げる「ずるい相撲」を思い浮かべる方もいるでしょう。
しかし、同じ叩き込みでも、技が決まるまでの流れによって受ける印象は変わります。
この記事では、叩き込みの基本や引き落としとの違い、評価が分かれる理由を、元力士の体験と実際の取組を交えながら解説します。
うむ。世間では「ずるい」と言われがちな技だが、わしはひとつの立派な技術だと見ておる。
相手の出方を読み切る目がなければ、そう簡単に決まるものではないのだ。
叩き込みとは?意味・基本イメージ
叩き込みとは、立合いで相手が低く出てきたときや、突き押しの攻防で体勢を崩した瞬間に…
- 体を開いて相手の肩や背中、腕などを上から叩き、前へ倒す決まり手
決まり手八十二手のうち、特殊技に分類されます。公式の決まり手名は「叩き込み」で、読みは「はたきこみ」です。
叩き込みが決まる仕組みとリスク
叩き込みで大事なのは、はたく動作そのものよりも、体を開いて相手の勢いをかわす体さばきです。
うまく体を開ければ、相手は自分の勢いのまま前へ泳ぎ、そのまま土俵に落ちていきます。
体の開きが不十分だと相手を落としきれず、そのまま前へ押し込まれてしまうことがあります。
また、はたく手が頭髪(まげ)にかかり、つかんだと認定されると反則負けになるため、手の位置にも注意が必要です。
なお、まげをつかむ反則や、そのほかの禁じ手については、こちらの記事で詳しく解説しています。
引き落としとの違い
叩き込みとよく似た技に「引き落とし」があります。どちらも相手を前に落とす技ですが、手と体の使い方が違います。
引き落としは、相手の腕や肩などを自分の手前へ引いて倒す技です。一方、叩き込みは、体を開きながら相手の肩や背中、腕などを上から叩いて落とします。
| 決まり手 | 体の使い方 |
|---|---|
| 引き落とし | 腕や肩を自分の手前へ引いて倒す |
| 叩き込み | 体を開き、肩や背中を上から叩いて落とす |
相手を自分のほうへ引き倒していれば引き落とし、体を開きながら上からはたいて落としていれば叩き込みと見分けるのが基本です。
叩き込みの出現回数は15,527回、出現率は8.2%で、決まり手全体では3位にあたります。
(集計対象:平成25年1月場所〜令和8年七月場所2日目の188,523番。令和8年七月場所2日目時点のデータで、場所の進行により数値は変わります。)
叩き込みは3番目に多い決まり手なのに、どうして「ずるい」と言われることがあるのでしょうか?
叩き込みの評価が分かれる理由と決まりやすい場面
ここからは、なぜ叩き込みの評価が分かれるのか、そしてどんな場面で生まれやすいのかを見ていきます。
同じ叩き込みでも、技が決まるまでの流れによって、評価されるものと「ずるい」と批判されるものがあるのです。
叩き込みが「ずるい」と言われる理由
叩き込みが「ずるい」と言われることがあるのは、技そのものが悪いからではありません。
- 批判されやすい:立合いでまともに当たらず、横へ変化してはたき落とす
- 評価されやすい:しっかり当たったあと、攻防の流れの中ではたき落とす
前者は「注文相撲」と呼ばれることがあり、とくに横綱や大関が使うと、相撲内容を厳しく見られる場合があります。
鶴竜の変化からの叩き込みに厳しい反応
実際、2015年秋場所11日目、横綱・鶴竜は立合いで左へ変化し、栃煌山を叩き込みで破りました。
この一番について、日刊スポーツは次のように報じています。
好勝負を期待した満員札止めの観客から、ため息とざわめきが起こった。
出典:日刊スポーツ「鶴竜の変化に館内ざわめき…『勝ちたい気持ちが…』」 2015年9月23日
ただし、鶴竜の叩き込みすべてが批判されたわけではありません。このとき厳しい反応が起きたのは、横綱が立合いで変化して決めた一番だったからです。
このように、横綱は勝敗だけでなく、相撲内容や品格まで厳しく見られる存在です。横綱に品格が求められる理由については、こちらの記事で詳しく解説しています。
一方、突き押しの攻防から生まれる叩き込みは、相手の動きを読み切った技として評価されます。
攻防の中で叩き込みが生まれる場面
叩き込みが生まれやすいのは、相手が勢いよく前へ出てきたときや、突き押しの攻防で体勢が前のめりになったときです。
- 相手が低い姿勢で勢いよく出てきたとき
- 突き押しの途中で相手の重心が前に傾いたとき
- 相手の圧力を利用して横へ体を開けるとき
こうした場面で決まる叩き込みは、単に横へ逃げてはたく技ではありません。相手の重心や勢いを見ながら、体を開くタイミングを合わせる必要があるため、相撲のうまさが問われる技といえます。
つまり、叩き込みの評価を分けるのは、決まり手そのものではなく、そこに至るまでの相撲内容なのです。
叩き込みの実際の取組例
実際の取組を見ながら、叩き込みが決まる流れを確認してみましょう。
紹介するのは、令和8年1月場所8日目、髙安関が一山本関を叩き込みで破った一番です。正面から当たったあとの攻防に注目してみてください。
この取組では、髙安が立合いでかち上げて一山本の上体を起こし、突き押しの攻防へ持ち込みました。そして、一山本が前へ出てきたところで体を開き、上からはたき落としています。
相手の体勢と勢いを見ながら、攻防の流れの中で決めた叩き込みの好例です。
僕が叩き込みを仕掛けなかった理由
髙安関のように、相手の勢いを見ながら叩き込みを決めるには、タイミングと思い切りの良さが必要です。
しかし、現役時代の僕は、叩き込みで一度も勝ったことがありませんでした。
- 自分より大きな力士が多く、上からはたく形になりにくかった
- 相手が落ちなければ、そのまま押し込まれる怖さがあった
- 体が小さいぶん、はたくより前へ出る相撲を選んでいた
- 叩かれても残れるという、自分の足腰への自信があった
- 叩き込みを、どこか逃げの相撲だと思っていた
実際、相手に叩かれても落ちずに残し、そのままあっさり押し出して勝った取組も少なくありませんでした。その経験から、叩き込みを使う力士を、どこか下に見ていた部分もあったのだと思います。
その一方で、僕は低く出る相撲を読まれ、叩き込みで9回負けています。
今になって思えば、前へ出る相撲だけでなく、相手の勢いを利用する技術にも、もっと目を向けるべきだったのかもしれません。
勝てた経験が重なるほど、ほかの技を選ばなくなるんだよね。自分の相撲への自信が、使える技を狭めることもあるのかもしれない。
でも、前に出る相撲だけで出世できるほど、大相撲は甘くないんだよね。
叩き込みに関するよくある質問
叩き込みについて、気になりやすい疑問をまとめました。意味や見分け方、反則との関係を確認してみてください。
Q1. 叩き込みとはどんな決まり手ですか?
A. 立合いで相手が低く出てきたときや、突き押しの攻防で体勢を崩した瞬間に、体を開きながら肩や背中、腕などを上から叩いて前へ倒す技です。決まり手八十二手のうち、特殊技に分類されます。
Q2. 叩き込みが「ずるい」と言われるのはなぜですか?
A. 技そのものではなく、立合いでまともに当たらず、横へ変化してはたき落とす相撲が批判されやすいためです。
こうした相撲は「注文相撲」と呼ばれることがあります。一方、攻防の中で生まれる叩き込みは、相手の動きを読んだ技として評価されます。
Q3. 引き落としとの違いは何ですか?
A. 引き落としは、相手の腕や肩などを自分の手前へ引いて倒す技です。叩き込みは、体を開きながら相手の肩や背中などを上から叩いて落とします。
Q4. 叩き込みでまげをつかんでしまったらどうなりますか?
A. 審判が頭髪(まげ)をつかんだと認定した場合は、反則負けになります。故意でなくても反則の対象となるため、はたく手の位置にも注意が必要です。
Q5. 叩き込みの実際の取組例はありますか?
A. 令和8年1月場所8日目の髙安対一山本が、攻防から生まれた叩き込みのわかりやすい例です。髙安は立合いで正面から当たり、一山本が前へ出たところをはたき落としました。
まとめ
叩き込みは、体を開きながら相手の肩や背中などを上からはたき、前へ落とす決まり手です。技そのものに良いも悪いもありません。
ただ、現役時代の僕は前へ出る相撲にこだわり、叩き込みをどこか逃げの技だと思っていました。しかし、振り返ってみると、相手の勢いや重心を読み、一瞬のタイミングで体を開く叩き込みにも、確かな技術と思い切りが必要です。
次に相撲中継で叩き込みを見たときは、はたいた瞬間だけでなく、そこに至るまでの攻防にも注目してみてください。
うむ。土俵を離れて振り返るからこそ、見えてくる技の奥深さもあるのだな。
前へ出る相撲も、相手の力を利用する相撲も、白星を目指して磨かれた大切な技術である。
次に叩き込みを見るときは、決まり手の名前だけでなく、そこに至るまでの駆け引きにも目を向けてみるとよいぞ。
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