相撲の三役とは?大関・関脇・小結の違いを元力士が解説
現役のころ、番付表を広げると、まず目に入るのが最上段に並ぶ横綱・大関・関脇・小結の名前でした。
自分の四股名があるのは、そこからずっと下のほうです。
同じ番付表に名前が載っていても、横綱や三役はまるで別世界。僕にとっては、まさに雲の上の存在でした。
こんにちは!元力士のしんざぶろうです。
「三役」という言葉は、相撲中継でも「三役に上がった」「三役揃い踏み」といった形でよく耳にします。
では、どの地位までを三役と呼ぶのでしょうか。
結論から言うと、三役とは大関・関脇・小結の3つの地位のことです。
ただし、少しややこしいのが「三役」という言葉の使われ方です。場面によっては大関を含めず、関脇・小結だけを指すような扱いもあります。
その違いを理解するには、番付の歴史や力士の待遇を知ると分かりやすくなります。
この記事では、三役の意味、大関が外れる場面がある理由、関脇と小結の違い、そして千秋楽の「これより三役」まで、元力士としての体験も交えながら解説します。
三役とは、番付の上のほうにある三つの地位だ。
ただし、その言葉が指す範囲は場面によって変わる。
そこまで見えてくると、番付表の読み方が一段深くなるな。
相撲の三役とは?大関・関脇・小結のこと
三役とは、大関・関脇・小結という3つの地位をまとめて呼ぶ言葉です。番付の上から、大関、関脇、小結の順に並びます。
■三役の3つの地位
- 大関|横綱に次ぐ地位
- 関脇|大関に次ぐ地位
- 小結|関脇に次ぐ地位
横綱を除くと、自分の名前の上に固有の地位名が付くのは、この3つに上がってからです。三役より下の幕内力士は、番付にまとめて「前頭」と記載され、前頭◯枚目という形で並びます。
番付では、大関・関脇・小結はいずれも東西に最低1人ずつ置かれます。成績や番付の編成によっては、それより多くなることもあります。
参考:『相撲大事典』第4版、金指基 原著、現代書館/日本相撲協会「大相撲クイズ No.908」
番付表で名前の上に「小結」と書いてあるのを見て、役職みたいなものかなと思っていました。
前頭だと枚数で呼ばれるのに、三役になると地位の名前で呼ばれるんですね。
三役の人数や、大関がいないときの「横綱大関」という表記は、番付のクイズ記事で1問ずつ扱っています。
三役に横綱・大関は含む?場面によって意味が異なる理由
「横綱は三役なのか」「大関は三役に入るのか」という疑問には、答えが1つに決まりません。「三役」という言葉は、どの場面で使われているかによって指す範囲が変わります。
整理すると、次のようになります。
※スマートフォンでは、表を横にスクロールできます
| 「三役」が使われる場面 | 指している範囲 |
|---|---|
| 普通の用法 | 大関・関脇・小結(横綱は別格) |
| 明治42年より前 | 小結以上(大関が最高位で、番付の上位がそのまま三役だった) |
| 待遇の面(年寄名跡・給与) | 関脇・小結 |
| 三役揃い踏み(千秋楽の儀式) | 最後の三番に出る東西3人ずつの力士が行う儀式。横綱が加わる場合もあるが、横綱を地位として三役に分類しているわけではない |
いちばん下の三役揃い踏みだけは、地位や待遇の区分とは別の用法です。千秋楽の儀式の呼び名なので、分けて考えます。
横綱が別格になったのは明治42年から
いまの番付では横綱が最高位ですが、この地位が正式に最高位となったのは明治42年(1909年)です。それより前は大関が頂点で、三役といえば小結以上、つまり大関・関脇・小結を指していました。
三つの地位の中身が変わったわけではありません。動いたのは、その上に横綱という地位が正式に据えられたことのほうです。そのため現在は、横綱を三役とは別格に扱います。
明治42年より前は、大関が番付の頂だった。三役といえば、その頂までを指す言葉だったんだな。
だから古い記録で三役と書いてあれば、そこには大関も入っている。いまの使い方のまま読むと、数が合わない。
言葉は残り、指す範囲だけが変わった。番付を古い順に見ていくなら、そこに気をつけてみるといい。
待遇の面では、大関も三役から外れる
一方、力士の待遇を定めた規定になると、線の引き方が変わります。ここでの三役は関脇と小結を指し、大関はその外に置かれます。
具体的には、年寄名跡と給与の2つです。
■待遇の面での「三役」
- 年寄名跡|襲名・継承の資格のうち、現役時の在位実績について、横綱と大関には追加の条件がない。三役(関脇・小結)は一場所以上つとめることが条件
- 給与|協会の規定で、横綱/大関/三役(関脇・小結)の三段階に区分
参考:『相撲大事典』第4版、金指基 原著、現代書館/日本相撲協会「大相撲クイズ No.701」
待遇の上では横綱と大関がそれぞれ別枠となり、関脇・小結が「三役」としてまとめられています。
普通の用法では大関を含め、待遇上の区分では大関を外す。同じ言葉で範囲が違うのは、それぞれが別の目的で使われているからです。
同じ「三役」なのに、どこで使われている言葉かで中身が変わるんですね。
年寄名跡と給与の決まりでは横綱と大関がそれぞれ別に扱われていると聞いて、大関が外れる理由がつかめました。
待遇の三段階のうち、実際にいくら支払われるのかについては、給料の記事のほうで番付ごとに扱っています。
関脇・小結はどんな地位?三役に上がる条件
関脇は大関に次ぐ地位、小結は関脇に次ぐ地位です。番付では隣り合っていますが、そこから上へ進むときの決まり方には違いがあります。
名称の由来は、どちらもはっきりしていません。関脇については、相撲節で最強の相撲人を「最手(ほて)」と呼び、次位を「最手脇」または「腋(脇)」と呼んでいたことが手がかりとして挙げられています。番付に「関脇」の文字が現れるのは、元禄年間(1688〜1704年)の京都・大阪の勧進相撲です。小結のほうは、名称がいつごろから使われていたのかも定かではありません。
大関に上がるまでの手続き
三役のうち、昇進の手続きが定められているのは大関です。
まず成績の面では、三役で直近3場所に好成績を残し、大関にふさわしい内容と評価されることが求められます。昇進のたびに引き合いに出される「三役で3場所33勝」は代表的な目安で、一律の昇進条件として定められた数字ではありません。小結でつとめた場所も、この3場所に含まれます。
そのうえで、理事会の承認と番付編成会議での決定を経て、伝達式へ進みます。
■大関昇進までの手続き
- 理事会の承認を経て、番付編成会議で大関への推挙が決定される
- 協会から使者が派遣され、昇進伝達式が行われる
関脇と小結はどう決まるのか
関脇と小結の顔ぶれは、場所ごとの成績をもとに、番付編成会議が翌場所の番付を組むなかで決まります。大関以下の力士の階級の昇降は、番付編成会議で決定すると定められています。番付発表の日に、三役の欄に名前が載る形です。
前頭の上位で好成績を残した力士が次の場所で小結に上がり、そこから関脇、大関へと進んでいきます。一般的には小結が三役への入口ですが、前頭から直接関脇へ上がる例もあります。
令和8年九月場所では、藤ノ川が前頭から新関脇となり、同時に新三役となっています。
参考:日本相撲協会「定款」第49条5項/日本相撲協会「番付トピックス」
三役に上がったかどうかは、番付表を見ていると形で分かります。
前頭◯枚目と書かれていた名前が、次の番付では小結や関脇と書かれる。枚数ではなく地位の名前に変わるので、上がったことがひと目で伝わってきます。
大関のさらに上にある横綱については、昇進の条件を別の記事で詳しく扱っています。
新三役とは?初めて三役に上がること
番付で初めて三役に名前が載ることを「新三役」といいます。新入幕や新十両と同じ数え方で、その力士にとって一度だけの呼び名です。
初めて関脇または小結に昇進することを指します。
多くは新小結として三役入りしますが、番付の状況や成績によっては、前頭から直接関脇へ昇進して新三役となる例もあります。
新三役と呼ばれるのは、初めて三役に上がったその場所です。一度三役をつとめた力士が前頭に落ち、あらためて三役に戻った場所は、三役への復帰として扱われます。
番付発表で「新三役」と紹介されるのは、その力士が個別の地位名を持つ側に移った場面でもあります。前の場所まで前頭◯枚目だった名前の上に、小結や関脇と書かれるわけです。
そんな新三役の力士が番付発表の日に何を話すのかは、昇進会見の様子から伝わってきます。令和7年三月場所の王鵬は、小結を経ずに新関脇となった例です。
小結を超えて新関脇に昇進したのは、令和2年十一月場所の隆の勝以来のことでした。前頭から直接関脇へ上がる道が、めったにないながらも開かれていることが分かります。
新三役って、ニュースで聞くたびに大きな節目なんだなと感じていました。
一度だけの呼び名だと知ると、その場所の取組をちゃんと見ておきたくなりますね。
三役に上がるまでの番付の並びは、階級をピラミッド図で示した記事のほうで扱っています。
千秋楽の「これより三役」と三役揃い踏み
千秋楽の中継で、行司が「これより三役にござります」と述べる場面があります。これは本場所の千秋楽で行われる最後の三番のことで、「役相撲」とも呼ばれます。
その口上の前に土俵で行われるのが「三役揃い踏み」です。最後の三番に出る力士が東西に分かれて土俵に上がり、揃って四股を踏みます。結びの一番を横綱がつとめる場所であれば、この揃い踏みに横綱も加わります。
三役揃い踏みの「三役」は、通常の地位区分とは別の用法です。千秋楽の最後の三番を取る力士が行うため、横綱が加わることもあります。
そんな三役揃い踏みの形は、実際の一場面を見るとつかみやすくなります。まずは2019年初場所の千秋楽、三人が横に並んで同時に四股を踏む場面です。
<千秋楽の様子>三役揃い踏み。遠藤、貴景勝、髙安。#sumo #相撲 pic.twitter.com/jZwLn70R8a
— 日本相撲協会公式 (@sumokyokai) January 28, 2019
三役揃い踏みが見られるのは、本場所の千秋楽だけではありません。次は2024年3月、伊勢神宮奉納大相撲での一場面です。
<#伊勢神宮奉納大相撲 >
三役揃い踏み。#sumo #相撲 #春巡業 #巡業 pic.twitter.com/yXyjS58Dlw— 日本相撲協会公式 (@sumokyokai) March 31, 2024
勝った力士がもらう矢・弦・弓
役相撲の三番には、勝った力士への褒美が用意されています。
■役相撲で勝った力士がもらうもの
- 最初の取組に勝った力士|矢
- 2番目の取組に勝った力士|弦
- 結びの取組に勝った力士|弓(その後の弓取式をつとめる力士が代わりに受け取る)
弓取式で振られている弓は、結びの一番に勝った力士への褒美でもあるわけです。三番それぞれに違う褒美が決められているところに、この最後の三番が特別に扱われてきたことが表れています。
「これより三役」はいつから行われているのか
役相撲そのものは古くからあり、宝暦13年(1763年)の江戸相撲の勝負附にも「これより三役」が見られます。
ただし、その中身はいまと同じではありませんでした。明治42年(1909年)春までは千秋楽に幕内力士が出場せず、最後の三番は幕下力士が取り組んでいます。幕内力士が出るようになったのは同じ年の夏からで、昭和2年(1927年)春には横綱が「これより三役」で取り組んでいます。
参考:『相撲大事典』第4版、金指基 原著、現代書館/日本相撲協会「大相撲クイズ No.1249」
役相撲の三番は、勝てば褒美が出る一番だ。
千秋楽に残された最後の三番を任される。それ自体が、その場所を通じた評価だな。
四股を踏む姿には、そこまでの十五日が乗っている。
元力士から見た三役
番付表を広げて見えていたもの
ここからは、制度の話ではなく、三役の力士を下から見ていた現役のころの僕の話です。
番付表を広げると、最上段に横綱と並んで大関・関脇・小結の名前がありました。自分の四股名は、同じ紙のずっと下のほうにあります。
三役は、横綱と名前が並んでいるというだけで特別な存在でした。雲の上の人、という言い方がしっくりきます。
部屋頭だった三役の力士
僕がいた部屋にも、三役の力士がいました。その力士が部屋頭です。部屋頭とは、その部屋で番付が最上位の力士を指します。
師匠がいないときなどは、部屋頭が稽古場を仕切っていました。やっていたのは、次のようなことです。
- 稽古のアドバイスをする
- 檄をとばす
- 申し合いの指示を出す
- 稽古を終わらせる
稽古を切り上げる頃合いまで決めるわけですから、その日の稽古場がどう進むかは、部屋頭の判断にかかっていました。
そして、いるだけで空気が締まります。というのも、稽古を見られているとわかると、必死にやらなければという気持ちになるからです。
三役という番付は、本場所の土俵の上だけのものではありませんでした。稽古場に立っているだけで、下にいる者の動きが変わります。現役のころの僕にとっての三役は、まずそこにありました。
稽古場にいるだけで空気が変わるって、番付の数字だけでは分からない話ですね。
三役って本場所で見る姿しか知らなかったので、部屋に戻ってからも役割があるというのは驚きました。
三役に関するよくある質問
最後に、三役について寄せられやすい疑問をまとめておきます。
Q1. 三役とはどの地位のことですか
A. 大関・関脇・小結の3つです。番付では上から大関、関脇、小結の順に並びます。
横綱を除くと個別の地位名を持つのがこの3つで、その下の幕内力士は前頭◯枚目としてまとめて記載されます。
Q2. 横綱は三役に入りますか
A. 普通の用法では、横綱は三役に含めず別格として扱います。
明治42年に横綱が正式な最高位となる前は大関が頂点で、当時の三役は小結以上を指していました。ただし千秋楽の三役揃い踏みには、結びの三番を取る力士として横綱も加わります。
Q3. 大関は三役に含まれますか
A. 普通の用法では含まれます。
ただし年寄名跡や給与といった待遇を定めた規定では、関脇と小結を三役としています。横綱と大関には、それぞれ独立した枠が定められているためです。
Q4. 新三役とはどういう意味ですか
A. 初めて関脇または小結に昇進することです。
多くは新小結として三役入りしますが、前頭から直接関脇へ昇進して新三役となる例もあります。新三役と呼ばれるのは、初めて三役に上がったその場所です。
Q5. 三役に上がる条件はありますか
A. 手続きが定められているのは大関です。三役で直近3場所に好成績を残すと、理事会の承認を経て番付編成会議で昇進が決定され、協会から使者が派遣されて伝達式が行われます。「三役で3場所33勝」は代表的な目安で、一律の昇進条件ではありません。
関脇と小結は、場所ごとの成績をもとに番付編成会議が番付を組むなかで決まり、番付発表の日に三役の欄へ名前が載ります。
Q6. 「これより三役」とは何ですか
A. 本場所の千秋楽で行われる最後の三番のことで、「役相撲」とも呼ばれます。
三役揃い踏みのあとに、行司が「これより三役にござります」と口上を述べます。勝った力士には最初の取組から順に矢、弦が渡され、結びに勝った力士の弓は、その後の弓取式をつとめる力士が代わりに受け取ります。
まとめ
三役とは、大関・関脇・小結の3つの地位のことです。横綱を除くと個別の地位名を持つのはこの3つで、その下の幕内力士は前頭◯枚目としてまとめて記載されます。
指す範囲が動くのは、番付の歴史と待遇という別々の事情があるためです。明治42年より前は大関が頂点で、三役は小結以上を指していました。待遇を定めた規定では、いまも大関を外した関脇・小結が三役と呼ばれます。
千秋楽の「これより三役」だけは別の用法で、結びを含む最後の三番を指します。だから三役揃い踏みには横綱も加わります。
番付表の最上段に並ぶ三つの地位は、僕にとっては雲の上の場所でした。次に番付表を広げるとき、その三つの名前がどこにあるのか、ぜひ目で追ってみてください。
三役という言葉が場面ごとに姿を変えるのは、番付が長い年月をかけて形を整えてきたからだ。
大関が頂だった時代の名残と、いまの待遇の線引きが、ひとつの言葉の中に同居している。
千秋楽の土俵に三人が揃うのを見たなら、その並びの後ろにある年月にも、少し目を向けてみるといい。
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