股割りで「筋を切る」って本当?痛みと内出血の実際を元力士が解説
相撲教習所を卒業したら、容赦なく足を広げて後ろから押す。入門したばかりの僕は、部屋でそう言われていました。
怖くてたまりませんでした。それなら、押される日までに自分で間に合わせるしかない。そう思って、自分のペースでストレッチを続けました。
寝るときも、両足の裏を合わせる。
胡坐で寝ているような格好のまま朝まで過ごして、卒業までにはなんとか股割りができるようになりました。そのときの安堵は、よく覚えています。
押されて一気に柔らかくなるわけではなく、押される日までに自分でどれだけ続けたか。股割りは、そこで決まる稽古でした。
こんにちは!元力士のしんざぶろうです。
股割り(またわり)とは、膝を伸ばしたまま足を左右に大きく開いていき、腰を下ろして、その姿勢で前に伏せていく稽古です。
開脚を目標にしたストレッチのつもりで調べ始めた方は、号令がついているところで少し戸惑うかもしれません。相撲部屋の股割りには、ストレッチというより稽古の一つとして扱われる場面があるからです。
その股割りを調べていくと、筋を切って柔らかくするという話が出てきます。僕にも、その話に思い当たる場面があります。
先に書いておくと、股割りは、体を柔らかくしてケガの予防につなげるための稽古です。部屋によって違っていたのは、それができるようになるまでの期間をどう考えているかでした。
僕が実際に見たのは、股割りのあとに内股が青くなっていた同期生までです。中で何かが切れたのかどうかは、分かりません。
この記事では、股割りで本当に筋を切るのか、痛みや内出血はどれくらいのものなのか、家でやっていいものなのか。押される側と押す側の両方に回った元力士の体験を交えて解説します。
筋を切るという話は聞いたことがあるので、背中を押されるところを想像しただけで怖いです。
実際はどうだったのか、気になります。
股割り(またわり)とは?どこまで開くのか
股割りは、下半身の柔軟性を養うための重要な稽古の一つです。膝を伸ばしたまま足を大きく左右に開いていき、次第に腰を下ろして、最後に尻を地面につけます。
そこから先があります。左右の足を180度に開いた姿勢のまま前に伏せて、胸まで地面につける。ここまでが股割りの一連の動作です。
稽古場では「股割っ!」から始まる
稽古場の股割りは、自分の好きなタイミングで始めて好きなところで止めるものとは違います。号令に合わせて動きます。
※スマートフォンでは、表を横にスクロールできます
| 号令 | やること |
|---|---|
| 股割っ! | 両足を広げながら重心を下げ、げんこつをついてから尻を土俵につける |
| 叩けっ | 内股を叩いてほぐす |
| 右手挙げろっ | 片手を挙げて、体を横に倒す(左も同じ) |
| 横振り | 両手を前に出して、大きく左右に振る |
| 前へ倒せ | 体ごと前に倒して、土俵につける |
| ヤメー、ナオレッ | 倒した体を起こす |
参考:『相撲大事典』第4版、金指基 原著、現代書館/日本相撲協会「相撲基本動作」
立ち上がるところに掛け声はつきません。開いた足のあいだで両手をげんこつに握って、土俵をぐっと押し上げながら自分で起きます。
前へ倒したあと、深さに段ができる
号令は同じでも、前に倒した体がどこまで下りるかは人によって変わります。ここに段があります。
■前に倒してからの三段
- おでこと両肘|まず前に倒して、おでこと両肘を土俵につけて慣らす
- 胸|息を吐きながら、力を入れずに胸まで下ろす
- お腹|さらにその先。腹まで土俵につける
同じ「股割っ!」の号令で並んでいても、隣の力士がどの段にいるかは横から見れば一目で分かります。足の開き具合よりも、前に倒したあとの深さのほうに差が出ていました。
私、股割りは稽古の前のストレッチだと思っていました。
足を開くところで終わりじゃなくて、そこから胸やお腹まで下ろすところまでが一続きなんですね。
号令がついているだけで、もう相撲の稽古の顔つきになります。
僕は股割りの前に、伸脚を念入りにやっていた
股割りの前に、伸脚(しんきゃく)があります。
僕は股関節が硬かったので、伸脚を念入りにしてからでないと股割りに入れませんでした。先に伸脚で時間をかけておかないと、その日の股割りは始まらなかったんです。
肩幅より広く足を開いて、片方の膝を曲げ、もう片方の足を伸ばす。ここまでは、学校の体育でやる形と変わりません。
僕が教わった伸脚は、学校でやっていたものとは別物だった
違うのは、そこから先の3つでした。
※スマートフォンでは、表を横にスクロールできます
| 見るところ | 僕が学校でやっていた伸脚 | 僕が教わった伸脚 |
|---|---|---|
| 曲げている側のかかと | 上げる | 上げない |
| 腰の深さ | 浅い | 尻が地面につくぐらいまで下げる |
| 伸ばしている足 | 床から浮いている | ふくらはぎが地面につく |
なかでも効いてくるのが、最初の1行です。曲げている側のかかとを上げません。僕の場合は、かかとを浮かせるとその場は楽でも、そのあとの股割りで足が開きにくく感じました。
とはいえ、学校のやり方が間違っているという話ではありません。目指しているものが違うだけです。3つを並べてみると、同じ伸脚でも、やり方がかなり違うことが分かると思います。
僕がこの伸脚をできるようになるまでには、股割りと同じくらいの時間を費やしました。股割りが難しいのではなく、その手前が難しかったんです。
伸脚って、その日の股割りがどうなるかを先に決めちゃうんだ。
かかとを浮かせてごまかすと、そのときは楽なんだよ。
でも、そのあと足を広げると全然開かなくて、結局あとから苦しくなるんだよなぁ。
なお、その伸脚や股割りと合わせて毎日踏んでいた四股については、別の記事で詳しく書いています。
僕がいた相撲部屋では、三人がかりで押された
実際に押されるようになったのは、相撲教習所を卒業してからです。そして押すのは、一人ではありませんでした。
※スマートフォンでは、表を横にスクロールできます
| 位置 | やること |
|---|---|
| 右足につく1人 | 足を外へ広げる。硬いと体が後ろへ逃げるので、下がらないように足で尻を抑える |
| 左足につく1人 | 反対の足を、同じように外へ広げる |
| 背中側の1人 | 両足が広がりきったところで、後ろから前へ押す |
押す役は決まっていませんでした。兄弟子、同期生、弟弟子。僕がいた部屋では、そこは公平でした。
僕も押されましたし、同期生や弟弟子を押しました。関取衆や兄弟子の背中も押しました。押す役と番付の上下は、結びついていなかったんです。
僕が押されるときに意識していたのは、力まないことでした。
変に力を入れると余計に痛くて、なかなか終わりません。だから僕は、覚悟して身をゆだねるようにしていました。
痛いから力む。力むから余計に痛い。そして終わらない。この繰り返しに入ってしまうと、自分で自分を苦しくしていました。
ただし、これは三人に押してもらう稽古のなかでの話です。家でやるときの線引きは協会が別に示しているので、この記事の後半でそのまま載せます。
その三人がかりの形は、日本相撲協会の公式Xでも見ることができます。九重部屋の稽古を写した一枚です。足がどこまで開いているか、上体がどこまで下りているかを見てみてください。
<九重部屋稽古>
股割り。股関節を柔らかくし、体が安定して正しい姿勢を保てるようになり、怪我の予防にもつながります。#sumo #相撲 pic.twitter.com/dlMU1zGb9W
— 日本相撲協会公式 (@sumokyokai) June 17, 2022
師匠の指導で、全員でやる場面もあった
ここまでは、自分たちで組になって押し合う股割りです。それとは別に、師匠の指導で全員が一斉にやる場面もありました。現役のころの僕が、いまでもよく覚えている場面です。
押されても、胸が土俵につけば許されていました。僕がいた部屋の場合です。部屋によって対応が違うので、どこも同じラインだったとは言えません。
そこまで届かない弟弟子は、必死に抵抗して、半泣きになっていました。
「時間はあったのに、ちゃんとやってこなかったからだよ」
僕は単純にそう思いました。自分も卒業までに間に合わせようと必死にやってきたところだったからです。
でも可哀想なので、背中を押しながら、優しく押してあげました。結局その日は、両肘をつけて10秒間維持するところで終わりました。
それでも、僕がいた部屋では番付が上ほど自らやっていた
押される場面がある一方で、誰にも言われずに股割りをしている人たちがいました。僕がいた部屋では、番付が上に行くほど、自らキチッと股割りをやっていたんです。
僕はどうだったか。苦手だったので、稽古中はあまりやりませんでした。夕方の自由時間に、畳の上で、自分のペースでたまにやるくらいです。
土俵ではなく畳。稽古ではなく自由時間。上の人たちとは、やる場所も時間も違っていました。
番付が上の者ほど、自分から足を開いていた。
押されてやる稽古を、押されずに続けていたということだな。
強さは、誰も見ていない時間に積まれる。
ちなみに、こうした基本の動作をまとめて教わるのが相撲教習所です。そこで何をどれくらいやるのかは、別の記事でまとめています。
「筋を切る」って本当?内股が真っ青だった同期生
相撲教習所に通い始めると、他の部屋の同期生と顔を合わせます。そこで、内股が真っ青になっている人がちらほら見られました。
最初に見たときは、びっくりしました。
「どうしたの!」
思わず声が出ました。何かあったのかと思うような色だったので、心配になったんです。
本人は、股割りをしてこうなったと話していました。
部屋によって違ったのは、いつまでにできるようにするか
僕がいた部屋で押されるのは、教習所を卒業してからでした。その同期生たちは、僕がまだ押されてもいない時期に、もう仕上げにかかっていたことになります。
部屋によって違っていたのは、股割りができるようになるまでの期間を、どう考えているかでした。
早く身につくと、何が変わるのか
股割りで体を柔らかくしておくのは、相撲でのケガの予防につなげるためです。早く身につくほど、そのあとの稽古も、土俵での取り口も変わってきます。
■股割りが早く身につくと、何が変わるか
- 体が柔らかくなって、ケガをしにくくなる
- 腰を低く落とせるので、立ち合いを有利に運べる
- 体が柔らかいほど、取れる技の幅が広がる
- 四股やすり足といった基礎の稽古を、早く正確にできるようになる
- 結果として、早く強くなる可能性が高まる
部屋が早いうちにできるようにさせようとするのは、この5つを早く手に入れさせるためだと思います。
技の幅という点では、宇良関の相撲が分かりやすいと思います。相手の懐に深く潜り込んで、伝え反りのような反り技で返してしまう。潜ったところから相手を起こせるのは、体が柔らかいからこそだと思います。
腰が低いって、それだけで得なんだよなぁ。
下から入られると、何もできないまま出されてしまうこともあるんだ。
体が柔らかい人は、最初のひと当たりからもう違うんだよ。
切ることを狙っていたわけではない
筋を切って柔らかくする、という言い方も聞きました。ただ、そこは僕が見た範囲の話ではなく、あくまで聞いた話です。
ただ、切ること自体を狙っていたという話ではないと思います。部屋が短い期間で柔らかくしようとした結果、青あざができてしまった。
僕が見たのはそこまでです。中で何かが切れたのかどうかは、分かりません。
同じように押されていても、内股が真っ青になる人と、そうならない人がいました。体の柔らかさには人によって差があります。その差が、青あざの出方に表れたのかもしれません。
青あざは、一週間以上そこにあった
その青あざがどうなっていくのかも、教習所で見ていました。
色はだんだん下へ降りてきて、ふくらはぎのあたりが青くなっていきます。そうして、普通の色に戻っていきました。一週間以上は青かったと思います。
足を引きずる様子は見ていません。いつも通り稽古していたように見えました。
でも、痛みがあるかどうかは、本人にしか分かりません。痛々しくて、僕は聞けませんでした。
教習所で顔を合わせた同期生には、股割りのあと内股が真っ青になっている人がいました。僕がいた部屋では、そこまでの色になったことはありません。部屋によってここまで違うと知ったとき、僕は自分がいる部屋で良かったと思いました。
内股が真っ青って、想像するだけで足がすくみます。
一週間以上その色のままなのに、普通に過ごしていたんですね。
同じ股割りという名前でも、いつまでにできていないといけないかが部屋で違っていたなんて、考えたこともありませんでした。
家でやるなら、協会の相撲健康体操
ここまで書いてきたのは、僕がいた部屋で三人がかりに押してもらっていた股割りです。家で一人でやる手順とは違います。
では、家では何もできないのか。そういう話でもないんです。日本相撲協会は、一般向けに相撲健康体操を出しています。
12の型からできていて、四つ目が伸脚の型、五つ目が股割りです。相撲の基本動作の型を手本にして、一般向けに考案されたものです。
そして股割りの型には、注意が並んでいます。
■股割りの型に付いている注意
- 強めの体操ですから、最初から強くせず、少しずつゆっくり行いましょう
- 伸ばして、痛みのない範囲でやりましょう
- 痛みのある方は気をつけて行ってください
- 不安定な症状のある方は、行わないでください
痛みのない範囲で、というのが家でやるときの線引きです。稽古場で僕が受けていた形、つまり内股を叩いて胸まで下ろしていくやり方を、そのまま家で真似するものとは違います。
その相撲健康体操が実際にどう行われているかは、映像でも見られます。2019年の夏に両国国技館で開かれた、夏休み相撲健康体操の様子です。
やり方を一から教える解説ではありませんが、大勢が同じ型で体を動かしている場面です。動きのテンポや全体の流れは、言葉で読むより映像のほうが分かりやすいと思います。
相撲健康体操って、僕らが稽古場でやってた動作がそのまま入ってるんだ。
面白いのは、痛みのない範囲でって書いてあるところ。
土俵だと、痛くないところで止めさせてはもらえなかったからなぁ。
体が硬いままだった僕が、土俵で困ったこと
卒業までに股割りはできるようになりました。ところが、できるようになった先に、まだ段が残っていました。
ここからは、現役のころの僕がどこまで届いて、どこで止まったかの話です。
僕はお腹をしっかり土につけられず、胸までで止まっていました。
前に倒して、おでこと両肘はつく。息を吐いて、胸もつく。その先、腹を土俵につけようとすると、そこで止まるんです。
その硬さが、土俵に出ました。立ち合いで低く行きたいのに、体が硬くて行けない。自分のなかでの理想の立ち合いが、最後までできませんでした。
腰そのものは、毎日の繰り返しで割れるようになりました。両膝を開きぎみにして腰を落とし、重心を低く構える形です。それでも、きれいに腰を割るという状態には結局なりませんでした。
内股が真っ青だった同期生を見て、僕は自分がいる部屋で良かったと思いました。でも、結局ずっと体が硬かったので、どちらが相撲を取るうえで良かったのかはわかりません。
参考:『相撲大事典』第4版、金指基 原著、現代書館
胸まではついていたのに、そこで止まってしまうんですね。
柔らかさって、どこまで開くかの話だと思っていました。
立ち合いの低さにまでつながっているとは、考えたこともありませんでした。
股割りに関するよくある質問
股割りには、開く角度や痛みのように、数字で答えがほしくなる疑問が付いてきます。
Q1. 力士はみんな180度開くのですか
A. 力士全員が180度開くわけではありません。少なくとも僕は、最後まで届きませんでした。
股割りの形としては、左右の足を180度に開いて前に伏せ、胸を地面につけるところまでです。僕が届いたのは胸まででした。お腹は最後まで土俵につかず、きれいに腰を割るという状態にもなりませんでした。毎日続けても、股関節の硬さは僕の課題のままでした。
Q2. 股割りで内出血したら、やりすぎでしょうか
A. やりすぎです。相撲を取るわけではないなら、青くなるまでやる必要はありません。ゆっくり、痛みのない範囲で続けてください。
僕が相撲教習所で見た同期生は内股が真っ青で、色はだんだん下へ降りてふくらはぎまで青くなり、一週間以上そのままでした。足を引きずる様子はなく、いつも通り稽古していたように見えましたが、痛みがあるかどうかは本人にしか分かりません。痛々しくて、僕は聞けませんでした。
あれは相撲部屋で三人がかりに押されたからです。家でやる体操とは前提が違います。
Q3. 股割りは体に悪いのですか
A. 体にどう影響するかという医学的な判断は、僕にはできません。家でやる場合の注意が相撲健康体操の股割りの型に並んでいるので、そのまま渡しておきます。
- 強めの体操ですから、最初から強くせず、少しずつゆっくり行いましょう
- 伸ばして、痛みのない範囲でやりましょう
- 痛みのある方は気をつけて行ってください
- 不安定な症状のある方は、行わないでください
僕がいた部屋で受けていた股割りは三人がかりで押してもらう稽古だったので、家でやる体操とは前提から違います。
Q4. 股割りができるようになるまで、どれくらいかかりますか
A. 人によって違うので、僕の場合でお答えします。相撲教習所にいるあいだの6か月で、押されて胸が土俵につくところまではいきました。僕がいた部屋では胸がつけば許されていたので、そこはなんとか間に合わせた形です。
ただ、その先が長くかかりました。腰をおろした低い体勢で四股を踏めるようになるまでに数年、それでもきれいに腰を割る状態には結局なりませんでした。お腹が土につくことも、最後までありませんでした。
Q5. 股割りと開脚ストレッチは何が違うのですか
A. 足を開いて前に倒す、という動きだけを見れば同じです。違うのは、股割りが下半身の柔軟性を養うための重要な稽古として扱われているところで、稽古場では号令に合わせて動きます。しかも、僕が受けていた形は自分のペースで止められるものではなく、三人に押してもらって進むものでした。
家で開脚から始めるなら、協会が出している相撲健康体操の股割りの型がおすすめです。一人でできますし、痛みのない範囲で行うようにという注意も付いています。
まとめ
股割りで筋を切る。その言葉だけを聞くと、相撲部屋がずいぶん荒っぽい場所に見えると思います。
僕が相撲教習所で見たのは、内股が真っ青になった同期生です。中で何が起きていたのかは、僕には分かりません。
僕の側の話も、きれいには終わりませんでした。押される日に間に合わせて、胸まではつくようになって、その先で止まったままです。
股割りは、痛みに耐えるための稽古ではありません。体を柔らかくして、ケガの予防につなげるための稽古でした。柔軟を続けている方は、開いた角度を測るより先に、どこで力を抜けるかに目を向けてみてください。
急いで手に入れた柔らかさか、毎日かけて手に入れた柔らかさか。
土俵は、どちらも同じように試すだけだな。
焦らず、今日開いたところを覚えて帰るといい。
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