注文相撲とは?変化との違いと批判される理由を元力士が解説
稽古場で、試しに横へ跳んでみたことがあります。本場所ではなく、あくまで稽古の中での話です。
ところが、跳んだ先で相手は崩れません。冷静についてこられて、そのまま向き直られてしまう。
タイミングを変えて何度か試しましたが、僕の場合、横に跳んでうまくいったことは一度もありませんでした。
こんにちは!元力士のしんざぶろうです。
立ち合いで相手が横へ跳び、まともにぶつからないまま勝負がつく。そういう一番のあとに飛び交うのが「注文相撲」という言葉です。
ただ、この言葉がどこまでを指すのかは、はっきりしていません。立ち合いの変化だけなのか、ねこだましや張り差しも同じ枠なのか。そもそも、なぜ「注文」という言い方をするのでしょうか。
しかも、注文相撲が厳しい声を浴びる一方で、一見すると後れを取ったように見える立ち合いが「絶妙」と語り継がれてもいます。
この記事では、注文相撲の意味と別名、変化やねこだましとの線引き、批判される理由と、対照的に評価される立ち合いまで、元力士の体験も交えながら解説します。
注文相撲は、ずるいかどうかの話として語られやすい。
だが、その手前に整理がいる。どこまでが注文相撲で、どこからが別のものか。そこを置いたまま論じても、話はかみ合わぬ。
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注文相撲とは?立ち合いで意図的に奇襲を仕掛ける相撲
結論から言うと、注文相撲とは立ち合いで意図的に奇襲作戦を用いる相撲のことです。俗な言い回しに聞こえますが、事典にも協会の解説にも登場する、れっきとした相撲用語です。
よく同じものとして語られる立ち合いの変化は、その代表的な形にあたります。ただし、注文・注文相撲という語がどこまでを指すかは資料によって幅があります。この記事では事典と協会の説明を軸に整理していきます。
事典が説明する「注文相撲」
『相撲大事典』は、注文相撲を次のように説明しています。
立ち合いの際に、真正面から当たったり四つに渡り合ったりせず、左右に跳んではたいたり、足を飛ばしたりするなど、意図的に奇襲作戦を用いる相撲のこと
押さえておきたいのは「意図的に」という一語です。体が横に流れたかどうかだけでなく、奇襲をねらって立ったかどうかも条件に入ります。
立ち合いは一瞬ですから、外から見ただけで意図まで読み取れる場面ばかりではありません。動きと意図の両方が条件になっている点が、この言葉の扱いにくさです。
別名は「勘定相撲」
注文相撲には、もう一つの呼び方があります。勘定相撲です。
そして、実際に奇襲に出ることを「注文をつける」と言い、こちらも「勘定をつける」と言い換えられます。注文相撲と勘定相撲、注文をつけると勘定をつける。言葉がそのまま対応しています。
どちらの言い方も、相撲中継で耳にする機会はそう来ません。それでも、注文相撲という言葉が土俵の上でどう扱われてきたかをたどる手がかりにはなります。
参考:『相撲大事典』第4版、金指基 原著、現代書館/日本相撲協会「大相撲クイズ No.1145」
意図も条件だと言われても、客席からは跳んだところしか見えないんですよね。
だから取組のあとに、あれは注文だったのかどうかで話が分かれるんだと思います。
なぜ「注文」と呼ぶのか
料理でも買い物でもない土俵の上で、なぜ注文なのか。ここは語の意味をたどると見えてきます。
「注文」は相撲の作戦のこと
相撲でいう注文は、立ち合いの奇襲作戦やかく乱戦法、さらに取組の流れの中での変化まで含めた「作戦」そのものを指します。
つまり注文という語は、横に跳ぶ動きだけを名指ししているのではありません。土俵の上で相手をどう崩すかという、組み立て全体を呼ぶ言葉です。
そのうち、立ち合いで意図的に奇襲を仕掛ける相撲のことを注文相撲と呼びます。
「注文をつける」は有利な体勢をねらうこと
日常で「注文をつける」といえば、相手に条件を出すことです。土俵では意味が変わり、自分に有利な体勢になることをねらって奇襲作戦に出ることを指します。
この駆け引きには、仕掛ける側にも食らう側にも呼び名が用意されています。
■「注文」から派生した言い方
- 注文上手|立ち合いにしばしば奇襲作戦などを行って、自分有利に取り組もうとする力士、またはその取り口
- 注文にはまる|相手の注文相撲をまんまと食って負けたり、不利な体勢になること
- 速さ負け|相手のすばやい動きについていけず、自分の力を十分に出す前に負けてしまうこと
奇襲をしばしば用いる力士やその取り口を注文上手と呼び、相手の策にかかることを注文にはまると言います。仕掛ける側にも食らう側にも名前が用意されているということは、それだけこの駆け引きが土俵で繰り返されてきたということでもあります。
なお、注文という語がいつから相撲で使われはじめたのかは、はっきりしていません。たどれるのは、相撲界で注文が作戦を意味する語として使われ、同じ意味で勘定とも言うところまでです。
どこまでが注文相撲?変化・ねこだまし・張り差し・いなしの仕分け
注文相撲という言葉は、正面から当たらない立ち合いをひとまとめにする形で使われがちです。ただ、近く見えて位置づけの違うものが混ざっています。
そこで先に、よく似た2つの言葉を分けておきます。
- 注文|作戦そのものを指す言葉。立ち合いの奇襲も、取組の流れの中での変化も入る
- 注文相撲|そのうち、立ち合いで奇襲を仕掛けた相撲だけを指す
つまり注文相撲は、注文という大きなくくりの一部です。判断のよりどころになるのは、立ち合いで意図的な奇襲を仕掛けているかどうか。次の表は、事典の定義を基準にした整理になります。
※スマートフォンでは、表を横にスクロールできます
| 技・動き(いつ起きるか) | 注文相撲との関係 | 事典での説明 |
|---|---|---|
| 左右に跳ぶ変化(立ち合い) | 定義に挙がる代表例 | 「真正面から当たったり四つに渡り合ったりせず、左右に跳んで」 |
| はたく・足を飛ばす(立ち合い) | 定義に挙がる | 「はたいたり、足を飛ばしたりする」 |
| ねこだまし(立ち合いの瞬間) | 定義に照らせば含めて考えられる | 「奇襲かく乱戦法である」 |
| 張り差し(立ち合い) | 「注文」には入る/「注文相撲」とは分ける | 「相手がひるんだすきに自分有利の差し身にいく」 |
| いなし(取組の流れの中) | 「注文」には入る/立ち合いではない | 「とっさに体を開いて相手の突進を避け、相手の力の向きをそらす」 |
| 後の先(立ち合い) | 考え方が異なる | 「受けて立つように見えるが、実際には相手を制して先手を取る」 |
参考:『相撲大事典』第4版、金指基 原著、現代書館
変化・はたき・足を飛ばすと、それに近いねこだまし
事典の定義に名前が挙がっているのは、左右に跳ぶ・はたく・足を飛ばす、の三つです。どれも相手の正面を外して仕掛ける動きで、注文相撲の中心にあります。
ここに並ぶのが、ねこだましです。相手の目の前で両手をパチンとたたき、ひるんだすきに懐へ跳び込んだり、横や後ろへ回り込んだりする技を指します。
そのねこだましは「奇襲かく乱戦法である」と説明されています。注文という語の説明に出てくる「奇襲作戦やかく乱戦法」と、同じ言葉です。横に跳ぶ動きでなくても、定義に照らせば注文相撲の範囲に含めて考えられます。
混同されやすい張り差し
一方、同じ奇襲でも置き場所が変わるのが張り差しです。
張り差しとは、立ち合いに張り手を加え、相手がひるんだすきに自分有利の差し身にいくことをいいます。大きく張らずに、さっと張って差すのが定石とされます。
注文相撲の定義にある「真正面から当たったり四つに渡り合ったりせず」という条件に対し、張り差しはねらいが差し身にあり、相手をかわす変化とは向きが違います。そのため、この記事では注文相撲の代表例である変化とは分けて扱います。
ただし、これは「注文相撲」という語に当てはめた場合の話です。作戦そのものを指す注文のほうなら、話は変わります。
注文をつけるとは、自分に有利な体勢をねらって奇襲に出ることでした。張り手も、相手がたじろいだすきに自分に有利な組み手をねらうものです。捉え方によっては、立ち合いからの張り手も注文と言えます。
なお、張り手そのものが卑怯なのかという議論は、別の記事で扱っています。
取組の流れの中で起きるいなし
そしてもう一つ、立ち合いのあとに起きるのがいなしです。突き合いや押し合いの中で、とっさに体を開いて相手の突進を避け、力の向きをそらしてしまうことをいいます。
いなしは通常、突き合いや押し合いの中で使う技術なので、立ち合いの変化とは区別されます。ただし、作戦そのものを指す「注文」には「取組の流れの中での変化など」が含まれるので、いなしはそちらに入ります。
注文と注文相撲、言葉が2つあると分かると急にすっきりしますね。
張り差しもいなしも注文には入っていて、注文相撲からは外れる。私はこの2つを混ぜて考えていました。
注文相撲は反則?決まり手はどう記録される?
「ずるい」と言われる相撲ですから、ルールの上でどう扱われているのかも気になります。先に結論を言えば、注文相撲はルールの内側にある相撲です。
禁じ手とは別のもの
大相撲には、してはいけない手が禁じ手として定められています。例えば、両耳を同時に両手のひらでたたくことは禁手です。
立ち合いで横に跳ぶこと、はたくこと、足を飛ばすことは、この禁じ手に挙げられていません。注文相撲は、ルールの内側で力士が選べる作戦の一つです。そのため、注文相撲をめぐる議論は、反則かどうかではなく、相撲内容をどう評価するかという話になります。
ちなみに、禁じ手として何が定められているのかは、こちらの記事で解説しています。
「注文相撲」は決まり手として記録されない
もう一つ、記録の話です。通常の取組では、勝負結果として決まり手または非技が記録されます。決まり手は82手、非技は5つと定められていますが(2026年9月時点)、そのどちらにも「注文相撲」という項目はありません。
記録に残るのは、その取組がどの決まり手、あるいは非技で決着したかです。例えば、いなしたあとに体を開き、相手の肩や背中を叩いて前に落とせば、叩き込みとして記録されます。
つまり注文相撲は、決まり手の名称ではなく、取組の内容や作戦のほうを指す言葉ということになります。
その叩き込みがどんな決まり手なのかは、こちらにまとめています。
元力士から見た注文相撲
ここからは注文相撲そのものの話ではなく、それを稽古場で試してみた、現役のころの僕の話です。
先に断っておくと、成功談ではありません。
稽古場でたまに、試しに横へ跳んでみたことがあります。本場所ではなく、あくまで稽古の中での話です。
まず、タイミングが難しい。そのうえ、僕の体格では、思いっきり突っ込んでくる相手がそうそういませんでした。
僕の感覚では、跳んで外すには、相手が真正面から強く当たってきてくれることが要ります。ところが僕の場合、跳んだ先で相手は冷静についてきました。崩れないので、そのまま向き直られて終わりです。
そういうわけで、本場所でやってみる気にはなりませんでした。
今思うと、やはりそこは駆け引きで、やりようはあったようにも思いますが。
少なくとも僕が試した横への変化では、相手が強く前に出てくるほど効果が出やすいと感じました。跳んだこちらの意志だけで決まるものではない、ということです。
そして横への変化が決まる場面では、正面から強く出た側ほど体勢を崩しやすくなります。仕掛けるほうも、相手の出方に賭けていることになります。
跳べば決まる技だと思っていました。
相手が強く出てこないと決まりにくいと聞くと、仕掛けるほうもそれなりに賭けているんですね。
なぜ注文相撲は批判されるのか
注文相撲がルールの内側にあることは、ここまでのとおりです。それでも、決まった直後に館内がざわつくことがあります。
期待との落差が、声の大きさに表れる
僕が客席や中継で見てきた範囲では、注文相撲に厳しい声が向くのは、番付が上の力士が仕掛けたときでした。
大相撲では、立ち合いからの力強い攻防を期待する観客も少なくありません。番付が上の力士ほど、その期待を集めて土俵に上がります。だから、同じ立ち合いでも受け取られ方が変わります。
批判につながる大きな理由の一つが、この期待との落差です。ルールで白黒がつく話ではないので、議論が収まりにくいのだと思います。
正面から受けながら先手を取る「後の先」
もう一つ、立ち合いの評価がまるで違う言葉を挙げておきます。「後の先(ごのせん)」です。
後の先とは、立ち合いで相手を受けて立つように見えて、実際には相手を制して先手を取ることをいいます。一見して後れをとったように見えても、自分の立ち合いができていれば不利にはなりません。
第35代横綱・双葉山は、この後の先を取る絶妙の立ち合いができた力士と言われています。
注文相撲が意図的な奇襲で相手の出方を外すのに対し、後の先は相手を受けながら先手を取る。同じ立ち合いの駆け引きでも考え方が異なり、評価のされ方も大きく違ってきます。
注文をつけるかどうかは、土俵に上がる力士自身が選ぶ作戦です。それを見ている側がどう受け取るかは、そこから先の話になります。
横に跳ぶこと自体は、稽古でも試せます。
ただ、決まるかどうかは相手がどう出てくるか次第で、自分の意志だけでは決められないんです。
注文相撲に関するよくある質問
注文相撲について、場所中に気になりやすい疑問をまとめておきます。
Q1. 注文相撲とはどういう意味ですか?
A. 立ち合いで真正面から当たったり四つに渡り合ったりせず、左右に跳んではたいたり、足を飛ばしたりするなど、意図的に奇襲作戦を用いる相撲のことです。
Q2. 注文相撲と変化は同じものですか?
A. 立ち合いの変化は注文相撲の代表的な形ですが、同じ範囲ではありません。注文相撲には、はたきや足を飛ばす動きも含まれ、ねこだましも定義に照らせば同じ範囲で考えられます。さらに「注文」という語だけを取れば、取組の流れの中での変化まで指します。
Q3. 注文相撲は反則になりますか?
A. 反則にはなりません。禁じ手には挙げられておらず、ルールの内側で力士が選べる作戦の一つです。厳しい声を浴びることはあっても、負けや処分につながるものではありません。
Q4. 張り差しは注文相撲に入りますか?
A. 張り差しは、立ち合いに張り手を加え、相手がひるんだすきに自分有利の差し身にいく取り口です。ねらいが差し身にあるので、注文相撲の代表例である立ち合いの変化とは分けます。
ただし、作戦そのものを指す「注文」のほうなら、立ち合いからの張り手や張り差しもそこに入ります。張り手は張り差しと同じ技として説明されているので、扱いも同じです。
Q5. 注文相撲は決まり手として記録されますか?
A. 決まり手には「注文相撲」という項目が用意されていません。記録に残るのは、その取組の決まり手や非技といった勝負結果です。例えば、体を開いて相手の肩や背中などを叩いて前に落とせば、叩き込みとして記録されます。
まとめ
注文相撲とは、立ち合いで真正面から当たったり四つに渡り合ったりせず、左右に跳んだり、はたいたり、足を飛ばしたりして、意図的に奇襲を仕掛ける相撲のことです。「勘定相撲」とも言います。
同じ奇襲でも、張り差しはねらいが差し身にあるので、この記事では代表例である立ち合いの変化と分けて扱いました。いなしは突き合いや押し合いの中で使う技術なので、立ち合いの変化とは区別します。どちらも、作戦そのものを指す「注文」のほうには入ります。
ルールの上では禁じ手ではなく、決まり手として記録されることもありません。それでも声が上がる大きな理由の一つは、立ち合いからの力強い攻防を期待している人にとって、落差が大きいことだと思います。
次に立ち合いで一方が横へ動く一番を見たときは、その力士が何をねらって跳んだのか、跳んだあとに主導権を握れたのかまで、目で追ってみてください。
うむ。冒頭で言うたとおり、注文相撲はまず整理の話だ。
どこまでが注文相撲で、どこからが別のものか。それを置いたうえで見れば、跳んだ一番も、受けて立った一番も、同じ土俵の駆け引きとして見えてくる。


















