相撲の勇み足とは?死に体・かばい手との違いを元力士が解説
僕が本場所で勇み足を経験したのは、たった一度だけです。勢いよく相手を土俵際まで押し込んだ、その瞬間のことでした。
相手は俵伝いに回り込んで逃げ、僕も勢いのままついていきます。ついていけば勝てる。そう思っていましたが、展開が速すぎて、俵までの距離がつかめません。
視線を落として確かめたくなりましたが、相手から目を離すわけにはいきません。押し切れると信じて前に出続けた結果、いつのまにか自分の足だけが先に土俵の外へ出て、負けてしまいました。
こんにちは!元力士のしんざぶろうです。
「勇み足」という言葉は、日常会話でも「あれは勇み足だったね」といった形で使われるので、耳にしたことがある方は多いと思います。ただ、相撲の土俵で実際に何が起きているのかまでは、意外と知られていません。
さらにややこしいのが、同じように足や手が先についても、負けにならない場合があるという点です。その判定に関わるのが「死に体」という考え方や、「かばい手」「送り足」と呼ばれる例外です。
この記事では、勇み足の意味・決まり手や非技との関係・かばい手や送り足との違い・優勝を左右した実際の一番まで、元力士の体験も交えながら解説します。
うむ。勇み足は、攻めておりながら己の勢いで土俵を割るという、相撲の厳しさが凝縮された負け方だ。
相手に敗れたのではなく、自分に敗れる。
土俵とは、それほど狭いものよ。
相撲の勇み足とは?
まずは勇み足がどういうものなのか、基本から整理していきましょう。「決まり手の一つ」と思われがちですが、実は分類上の位置づけが少し違います。
勇み足の基本
日本相撲協会は勇み足を、以下のように定義しています。
相手を土俵際に詰めながら、勢い余って自分の足を先に土俵外へ出してしまい、相手に勝ち星を与えてしまう事
つまり勇み足は、相手に技を掛けられて負けたわけではありません。自分が攻め込んだ勢いを止めきれず、結果として自滅してしまう負け方です。
決まり手八十二手と「五非技」
ここで押さえておきたいのが、勇み足は決まり手八十二手には含まれない、ということです。
寄り切りや上手投げのように、技によって勝負がついたものが「決まり手」(八十二手)です。一方、技によらず相手の自滅などで勝負がついたものは非技(ひわざ)と呼ばれます。
非技は次の五つです。
- 勇み足
- 腰砕け
- つき手
- つきひざ
- 踏み出し
大相撲では、八十二手の決まり手と五つの非技が定められています。
ただし、土俵際の判定はもう少し複雑です。勇み足とは一転し、攻めていた側の足や手が先についても、負けにならない場合があるからです。
その分かれ目になるのが「死に体」という考え方で、例外として「かばい手」と「送り足」が定められています。
死に体との関係
まずは「死に体(しにたい)」から確認します。相手が死に体かどうかで、同じ場面でも勝敗の判定が入れ替わります。
死に体とは、相手の体勢が崩れ、重心を戻せず、自力では立て直せないと判断される状態です。この時点で実質的に勝負はついたとみなされます。
逆に、まだ踏ん張って立て直せる状態は生き体と呼ばれます。
かばい手|死に体なら手をついても負けにならない
相手が死に体になっていた場合の例外として、勝負規定にはっきり定められているのが「かばい手」です。
重なり合って倒れていくときに、上になった力士が、下になった相手をかばうように先に手をつくことを指します。勝負規定では、相手の体が重心を失っている(死んでいる)ときは、先に手をついても負けにならないと定められています。
ただし、相手がまだ踏ん張っている「生き体」であれば、先についた手は非技のつき手となり、負けになります。
送り足|吊り上げたまま前へ踏み出す
一方、足についての例外が「送り足」です。相手を吊り上げて両足が土から離れた状態で、相手を土俵外へ下ろすために攻め手が先に踏み出すケースを指します。この場合は負けになりません。
ただし、後ろ向きに後退して、かかとから土俵外へ出た場合は負けになります。送り足として認められるのは、あくまで前へ進むときだけです。
土俵際で起こることを整理すると、次のようになります。
| 相手の状態・場面 | 攻め手が先に | 判定 |
|---|---|---|
| 生き体(まだ立て直せる) | 足が土俵の外に出る | 勇み足(負け) |
| 生き体(まだ立て直せる) | 手が土につく | つき手(負け) |
| 死に体(重心を失っている) | 手が土につく | かばい手(負けにならない) |
| 相手を吊り上げ、下ろすため | 足が土俵の外に出る | 送り足(負けにならない) ※後退してかかとから出た場合を除く |
判断の対象になるのは、どれも一瞬の出来事です。しかも死に体かどうかに明確な数値の基準はなく、行司や勝負審判の判断に委ねられています。判定が微妙な場合には物言いがつき、ビデオ映像で確認されることもあります。
同じように先に手や足がついても、相手の状態やそのときの状況によって結果が変わるんですね。
判定がとても繊細で、物言いがつくのも納得です。
ちなみに、送り足が起こるのは、相手を吊り上げる「吊り出し」の場面です。吊り出しについては、こちらの記事で詳しく解説しています。
勇み足はどんな場面で起きる?珍しさも数字で解説
続いて、勇み足がどんな場面で起きやすいのかを見ていきます。あわせて、公式の統計からこの非技の珍しさも確認しておきましょう。
勇み足が出やすい場面
勇み足は、攻め手が前へ出る勢いを止めきれない場面で起こります。代表的なのは次の3つです。
- 寄り|土俵際で相手が俵に踏みとどまり、押し込んでいた勢いが行き場を失う
- 押し・突き|相手が土俵際でこらえたり、俵伝いに回り込んだりして、体が前へ流れる
- 投げ|相手を振り回した遠心力で、自分の体まで土俵の外へ持っていかれる
共通しているのは、勇み足は攻めている側にしか起こらない負け方だということです。守勢に回っている力士が勇み足になることはありません。
数字で見る勇み足の珍しさ
実際にどれくらいの頻度で起きているのか、日本相撲協会の公式統計を見てみましょう。
■公式統計で見る「勇み足」
〇集計期間:平成25年1月場所〜令和8年7月場所千秋楽(対象190,450番)
- 決着数:374番
- 出現率:0.2%
- 決まり手・非技を通して24位
- 最多勝利:千代の勝の7回(相手の勇み足による白星)
19万番を超える取組のうち374番ですから、全階級の取組を合計しても、1場所あたり約4〜5番の計算です。土俵際の攻防そのものは毎日のように見られますが、勇み足まで至るのは限られた一番だけ、ということですね。
期間内の最多は、千代の勝の7回です。ただしこれは自分が勇み足をした回数ではなく、相手の勇み足によって白星を拾った回数を指します。
千代の勝は幕下以下の力士なので、幕内の中継で名前を見かけることはありません。この記録も、序ノ口から幕内までのすべての取組が対象になっています。なお、千代の勝自身も一度だけ勇み足で敗れています。
へぇ〜、19万番のうち374番って、思っていたよりずっと珍しいんだね。
ただ、あそこで止まれるかどうかはすり足の基礎次第で、稽古がものをいうところなんだよね。
でも、土俵際でうまく残って、相手の勇み足を誘うのが上手い力士もいるんだよ。
勇み足が優勝を分けた平成6年初場所千秋楽の一番
勇み足はただの珍しい負け方ではなく、時に優勝の行方まで左右します。ここでは、その象徴として語り継がれている一番を紹介します。
■平成6年初場所 千秋楽の一番
- 対戦:大関・貴ノ花(のちの第65代横綱・貴乃花)× 関脇・武蔵丸
- 状況:貴ノ花が勝てば、その場で優勝が決定
- 決着:土俵際まで攻め込んだ武蔵丸が勇み足
- 結果:貴ノ花が14勝1敗で優勝
攻め込んでいたのは、武蔵丸のほうでした。それでも最後は、勢い余って自分の足が先に土俵の外へ出てしまいます。
攻めていた側が自分の勢いで土俵を割り、そのまま賜杯の行方が決まった一番として、今も語り継がれています。
優勝がかかった一番で、自分の勢いのせいで負けてしまうなんて…。
応援していたら、すごくハラハラしそうです。
元力士から見た「勇み足」のリアル
冒頭でも触れたとおり、僕が勇み足で負けたのは本場所で一度きりです。あのとき相手はまだ土俵の中に残っていましたから、文句のつけようがない勇み足でした。
それでも、あの一番から学んだことは少なくありません。稽古で意識するようになったのは、次のようなことです。
- 攻めているときこそ、すり足を崩さない
- 相手が回り込んでも、俵の位置を体で覚えておく
- 最後まで腰を落とし、上体だけが前に流れないようにする
悔しさの質は、いつもの負けとは違うんですよね。技で敗れたなら、相手が上だったと納得できます。でも勇み足は、攻めきったはずの自分の勢いが、そのまま裏目に出た負けです。勝ちが見えていた分、後を引きました。
今思えば、好機ととらえて勝ちを急ぎすぎたのかもしれません。あと半歩、腰を落として詰めていれば白星だったはずです。
ただ、体の小さい僕にとって、動きが止まることは不利でしかありませんでした。止まれば組まれる、組まれれば力負けする。前に出続けたのは、それを恐れての判断でもあったんです。
分かるなあ、あの感覚。
僕も前に出ているときは、俵がどこにあるかなんて考える余裕はなかったよ。
土俵ってあれだけ狭いのに、夢中になると距離感が飛んじゃうんだよね。
AI横綱くん、こういう場面って力士はどう考えたらいいんだろう?
いい問いだ、まさる。
土俵は円い。攻める者は前だけを見るが、その円の縁は、攻める者の足元にも等しく迫っておる。
相手を土俵際まで運んだなら、あとは足でその距離を数えることだ。
勢いに任せた最後の一歩か、腰を落とした半歩か。
その差が勝ち星を分ける。
勇み足に関するよくある質問
最後に、勇み足について読者の方から寄せられやすい疑問をまとめておきます。
Q1. 勇み足は決まり手の一つですか?
A. いいえ、勇み足は決まり手八十二手には含まれません。
技によらず勝負がついたものは「非技(ひわざ)」と呼ばれ、勇み足は腰砕け・つき手・つきひざ・踏み出しと合わせて「五非技」の一つに数えられます。
Q2. 勇み足と送り足の違いは何ですか?
A. 送り足は、相手を吊り上げて両足が土から離れた状態で、相手を土俵外へ下ろすために攻め手が先に踏み出すケースを指し、この場合は負けになりません。
ただし、後ろ向きに後退してかかとから出た場合は負けになります。一方、相手がまだ立て直せる状態で、攻め手が勢い余って先に足を出した場合は勇み足です。
Q3. 勇み足で負けるのはどんな場面が多いですか?
A. 寄り・押し・突き・投げなど、自分が攻め込んでいる場面に限られます。
土俵際で相手が俵に残った瞬間や、俵伝いに回り込んでかわされた瞬間に、勢いを止めきれず足が先に出てしまうケースが多いです。
Q4. 勇み足はどれくらい珍しいのですか?
A. 日本相撲協会の公式統計では、令和8年7月場所千秋楽時点で、平成25年1月場所以降に374番、出現率は0.2%となっています。
決まり手・非技を通して24位で、全階級を合計しても1場所あたり約4〜5番ほどの頻度です。
Q5. 勇み足と踏み出しの違いは何ですか?
A. 勇み足は、相手を攻め込んでいる側が勢い余って先に土俵外へ足を出す負け方です。
一方の踏み出しは、相手の力が加わっていない状態で、自分から足を土俵外へ出してしまう負け方を指します。
Q6. かばい手とは何ですか?
A. 重なり合って倒れていくときに、上になった力士が下の相手をかばうように先に手をつくことです。相手が死に体であれば、先に手をついても負けになりません。
勇み足が「足」の問題であるのに対し、かばい手は「手」についての例外にあたります。
まとめ
勇み足とは、相手を土俵際に詰めながら勢い余って自分の足を先に土俵外へ出し、相手に勝ち星を与えてしまう負け方です。決まり手八十二手には含まれず、腰砕け・つき手・つきひざ・踏み出しと並ぶ「五非技」の一つに数えられます。
土俵際には例外もあります。相手が死に体のときに先に手をつく「かばい手」や、相手を吊り上げたまま前へ踏み出す「送り足」であれば、先に手や足がついても負けにはなりません。
次に観戦するときは、決着の瞬間にどちらの足が先に土俵を割ったか、ぜひ目で追ってみてください。
うむ。冒頭でも言うたとおり、勇み足は相手ではなく自分に敗れる負け方だ。
攻める者だけが背負う危うさであり、裏を返せば、前へ出た者にしか起こらぬ負けでもある。
その一歩の重みを、土俵際で感じ取ってほしい。
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