こんにちは!元力士のしんざぶろうです。

今回は、大相撲クイズの番付編から一歩進んで、番付の歴史に関するマニア向け問題に挑戦していきます。

現在の番付表を見ると、横綱を頂点に、大関、関脇、小結、前頭、十両……と続いています。しかし、番付の形や地位の扱い、階級名の由来は、時代とともに少しずつ変化してきました。

今回は、こうした番付の成り立ちを、クイズ形式で確認していきます。少し難しめですが、番付の歴史を楽しく学んでいきましょう。

番付の基本を確認したい方へ

番付の順番や階級ごとの違いを先に確認したい方は、こちらの記事も参考にしてください。

相撲の番付・階級の仕組みをピラミッド図で解説

相撲観戦大好き さくら
相撲観戦大好き さくら

番付って、今の形がずっと続いてきたものだと思っていました。横綱や大関の扱いも、番付表の形も、時代によって変わってきたんですね。

AI雷電くん
AI雷電くん

うむ、番付にも長き歴史があるものよ。

わしの頃と今とでは、番付の形も地位の扱いも少しずつ異なる。されど、名が刻まれる重みと、土俵に懸ける力士の誇りは変わらぬぞ。

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大相撲クイズ【マニア】番付歴史編(全10問)

大相撲クイズ番付歴史編のイラストここからは、番付の歴史に関するクイズです。

全10問ありますので、選択肢の中から正しいと思う答えを選んでみてください。答えと解説は、それぞれの問題の下にあります。

まずは、横綱と大関の歴史的な関係から確認していきましょう。

第1問:江戸時代の番付上の最高位

横綱が現在のような番付上の地位として定着する前、江戸時代の番付で最高位とされていた地位はどれでしょう?

A. 関脇
B. 小結
C. 大関
D. 前頭

答えはここをクリック

正解:C. 大関

解説:現在は横綱が番付の最高位として知られていますが、横綱は最初から現在のような番付上の地位だったわけではありません。

江戸時代の番付では、大関が最高位とされていました。横綱は、もともとは大関の中でも特に認められた力士に与えられる、特別な称号や免許のような意味合いが強かったとされています。

そのため、番付の歴史を考えるうえでは、「大関が番付上の最高位だった時代がある」という点を押さえておくと理解しやすくなります。

本来の三役や、大関・関脇・小結の違いを詳しく知りたい方は、こちらの記事も参考にしてください。

三役とは?大関・関脇・小結の違いを解説

第2問:横綱免許を与えた家

江戸時代、強豪力士に横綱免許を与えたことで知られる家はどれでしょう?

A. 吉田司家
B. 徳川家
C. 伊勢ノ海家
D. 木村家

AI雷電くん
AI雷電くん

横綱は、最初から番付の一番上に書かれる地位だったわけではないのだ。まずは、横綱免許という考え方を知るとわかりやすいぞ。

答えはここをクリック

正解:A. 吉田司家

解説:横綱は、もともと大関の中でも特に実力を認められた力士に与えられる、特別な免許のような意味合いが強かったとされています。

江戸時代には、相撲の家元として知られる吉田司家が、強豪力士に横綱免許を与えていました。

つまり、当時の横綱は、現在のように最初から番付上の最高位として置かれていたというより、大関の中でも特別に認められた力士に与えられるものとして考えるとわかりやすいです。

第3問:横綱が番付に記された転機

明治23(1890)年、番付に「横綱」と記載されたことで、横綱が番付上の地位として扱われる大きな転機になったとされる力士は誰でしょう?

A. 西ノ海嘉治郎
B. 谷風梶之助
C. 雷電爲右エ門
D. 常陸山谷右エ門

答えはここをクリック

正解:A. 西ノ海嘉治郎

解説:横綱は、最初から現在のような番付上の地位だったわけではありません。

その流れの中で大きな転機となったのが、明治23(1890)年です。この年、西ノ海嘉治郎が番付に「横綱」と記載されたことが、横綱を番付上の地位として扱う流れを強めたとされています。

それまで大関が番付上の最高位とされていた中で、横綱免許を受けた力士が特別な存在として見られるようになり、やがて現在のように横綱が最高位として定着していきました。

横綱になる条件や、現在の昇進基準を詳しく知りたい方は、こちらの記事も参考にしてください。

横綱になる条件とは?昇進基準を解説

第4問:横番付とは?

享保17(1732)年閏5月(うるうごがつ)の京都の番付例にも見られる「横番付」とは、どのような形式の番付でしょう?

A. 東西を横長の形で載せた番付
B. 横綱だけをまとめて載せた番付
C. 力士の写真だけを並べた番付
D. 幕下以下を省略した番付

答えはここをクリック

正解:A. 東西を横長の形で載せた番付
解説:横番付は、東西を横長の形で表した古い番付の形式です。

古い横番付の例として、享保17(1732)年閏5月の京都の番付があります。東西を横長の紙に分けて記した形式で、現在の番付表とはかなり印象が違います。

現在の番付表は縦長の1枚に東西をまとめた形が一般的ですが、古い時代には東西を横に並べる形式も使われていました。

番付は、力士の地位を示すだけでなく、興行の顔ぶれを人々に知らせる役割もありました。横番付を見ると、現在の番付表とは違う時代の雰囲気が伝わってきます。

第5問:縦番付とは?

宝暦7(1757)年10月の江戸の番付例にも見られる、東西を縦1枚にまとめた形式の番付を何というでしょう?

A. 横番付
B. 写真番付
C. 板番付
D. 縦番付

管理人の後輩 元力士 まさる
管理人の後輩 元力士 まさる

横番付と縦番付は、名前が似ているけど見た目の形が違うんだよね。今の番付表に近いのは、東西を1枚にまとめた縦番付の方だよ。

答えはここをクリック

正解:D. 縦番付
解説:縦番付は、東西を縦1枚にまとめた形式の番付です。

宝暦7(1757)年10月の江戸の番付には、現在の番付表につながる縦番付の形が見られます。

それ以前には横長の形式もありましたが、東西を1枚にまとめる縦番付の形が広がっていくことで、現在の番付表に近い見た目へとつながっていきました。

普段何気なく見ている番付表にも、こうした形式の変化の歴史があるのです。

第6問:幕内の語源

現在の大相撲で最上位の階級を「幕内」といいます。この「幕内」という言葉の由来として近いものはどれでしょう?

A. 幕で囲われた内側に控えることができた上位力士たち
B. 幕を持って土俵入りした力士たち
C. 幕下の下にいた力士たち
D. 幕を張る係をしていた力士たち

答えはここをクリック

正解:A. 幕で囲われた内側に控えることができた上位力士たち
解説:「幕内」は、相撲場で幕の内側に控えることができた上位力士に由来するとされています。

現在では、横綱・大関・関脇・小結・前頭をまとめた最上位の階級として「幕内」と呼びます。

しかし、言葉の由来をたどると、昔の相撲興行の場のつくりや、上位力士の扱いとも関係していることがわかります。

幕内という言葉は、単なる番付名ではなく、昔の相撲場の様子を今に伝える言葉でもあるんですね。

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第7問:十両の名前の由来

現在の「十両」という呼び名は、もともとどのようなことに関係しているでしょう?

A. 幕下上位の力士に十両の給金が支払われたこと
B. 幕内の十番目の力士だけに与えられた称号
C. 十両分の米を土俵にまいたこと
D. 十人の大関がいたこと

管理人の後輩 元力士 まさる
管理人の後輩 元力士 まさる

今は「十両」と「幕下」ははっきり分かれているけど、呼び名の由来をたどると、昔の幕下上位とのつながりが見えてくるんだよね。

答えはここをクリック

正解:A. 幕下上位の力士に十両の給金が支払われたこと
解説:現在の十両は、正式には「十枚目」とも呼ばれる地位です。

「十両」という呼び名は、幕下上位の力士に十両の給金が支払われたことに由来するとされています。

現在では十両と幕下ははっきり分かれていますが、名前の由来をたどると、昔の番付上の位置や給金制度とのつながりが見えてきます。

幕下と十両の違いや、関取との境目について詳しく知りたい方は、こちらの記事も参考にしてください。

幕下とは?関取との違いや幕下付け出しまで解説

第8問:序ノ口の意味

現在の番付で一番下の地位にあたる「序ノ口」は、もともとどのような意味に近いでしょう?

A. 出世の入口
B. 横綱への入口
C. 土俵祭の入口
D. 引退後の入口

答えはここをクリック

正解:A. 出世の入口
解説:序ノ口は、現在の番付で一番下の地位にあたります。

「序ノ口」という言葉は、出世の入口という意味合いでとらえるとわかりやすいです。新弟子は前相撲を経て、番付に名前が載ると序ノ口から力士としての番付生活が始まります。

現在では「一番下の地位」という印象が強いかもしれませんが、見方を変えれば、力士として番付に名前が載る大切なスタート地点でもあります。

新弟子検査から前相撲、番付に名前が載るまでの流れはこちらの記事でも解説しています。

新弟子検査とは?前相撲から番付に載るまでの流れを解説

第9問:昔の「相中・本中・新序」

昔の番付にあった「相中」「本中」「新序」などの段階は、現在でいうと主にどのあたりに関係するものでしょう?

A. 横綱昇進や大関昇進
B. 前相撲や序ノ口周辺
C. 三役昇進
D. 幕内優勝

AI雷電くん
AI雷電くん

今の番付だけを見ると、前相撲から序ノ口へ進む流れに見えるが、昔はその周辺にも細かな呼び名や段階があったのだ。

答えはここをクリック

正解:B. 前相撲や序ノ口周辺
解説:昔の番付には、「相中」「本中」「新序」など、現在ではあまり見かけない段階がありました。

これらは、現在でいう前相撲や序ノ口周辺に関係するものです。

本中は昭和48(1973)年3月場所で廃止されたとされています。現在は前相撲が残っていますが、番付の歴史をたどると、序ノ口に上がる前後にも細かな段階や呼び名があったことがわかります。

番付の仕組みは、長い時間をかけて少しずつ整理されてきたのです。

第10問:板番付とは?

本場所の際、相撲場の入口などに掲げられる大きな板の番付を何というでしょう?

A. 板番付
B. 絵番付
C. 写真番付
D. 化粧番付

答えはここをクリック

正解:A. 板番付
解説:板番付は、本場所の際に相撲場の入口などへ掲げられる大きな板の番付です。

平成19(2007)年11月場所の板番付の例もあり、現代でも番付の伝統的な形式を感じられるものです。

板番付は、来場者にその場所の力士の顔ぶれを知らせる役割を持っています。現在のように手元で番付表を見るだけでなく、相撲場を訪れた人に向けた「興行の看板」のような意味もあったと考えるとわかりやすいです。

また、板番付の上部には、大入りを願う縁起を込めた形が見られることもあります。番付には、順位表としての役割だけでなく、興行を盛り上げる意味も込められているのです。

結果はどうでしたか?

今のあなたの番付歴史理解度をチェックしてみましょう。

  • 0〜3問正解
    今回はかなり難しかったかもしれません。まずは、大関が番付上の最高位だった時代や、横綱免許の話など、気になったところから確認してみましょう。
  • 4〜7問正解
    とても良い感じです。番付の形や呼び名の変化を、かなり理解できています。横番付、縦番付、十両の由来までわかると、番付の見方が一段深くなります。
  • 8〜10問正解
    すばらしいです。番付歴史マニアといっていいレベルです。横綱・大関の変化、番付表の形式、昔の呼び名まで理解できていれば、かなり深く大相撲を楽しめます。

■参考にした資料

この記事では、番付の歴史や呼び名の変化について、以下の書籍を参考にしながら内容を整理しています。

  • 根間弘海『詳しくなる大相撲』専修大学出版局(2020年)
  • 新田一郎『相撲のひみつ』朝日出版社(2010年)

本文では、書籍の文章をそのまま引用するのではなく、クイズ記事として読みやすいように要約・再構成しています。

相撲観戦大好き さくら
相撲観戦大好き さくら

横綱免許や十両の由来は、知っているようで知らない話でした。番付の言葉ひとつにも、昔の相撲界の仕組みが残っているんですね。

AI雷電くん
AI雷電くん

うむ。番付は、今の順位を見るだけでなく、昔の相撲界を知る手がかりにもなるのだ。地位の名前や表記の由来を知れば、番付表を読む楽しみもさらに深まるぞ。

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