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序ノ口と序二段を行ったり来たりしていたころ、花道に力士の人だかりができていました。モンゴルから来た力士の取組を、みんなで見に来ていたのです。

体は、それほど大きくありません。それでも、全身がバネのように動き、身体能力の高さは一目で分かりました。

まだ番付が大きく離れていたわけではなかったので、僕は「来場所あたり当たるかもしれない。そのときは負けないぞ」と、勝手に対戦を意識していました。

ところが、その機会は一度も訪れませんでした。僕が同じ土俵で勝ち負けを考えていたその力士は、あっという間に番付を駆け上がっていきます。

それが、のちの横綱・朝青龍だったのです。

こんにちは!元力士のしんざぶろうです。

モンゴル力士とは、モンゴル出身で日本の相撲部屋に入門した力士のことです。1992年に最初の6人が大島部屋へ入り、令和8年九月場所の番付には、モンゴル出身の力士が23人載っています。

では、その23人はどの段にいて、どの部屋に所属しているのか。モンゴル出身で横綱まで上がったのは誰なのか。

最初に来日した6人は、その後どんな道を歩んだのか。そして、引退した力士はどこへ進んだのか。

この記事では、現役のモンゴル力士全員、歴代の横綱6人、1992年に入門した最初の6人、さらに引退後の進路までをまとめて解説します。

管理人の後輩 元力士 まさる
管理人の後輩 元力士 まさる

23人って聞くと多く感じるけど、横綱から序ノ口まで、番付の全体にいるんだなぁ。

今の力士だけじゃなく、最初の6人からどうつながってきたのかを見ると、30年以上の流れが分かりそうだな。

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現役のモンゴル力士一覧

まずは、いまの番付から見ていきます。令和8年九月場所では、モンゴル出身の力士が横綱から序ノ口まで幅広く在籍していて、その先頭にいるのが第74代横綱・豊昇龍関です。

豊昇龍が横綱に決まった日の様子は、以下の伝達式の映像で見ることができます。

映っているのは、令和7年1月29日に行われた横綱昇進伝達式です。この日に開かれた番付編成会議と理事会で、大関だった豊昇龍の横綱昇進が正式に決まりました。

映像を見るときは、口上を述べる豊昇龍関の表情にも注目してみてください。

相撲観戦大好き さくら
相撲観戦大好き さくら

横綱に決まった日なら、もっと笑顔のお祝いの場面を想像していました。

でも、口上を述べる豊昇龍関はずっと引き締まった表情で、横綱になる重さまで伝わってくるようでした。

モンゴル出身は23人

以下は、令和8年九月場所の番付に載っているモンゴル出身力士の一覧です。番付の上位から順に並べています。

※スマートフォンでは、表を横にスクロールできます

段 四股名 部屋
横綱 豊昇龍 立浪
大関 霧島 音羽山
前頭 欧勝馬 鳴戸
前頭 朝白龍 高砂
前頭 千代翔馬 九重
前頭 寿之富士 伊勢ヶ濱
十両 出羽ノ龍 出羽海
十両 旭海雄 大島
十両 玉鷲 片男波
十両 阿武剋 阿武松
十両 玉正鳳 片男波
幕下 旭富士 伊勢ヶ濱
幕下 天昇山 玉ノ井
幕下 北天海 尾上
幕下 風の湖 押尾川
幕下 豪聖山 武隈
幕下 龍葉山 時津風
幕下 天狼星 錣山
幕下 和歌ノ富士 春日野
幕下 佐田ノ輝 境川
三段目 白月狼 朝日山
序ノ口 城勝雄 湊川
序ノ口 北勝 八角

参考:日本相撲協会

段ごとに分けると、幕内6人、十両5人、幕下9人、三段目1人、序ノ口2人です。

前相撲から入る新弟子は、次の場所で初めて番付に四股名が載ります。そのため、九月場所に初土俵を踏んだ新弟子は、この23人には含まれていません。

そして、部屋の欄にも注目してほしい名前があります。十両・旭海雄関が所属する大島部屋は、1992年に最初のモンゴル出身力士6人を受け入れた部屋です。

横綱と大関にいるモンゴル出身力士

表の一番上にいるのが、横綱・豊昇龍関と大関・霧島関です。優勝回数は、令和8年九月場所終了時点の数字です。

  • 横綱 豊昇龍|立浪部屋。第74代横綱で、在位は令和7年3月から。幕内優勝2回
  • 大関 霧島|音羽山部屋。大関在位は令和5年7月〜令和6年5月と、令和8年5月から。幕内優勝3回

参考:日本相撲協会

霧島関の大関在位が二つに分かれているのは、一度大関から陥落し、その後もう一度大関へ戻ったためです。

その霧島関の師匠が、第71代横綱・鶴竜の音羽山親方です。モンゴル出身の元横綱が、モンゴル出身の大関を育てています。

十一月場所から十両に上がる旭富士

幕下の9人の中には、伊勢ヶ濱部屋の旭富士がいます。九月場所の番付では幕下でしたが、2026年9月30日の番付編成会議で、十一月場所からの新十両昇進が決まりました。

参考:日本相撲協会

元横綱の旭富士とは、別の力士です。伊勢ヶ濱部屋の師匠は第73代横綱・照ノ富士の伊勢ヶ濱親方で、横綱だった師匠のもとから、新たな関取が誕生することになります。

その旭富士(オチルサイハン)については、十両昇進までの歩みを別の記事で追っています。

四つに組んで相手を引きつける旭富士(オチルサイハン)のイラスト
旭富士(オチルサイハン)の経歴・四股名の由来は?研修生だった理由を元力士が解説旭富士(オチルサイハン)は、伊勢ヶ濱部屋で4年半を研修生として過ごしてから初土俵を踏んだモンゴル出身の力士です。番付に名前が載らなかった理由、元横綱の四股名を継いだ経緯、序ノ口から新十両までの成績と番付推移を元力士が解説します。...

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モンゴル出身の横綱は6人

現役力士の次は、歴代の横綱を見てみましょう。第68代横綱・朝青龍以降に誕生した横綱は8人で、そのうち6人がモンゴル出身です(2026年10月時点)。

6人の在位と優勝回数

6人の横綱在位と幕内優勝回数を、代の順に並べました。優勝回数は、令和8年九月場所終了時点の数字です。

※スマートフォンでは、表を横にスクロールできます

代 四股名 出身 横綱在位 幕内優勝
第68代 朝青龍 ウランバートル 平成15年3月〜平成22年1月 25回
第69代 白鵬 ウランバートル 平成19年7月〜令和3年9月 45回
第70代 日馬富士 ゴビアルタイ 平成24年11月〜平成29年11月 9回
第71代 鶴竜 スフバートル 平成26年5月〜令和3年3月 6回
第73代 照ノ富士 ウランバートル 令和3年9月〜令和7年1月 10回
第74代 豊昇龍 ウランバートル 令和7年3月〜(現役) 2回

参考:日本相撲協会

在位期間で目を引くのは、白鵬の長さです。平成19年7月から令和3年9月まで、14年にわたって横綱を務めました。

その間に朝青龍が引退し、日馬富士と鶴竜が横綱へ昇進して、さらに二人とも土俵を去っています。

モンゴル出身で初めて優勝し、横綱になった朝青龍

モンゴル出身力士として、初めて幕内優勝を果たしたのが朝青龍です。2002年九州場所で、大関として初優勝しました。

翌2003年3月には横綱へ昇進し、モンゴル出身力士として初めて綱を締めています。さらに2005年には、1年に6つある本場所すべてで優勝し、史上初の年間全場所制覇を達成しました。

参考:nippon.com/『全部わかる大相撲ガイド』

花道の人だかりの向こうに見たあの力士が、こうして綱を締めることになりました。

白鵬の45回から、照ノ富士・豊昇龍へ

朝青龍が横綱として土俵に立っていたころ、そのあとに続くモンゴル出身力士も育っていました。

2006年春場所では、優勝が朝青龍、殊勲賞と技能賞が白鵬、技能賞が安馬、敢闘賞が旭鷲山。優勝と三賞を、モンゴル出身の4人が占めています。安馬は、のちの日馬富士です。

参考:nippon.com

その中から横綱へ上がった白鵬は、幕内優勝を45回まで積み上げました。6人のモンゴル出身横綱の優勝回数を合計すると97回で、そのうち45回を白鵬一人が占めています。

白鵬の在位が終わった令和3年9月からは、照ノ富士が横綱として土俵に立ち、令和7年1月に引退しました。その同じ年の3月に横綱へ昇進したのが、現役の豊昇龍です。朝青龍から数えて、モンゴル出身として6人目の横綱になりました。

AIモンゴル横綱くん
AIモンゴル横綱くん

オレが綱を張っていたころ、後ろからは白鵬が来て、日馬富士も鶴竜も育っていた。追われる側に回ってからが、本当の綱の重さだったぞ。

豊昇龍関の綱には、オレたち5人の分の重さも乗っているんだよ。次にどう強くなるか、土俵で見せてみろ。

大関からどのような成績を残せば横綱に推挙されるのか。その昇進条件については、別の記事で詳しく書いています。

横綱の人形の画像
横綱昇進の条件は?元力士が本場所の成績や品格について徹底解説!相撲の最高位である横綱になるには、厳しい条件が課せられています。成績だけでなく、品格や責任感といった特別な審査基準が求められるのです。本記事では、横綱昇進に必要な成績基準や品格要件、さらに横綱審議委員会の役割などをエピソードを交え詳しく解説...

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横綱以外で活躍したモンゴル出身力士

モンゴル出身力士の活躍は、横綱の6人だけではありません。大関、関脇、小結まで上がった力士もいて、1992年に最初に来日した6人の中からも、三役力士が2人出ています。

最高位が大関の霧島

朝青龍から豊昇龍までの6人は、全員が大関を経て横綱へ上がっています。一方、横綱には上がらず、大関を最高位としているモンゴル出身力士が、現役の霧島関です。

一度は大関から陥落しましたが、その地位へ戻り、令和8年九月場所でも大関として番付に載っています。

モンゴル初の関取・旭鷲山

旭鷲山は、1992年に大島部屋へ入門した最初の6人の一人です。モンゴル出身力士として初めて関取になり、初めて幕内へ上がり、初めて三役にも昇進しました。新三役は平成9年3月で、最高位は小結です。

多彩な技を使うことから、「技のデパート・モンゴル支店」と呼ばれました。2006年春場所で敢闘賞を受け、同じ年の11月に引退しています。

参考:日本相撲協会/nippon.com

37歳8か月で初優勝した旭天鵬

旭天鵬も、1992年に来日した6人の一人で、最高位は関脇です。2012年夏場所に、前頭7枚目で幕内優勝を果たしました。

37歳8か月での初優勝は、当時の史上最年長記録でした。

その後も40歳まで現役を続け、平成27年7月に引退しました。日本国籍を取得していて、引退後は協会に残り、大島親方を務めています(2026年10月時点)。

参考:nippon.com/日本相撲協会

三役まで上がったモンゴル出身力士

旭鷲山と旭天鵬を含め、最高位が関脇または小結のモンゴル出身力士は6人います。

※スマートフォンでは、表を横にスクロールできます

四股名 最高位 備考
旭鷲山 小結 新三役は平成9年3月。平成18年11月に引退
旭天鵬 関脇 幕内優勝1回。平成27年7月に引退。2026年10月時点で大島親方
朝赤龍 関脇 平成29年5月に引退。2026年10月時点で高砂親方
時天空 小結 平成28年9月に引退
逸ノ城 関脇 幕内優勝1回。令和5年5月に引退
玉鷲 関脇 幕内優勝2回。現役

参考:日本相撲協会

この6人のうち、玉鷲関はいまも現役です。令和8年九月場所の番付では東十両三枚目で、41歳になっても土俵へ上がり続けています(2026年10月時点)。

また、表を見ると、横綱や大関に上がらなくても幕内優勝を果たした力士がいます。旭天鵬、逸ノ城、玉鷲の3人です。

管理人の後輩 元力士 まさる
管理人の後輩 元力士 まさる

41歳で本場所の土俵に上がり続けるって、元力士から見てもすごいよ。

若いころでも、場所が続けば膝も腰も重くなる。それを何年も繰り返して、まだ関取として相撲を取っているんだから、体の管理まで含めて強さなんだと思う。

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最初のモンゴル力士は1992年の6人

ここまで紹介してきた現役力士や歴代横綱の流れをたどると、1992年の春に行き着きます。日本の大相撲へ、モンゴルから最初に来た6人です。

大島部屋の公募と6人

1992年2月、大島部屋の師匠だった当時の大島親方(元大関・旭国)は、ウランバートルで力士を一般公募しました。条件は18歳以下です。

150人を超える応募者の中から、トーナメントを経て選ばれたのが、旭鷲山、旭天鵬、旭天山(当時は旭嵐山)、旭鷹、旭雪山、旭獅子の6人でした。6人は同じ年の春場所で新弟子検査を受け、大島部屋の力士として大相撲の世界に入りました。

半年後の集団脱走と、残った3人

ところが、入門から半年後の1992年8月、6人のうち旭天山を除く5人が部屋を飛び出し、渋谷のモンゴル大使館へ駆け込みました。そこから先の道は、一人ずつ分かれています。

  • 旭鷲山|部屋へ戻る
  • 旭鷹|部屋へ戻るが、翌1993年9月に廃業
  • 旭天鵬|モンゴルへ帰国。大島親方がモンゴルまで説得に行き、部屋へ戻る
  • 旭獅子・旭雪山|モンゴルへ帰国し、戻らなかった
  • 旭天山|脱走には加わらず、部屋に残る

参考:nippon.com

最終的に、6人の中で大島部屋に残ったのは、旭鷲山、旭天鵬、旭天山の3人です。のちにモンゴル出身初の関取となる旭鷲山も、37歳8か月で初優勝する旭天鵬も、一度は部屋を飛び出した力士です。

入門の自粛から、再開まで

この集団脱走のあと、日本相撲協会は外国人力士の新規入門を自粛することを決めました。入門が再び認められたのは、1998年九州場所です。

その4年後の2002年九州場所に、朝青龍がモンゴル出身力士として初めて幕内優勝し、その後もモンゴルからの入門は続きました。2023年春場所には、幕内40人のうち8人をモンゴル出身力士が占めています。

参考:nippon.com

外国出身力士を受け入れる人数の決まりや、帰化しても枠が空かない仕組み、親方になるための国籍の条件については、外国人力士の記事で詳しく書いています。

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相撲観戦大好き さくら
相撲観戦大好き さくら

横綱を何人も生んだ歴史だけを見ていたので、順調に広がってきたんだと思っていました。最初の6人のうち5人が、半年で部屋を飛び出していたんですね。

私だったら、そこから部屋に戻る勇気のほうが出なかったと思います。

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引退したモンゴル力士のその後

番付から名前が消えたあとも、力士の道は続きます。引退したモンゴル出身力士の中には、親方として日本相撲協会に残った人もいれば、モンゴルへ戻った人、別の仕事へ進んだ人もいます。

親方として協会に残った5人

2026年10月時点で、モンゴル出身の親方は5人います。年寄名と現役時代の四股名、いまの立場を並べました。

※スマートフォンでは、表を横にスクロールできます

年寄名 元の四股名 最高位 いまの立場
大島 旭天鵬 関脇 大島部屋の師匠(十両・旭海雄)
高砂 朝赤龍 関脇 高砂部屋の師匠(前頭・朝白龍)
音羽山 鶴竜 第71代横綱 音羽山部屋の師匠(大関・霧島)
伊勢ヶ濱 照ノ富士 第73代横綱 2025年6月に伊勢ヶ濱部屋を継承
出来山 翔天狼 前頭二枚目 藤島部屋付きの親方

参考:日本相撲協会

大島親方の年寄名は、大島から友綱へ変わり、その後また大島へ戻っています。なお、第69代横綱・白鵬は、2025年に日本相撲協会を退職しました。

モンゴルに帰った旭鷲山

モンゴル出身で初めて関取になった旭鷲山は、平成18年11月の引退後、モンゴルへ帰国しました。その後は実業家として活動し、一時は国会議員も務めています。

参考:nippon.com

最初の6人の中でも、日本に残って親方になった旭天鵬とは、引退後の道が分かれました。

直近で引退した力士

第73代横綱・照ノ富士は、令和7年一月場所で引退しました。同じ年の6月に伊勢ヶ濱部屋を継承し、十一月場所から十両へ上がる旭富士も、その弟子の一人です。

2026年には、追手風部屋の大翔鵬が2月に31歳で引退を発表しました。

参考:デイリースポーツ

断髪式は同じ年の10月4日、32歳のときに両国国技館で行われています。約130人が鋏を入れ、大関・霧島関もその一人でした。最後に止め鋏を入れたのは、師匠の追手風親方(元幕内・大翔山)です。

大翔鵬は、断髪式の時点で、モンゴルの雑貨などを販売する仕事に就いていました。その席で、こうあいさつしています。

「将来は追手風部屋のタニマチになれたら」

参考:時事通信

管理人の後輩 元力士 まさる
管理人の後輩 元力士 まさる

「タニマチになれたら」って言葉は、元力士として聞くと重いなぁ。

現役を終えたら、部屋との縁まで終わるわけじゃない。今度は自分が、世話になった部屋を外から支える側に回る。そういう残り方もあるんだな。

親方として協会に残るには、年寄名跡を取得する必要があります。その仕組みについては、別の記事で詳しく書いています。

誰もいない相撲部屋の稽古場の土俵と、上がり座敷に置かれた帳面と筆
年寄名跡はどう受け継がれる?年寄株の値段と条件を元力士が解説年寄名跡(年寄株)はどう受け継がれるのか。退職する親方が推薦し、審査を経て理事会が決めます。かつては借金の担保にもなりましたが、2013年に金銭の授受が禁じられました。襲名の条件、名跡の数、一代年寄まで、公式資料をもとに元力士が解説します。...

モンゴル力士に関するよくある質問

モンゴル出身の力士についての疑問に、短く答えます。

Q1. モンゴル出身の力士は何人いる?

A. 令和8年九月場所の番付では23人です。内訳は、幕内6人、十両5人、幕下9人、三段目1人、序ノ口2人です。

Q2. 最初のモンゴル出身力士は誰?

A. 1992年春場所の新弟子検査を受けた、大島部屋の6人です。旭鷲山、旭天鵬、旭天山(当時は旭嵐山)、旭鷹、旭雪山、旭獅子で、このうち旭鷲山がモンゴル出身で初めて関取になりました。

Q3. モンゴル出身の横綱は何人?

A. 6人です。第68代朝青龍、第69代白鵬、第70代日馬富士、第71代鶴竜、第73代照ノ富士、第74代豊昇龍で、豊昇龍関は令和8年九月場所の番付でも現役の横綱です。

Q4. モンゴル出身の親方は誰?

A. 2026年10月時点で5人です。大島親方(元関脇・旭天鵬)、高砂親方(元関脇・朝赤龍)、音羽山親方(元横綱・鶴竜)、伊勢ヶ濱親方(元横綱・照ノ富士)、出来山親方(元前頭・翔天狼)がいます。

Q5. なぜモンゴル出身の力士が多いの?

A. モンゴルでは弓、馬、相撲が「男の3つの競技」と呼ばれ、多くの男性がモンゴル相撲を経験しています。そのうえで、日本の大相撲で成功することが「ジャパニーズドリーム」として認識されるようになったことも、入門が続いた背景にあります。

参考:nippon.com

まとめ

番付表に並ぶモンゴル出身の23人には、綱を張る豊昇龍関もいれば、序ノ口から番付を上がろうとしている力士もいます。九月場所に幕下にいた旭富士が十一月場所から十両に上がるように、その並びは場所ごとに入れ替わっていきます。

花道で朝青龍を見たあの日、僕には、その先がまったく見えていませんでした。だからこそ、いまは番付表の下の段に並ぶ名前が気になります。

次に番付表を開いたら、下のほうの段からモンゴル出身の力士を一人選んで、その星を追いかけてみてください。番付の一行だった四股名が、少しずつ一人の力士として見えてきます。

AIモンゴル横綱くん
AIモンゴル横綱くん

オレも入ったばかりのころは、番付の下のほうにいた一人だったぞ。そのころのオレが綱を張るなんて、番付表を見ただけじゃ誰にも分からなかったんだよ。

だから、下の段の一番は面白いんじゃねぇか。

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