相撲のぶつかり稽古はなぜきつい?胸を出す側に回った元力士が解説
現役のころ、ぶつかり稽古で苦しかったのは、何回当たれば終わるのか分からないことでした。
一回押し切って、受け身を取って起き上がる。これで終わりかと思っても、目の前ではすぐに次の胸が出されます。
息が上がっていても、自分から「もう終わり」とは言えません。終わりを決めるのは、ぶつかっている自分ではなく、胸を出している側だからです。
僕にとって、ぶつかり稽古のきつさは、体力だけではありませんでした。終わりが自分に委ねられていないことも大きかったんです。
こんにちは!元力士のしんざぶろうです。
ぶつかり稽古とは、ぶつかる力士と受ける力士に分かれて、押しと受け身の型を身につける稽古です。稽古場で、力士が何度も土俵に転がされている場面を見たことがある方もいると思います。
ただ、土俵にいる二人は同じことをしているわけではありません。当たっていく側と、胸を出して受ける側では、役割がはっきり分かれています。
そして、ぶつかり稽古のきつさには、この二人の関係が大きく関わっています。
この記事では、誰が胸を出すのか、いつ終わるのか、なぜきつい稽古だと言われるのかを、僕自身が胸を出す側に回ったときの経験も交えて解説します。
疲れてくると、最初に崩れるのが足の運びなんだよね。上体だけで押そうとすると、すぐに形が悪くなる。
苦しくなってから、どこまで基本通りに押せるかも稽古なんだよ。
ぶつかり稽古は、ぶつかる側と受ける側で役割が違う
ぶつかり稽古は二人一組で行います。同じ土俵に立っていても、ぶつかる側と受ける側では、やっていることがまったく違います。
当たってから押し切るまでの流れは、以下の稽古総見の映像でも見られます。
映っているのは、横綱審議委員会の稽古総見です。幕下の力士が、兄弟子である関取の胸を借りています。
見るときは、押し切ったあとにほとんど間が空かないところと、胸を出す側が足を土俵から離さずに下がっていくところに注目してみてください。
参考:日本相撲協会公式チャンネル「【幕下編】兄弟子の胸を借りて ぶつかり稽古<令和7年九月場所前 稽古総見>SUMO」
映像で見ると、ぶつかり稽古って迫力があるんですね!聞いたことはあったけど、こんなに激しい稽古だなんて想像以上でした。
ぶつかっている力士は、やっぱりキツそうですね。
ぶつかる側は、額で当たって押し切る
ぶつかる側の動きは、当たってから起き上がるまでが一続きになっています。
- 当たる|両脇を締め、相手の右胸をめがけて額で当たる
- 押す|両筈(りょうはず)で、相手の胸に頭をつけたまま押していく
- 落としてもらう|押し切ったら、相手に肩を突き落としてもらう
- 受け身|右肩から身を丸くして横転する
- 起き上がる|再び仕切りの型をとる
ここまでを一回として、何度も繰り返します。
転がるのが右肩からなのは、相手の右胸に当たっているからです。ただし、実際の相撲では左右どちら側からでも受け身を取れなければなりません。
いなされたときや、うまく押し切れなかったときは少し違います。首を押されながら土俵上をすり足で歩き回され、そのまま転がされます。
急にいなされることで、立ち合いで変化されたときに対応する練習にもなります。
つまり、転がされるのは、押せなかった罰として行われているわけではありません。受け身や、いなされたときの対応まで含めて稽古なのです。
一つひとつの動きが決まっているのは、押しの基本の形を体に入れるためです。
受ける側は、押させて土俵際で残す
一方、受ける側は、仕切りのときよりやや広めに両足を構えて腰を割り、両手を広げて右足を踏み込みます。
相手のぶつかりを受けたら、足裏を土俵から浮かせず、ずるずると押させていきます。そして、土俵上あるいは土俵際で踏ん張り、相手の攻めを残します。
これは相手に押させるためだけの動きではありません。受ける側にとっては防御の稽古であり、同時に足腰の鍛錬でもあります。
胸を出している力士も、自分の足腰を使って踏ん張っています。どっしり立って、ただ受け止めているだけではないんですね。
ぶつかり稽古には、略した呼び方もあります。「ぶっかり」です。
呼び方が変わっても、指している稽古は同じです。
参考:『相撲大事典』第4版、金指基 原著、現代書館
当たり方そのものについては、頭から当たる「ぶちかまし」を扱った記事でも書いています。
僕がいた部屋では、ぶつかり稽古が稽古の区切りだった
ここまで見てきたように、ぶつかり稽古では二人の役割がはっきり分かれています。僕がいた部屋では、さらにもう一つ特徴がありました。
ぶつかり稽古が、稽古の区切りとして使われていたことです。
ここから先は、部屋によって違いがあります。僕が過ごした部屋での形として読んでください。
締めは3段あった
稽古の区切りといっても、一日の最後に一度だけ行うわけではありませんでした。僕がいた部屋では、大きく分けて次の3つの場面で、ぶつかり稽古が締めとして行われていました。
- 三番稽古の締め|番付の下の者から30分単位で行い、切り替えのときに締める
- 申し合いの締め|全員が三番稽古を終えたあと、番付ごとの申し合いの最後に締める
- 稽古の締め|その日の稽古が全部終わるときも、ぶつかり稽古で終える
三番稽古は、番付の下の者から30分単位で回していました。
その時間が終わると、次に稽古する力士が胸を出します。前のグループがぶつかり稽古を終えたところで、次の稽古へ切り替わる形です。
全員が三番稽古を終えたあとの、番付ごとの申し合いでも同じでした。最後はぶつかり稽古で締めます。
そして、その日の稽古がすべて終わるときも、最後にぶつかり稽古を行っていました。
胸を出すのは、次に稽古する力士だった
ここで特徴的だったのが、誰が胸を出すかです。締めで胸を出すのは、それまで土俵を使っていた側ではありません。
次に稽古する力士が胸を出していました。これから土俵を使う側が、前のグループを終わらせるために胸を貸すわけです。
番付の下から順に稽古していたので、胸を出すのは次の組、つまり自分より上の番付の力士になります。稽古の交代そのものが、一つの稽古の形になっていたんですね。
そのほかの稽古も含めた一日の流れは、幕下以下の生活をまとめた記事で書いています。
主導権は、胸を出している側にある
ぶつかり稽古が稽古の区切りになるのであれば、次に気になるのは「誰が終わりを決めるのか」ではないでしょうか。僕が経験したぶつかり稽古では、そこもはっきりしていました。
終わりを決めるのは、ぶつかる側ではない
僕がいた部屋では、何回で終わり、何分で終わり、といった決まりはありませんでした。ほとんどの場合、主導権を持っているのは胸を出している側です。
いつ終わらせるかを決めるのも、胸を出す側でした。ぶつかる側にできるのは、胸を出されれば、そこへまた当たっていくことだけです。
つまり、当たっている側が「もう終わりにしよう」と自分で区切る稽古ではありません。終わるときには、胸を出している側から「最後だ」と声がかかります。
ただし、その言葉を聞いた時点で終了ではありません。
- 胸を出す側から「最後だ」と声がかかる
- そこから、もう一度当たる
- 押し切って受け身を取ったところで終わり
反対に、押し切れなければ延々と続きます。
「最後だ」と言われたあとに力尽きても、そこで切り上げてもらえるわけではありません。苦しくなったから力を抜いて終える、ということができない稽古です。
胸を出して強くするのも、関取の役目
胸を出す側は、自分の稽古をしているだけではありません。相手の稽古を預かる立場でもあります。
幕内同士で胸を貸し合うだけでなく、幕下以下の力士に胸を出して強くすることも、関取の役目です。
横綱審議委員会の稽古総見でも、幕下15枚目以上の力士が参加し、関取が胸を出します。
参考:日本相撲協会公式チャンネル「巡業のぶつかり稽古 <令和 6年 夏巡業 城南大田場所>SUMO」
「最後だ」って言われても、そこで終わりじゃないんだよなぁ。最後の一本を押し切れなければ、もう一度やり直し。
体が空っぽになったところで「最後」が来るから、むしろそこからがきつかったよ。
なぜ、きつい稽古だと言われるのか
ここまでの話を踏まえると、ぶつかり稽古がきついと言われる理由が見えてきます。もちろん、相手に何度も当たって押すこと自体が楽なわけではありません。
ただ、僕が感じていたきつさは、単純な回数だけでは説明できませんでした。
丁寧に押すほど、一回が重かった
丁寧に押すというのは、型を省かないということです。両脇を締め、額で当たり、両筈で押していく。
僕は、一つひとつの動きを省かずにやるほど、一回が重く感じていました。それでも、そこを省略せずに押すほうを選んでいました。
押し切っても、すぐ次が来る
しかも、一回押し切ったからといって休めるわけではありません。
押し切って顔を上げると、すぐに相手がまた胸を出します。息を整える間もなく、次の当たりに入ります。
その一連の手順を一回として、何度も繰り返します。そして、回数は決まっていません。
そのため、ぶつかる側には「あと何回で終わる」という目安がありません。
ここからは、現役のころの僕自身が感じていた体の負荷についてです。
僕の場合、一回押し切っただけでも、太ももに相当な負荷がかかりました。
なんと言えばいいのか、うまい言葉が見つかりません。スクワットを限界までやったあとのような、あの感じです。
もちろん、息も切れます。その状態で、いつまで続くのかは胸を出している力士しだいです。
体のきつさだけでなく、「まだ続くかもしれない」という怖さもありました。
2018年12月、当時大関だった高安は、当時横綱だった稀勢の里をぶつかり稽古に誘ったことについて、こう話しています。
「どんな稽古よりも、ぶつかり稽古が一番しんどい。ぶつかりをすれば圧力負けしないし、まわしを取るのも突っ張るのにも、すべてに影響してくる。前へ出る稽古だから」
参考:サンスポ「高安、ぶつかり稽古は「どんな稽古よりもしんどい」」(2018年12月28日)
最後の「前へ出る稽古だから」という言葉は、押しを繰り返して下半身を鍛えるという僕自身の実感とも重なります。
何度も前へ出るから、足に負荷がかかる。息が切れても、次の一本でまた前へ出なければならない。
ぶつかり稽古のきつさは、前へ出る動きを最後まで繰り返すところにあるのだ。
下半身への負荷は、ぶつかり稽古が終わったあとにも残っていました。僕は、その状態からさらに四股を踏んで追い込んでいました。
四股については、別の記事にまとめています。
胸を出す側に回ったとき
ここまでは、主に当たっていく側から見たぶつかり稽古について書いてきました。ただ、僕自身も、胸を出す側に回ることがありました。
そこで初めて、受ける側にも技術が必要だということを実感します。
上手い兄弟子の胸は、全力に合わせて負荷を調整してくれた
胸を出すのが上手いとはどういうことなのか。それを最初に感じたのは、自分が胸を出す側ではなく、出してもらう側にいたときでした。
胸を出すのがとても上手い兄弟子がいたんです。
その兄弟子は、僕の全力に合わせて負荷を調整してくれました。
もちろん、稽古中はつらいです。それでも、自分の力をきちんと引き出してもらっている感覚があって、苦しいのに楽しいというか、終わったあとには清々しさがありました。
ただし、疲労は相当なものでした。終わったあとは膝に来るくらい疲れて、そのあとの申し合いでは、番付が下の弟弟子にも負ける始末でした。
自分は、胸を出すのが嫌いだった
では、自分が胸を出す側に回ったときはどうだったのか。ここからは、僕自身の話です。
僕は体も小さく、体重も軽い力士でした。言い訳かもしれませんが、腰を反って残るような体のしなやかさや器用さもなく、胸を出しても土俵際でうまく残ることができなかったんですよね。
それに、正直なところ、引っ込み思案な性格もありました。自分が主導権を握る状況も苦手だったので、胸を出すのは嫌いでした。
受ける側の仕事は、両足を土俵から離さずに相手に押させ、土俵際で踏ん張って攻めを残すことです。僕は、その「残す」というところがうまくできませんでした。
とはいえ、「胸を出すのが嫌いだ」という素振りを見せるわけにもいきません。どうすれば残れるのか。
腰の高さを変えたり、足の開き具合を変えたり、上半身の状態を調整したりしながら、いろいろと試しました。胸を出すのが上手かった兄弟子のやり方も参考にして、自分なりに試行錯誤していました。
そう考えると、胸を出す側で悩んでいた時間も含めて、やはり稽古だったんでしょうね。
胸を出すのが上手い兄弟子って、いたよなぁ。ただ受けるんじゃなくて、相手が力を出せるように負荷を合わせてくれるんだ。
自分が胸を出す番になると、それがなかなか難しい。受ける側にも技術が必要なんだよ。
ぶつかり稽古に関するよくある質問
ぶつかり稽古は、見ているだけでは何をしているのか分かりにくい稽古です。ここまでで触れきれなかった点を、よくある質問としてまとめます。
Q1. ぶつかり稽古は何回くらい続けるものですか?
A. 僕が経験した範囲では、回数も時間も決まっていませんでした。終わるのは、胸を出している側がそう決めたときです。
「最後だ」と声はかかりますが、その一本を押し切るまで終わりません。そのため、ぶつかっている側は、終わりが見えないまま当たり続けることになります。
Q2. ぶつかり稽古で転がされるのはなぜですか?
A. 受け身の型を身につけるためです。当たって押したあと、相手に肩を突き落としてもらい、右肩から身を丸くして横転します。
いなされたときや押し切れなかったときは、首を押されながら土俵上をすり足で歩き回され、そのまま転がされます。
Q3. ぶつかり稽古で怪我をすることはないのですか?
A. 激しい稽古なので、怪我の可能性がないとはいえません。一方で、当たって押したあとに横転するところまでが一続きになっており、受け身の型を身につけること自体が、本場所で体を守ることにつながります。
この稽古が不足すると、土俵で思わぬ負傷をする原因にもなります。
参考:『相撲大事典』第4版、金指基 原著、現代書館
Q4. 稽古見学でぶつかり稽古は見られますか?
A. 部屋によって条件が違います。見学を受け入れているかどうか、予約が必要かどうかも、部屋ごとに決められています。
見学の作法については、別の記事にまとめてあります。
Q5. ぶちかましとぶつかり稽古は違うのですか?
A. 別のものです。ぶちかましは、立ち合いで頭を低くして、相手の胸に頭から当たっていくことを指します。
一方、ぶつかり稽古は稽古の名前です。ぶちかましは「当たり方」、ぶつかり稽古は「稽古そのもの」と考えると分かりやすいでしょう。
まとめ
ぶつかり稽古は、ぶつかる力士と受ける力士に分かれて、押しと受け身の型を身につける稽古です。僕がいた部屋では、三番稽古や申し合いの区切りとして行われ、その日の稽古の最後にも置かれていました。
僕が感じていたきつさの中心にあったのは、終わりを自分で決められないことです。一回を丁寧に押し切っても、すぐに次の一本が始まります。いつ止めるかを判断するのは、胸を出している側です。
一方で、胸を出す側も楽ではありません。相手の全力を受けながら足を土俵につけて下がり、最後は土俵際で残す。相手の力に合わせて負荷を調整することも求められます。
ぶつかり稽古を見かけたときは、当たっている力士だけでなく、胸を出している側の足元にも目を向けてみてください。
ぶつかる側は、最後まで前へ出る。
胸を出す側は、その力を受け止めながら稽古をつくる。
二人で向き合うからこそ、ぶつかり稽古になるのだ。
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