外国人力士一覧|歴代の横綱・大関と現役幕内を国別に元力士が解説
僕が入門して五年目くらいのころ、ヨーロッパから来た後輩が部屋に入ってきました。言葉も習慣も分からないまま、最初のやり取りは身振り手振りだけでした。
それが片言になり、数か月もすると日常会話なら困らないところまで来ていました。
その後輩が最初に越えたのは、番付ではなく言葉の壁でした。一覧に並ぶ四股名にも、同じような時間があったのかもしれません。
こんにちは!元力士のしんざぶろうです。
外国人力士とは、出身地が日本以外の国で、日本の相撲部屋に入門した力士のことです。日本相撲協会は「外国出身力士」と呼んでいて、令和8年九月場所の番付には31人の名前があります。
何人いて、どの国から来ているのか。横綱や大関まで上がったのは誰なのか。なぜ1部屋に1人までと決められているのか。
この記事では、外国人力士の一覧を現役と歴代に分けて並べ、国別の顔ぶれと人数の制限、親方になる条件まで解説します。
外国出身の力士って、横綱や大関のイメージが強いけど、序ノ口や序二段にもいるんだよ。
一覧で並べてみると、国の数の多さにも驚くと思うなぁ。
現役の外国人力士一覧
外国出身の力士は、横綱から序ノ口まで、番付の上から下まで散らばっています。
その中から、外国出身の横綱と大関が顔を合わせた一番を紹介します。令和8年三月場所の千秋楽、横綱豊昇龍関(モンゴル)と大関安青錦関(ウクライナ)が顔を合わせました。
映っているのは、この場所の千秋楽の一番です。この場所の優勝は関脇の霧島関(モンゴル)で、12勝3敗でした。
見るときは、二人がどんな間合いで立ち、どこで勝負が動くかに注目してみてください。
横綱と大関の一番って、見ているだけで緊張しますね!
モンゴル出身とウクライナ出身の二人が千秋楽で向き合うなんて、一覧を見る前からわくわくしてきました。
外国出身の力士は全部で31人
以下の表は、令和8年九月場所の番付に載っている力士です。前相撲から入る新弟子は、次の場所の番付から四股名が載るので、その場所に初土俵を踏んだ新弟子は入っていません。
※スマートフォンでは、表を横にスクロールできます
| 四股名 | 部屋 | 出身国 |
|---|---|---|
| 豊昇龍 | 立浪 | モンゴル |
| 霧島 | 音羽山 | モンゴル |
| 安青錦 | 安治川 | ウクライナ |
| 狼雅 | 二子山 | ロシア |
| 欧勝馬 | 鳴戸 | モンゴル |
| 獅司 | 雷 | ウクライナ |
| 金峰山 | 木瀬 | カザフスタン |
| 朝白龍 | 高砂 | モンゴル |
| 千代翔馬 | 九重 | モンゴル |
| 寿之富士 | 伊勢ヶ濱 | モンゴル |
| 出羽ノ龍 | 出羽海 | モンゴル |
| 旭海雄 | 大島 | モンゴル |
| 大青山 | 荒汐 | 中国 |
| 玉鷲 | 片男波 | モンゴル |
| 阿武剋 | 阿武松 | モンゴル |
| 玉正鳳 | 片男波 | モンゴル |
| 旭富士 | 伊勢ヶ濱 | モンゴル |
| 天昇山 | 玉ノ井 | モンゴル |
| 北天海 | 尾上 | モンゴル |
| 風の湖 | 押尾川 | モンゴル |
| 豪聖山 | 武隈 | モンゴル |
| 龍葉山 | 時津風 | モンゴル |
| 天狼星 | 錣山 | モンゴル |
| 和歌ノ富士 | 春日野 | モンゴル |
| 佐田ノ輝 | 境川 | モンゴル |
| 白月狼 | 朝日山 | モンゴル |
| 光武蔵 | 武蔵川 | 米国 |
| 冨蘭志壽 | 式秀 | フィリピン |
| 城勝雄 | 湊川 | モンゴル |
| 栄誠 | 湊 | 英国 |
| 北勝 | 八角 | モンゴル |
段ごとに分けると、幕内10人、十両6人、幕下9人、三段目1人、序二段2人、序ノ口3人です。出身国は8か国で、モンゴルが23人、ウクライナが2人、ロシア・カザフスタン・中国・米国・フィリピン・英国が1人ずつです。
幕内の外国出身力士
同じ番付のうち、幕内の10人を番付順に並べ直しました。
※スマートフォンでは、表を横にスクロールできます
| 番付 | 四股名 | 部屋 | 出身国 |
|---|---|---|---|
| 横綱 | 豊昇龍 | 立浪 | モンゴル |
| 大関 | 霧島 | 音羽山 | モンゴル |
| 大関 | 安青錦 | 安治川 | ウクライナ |
| 前頭五枚目 | 狼雅 | 二子山 | ロシア |
| 前頭五枚目 | 欧勝馬 | 鳴戸 | モンゴル |
| 前頭九枚目 | 獅司 | 雷 | ウクライナ |
| 前頭十枚目 | 金峰山 | 木瀬 | カザフスタン |
| 前頭十二枚目 | 朝白龍 | 高砂 | モンゴル |
| 前頭十四枚目 | 千代翔馬 | 九重 | モンゴル |
| 前頭十六枚目 | 寿之富士 | 伊勢ヶ濱 | モンゴル |
10人の出身は、モンゴルが6人、ウクライナが2人、ロシアとカザフスタンが1人ずつです。
横綱・大関5人のうち3人が外国出身
上の2つの表で目を引くのが、横綱と大関の顔ぶれです。令和8年九月場所の番付では、横綱2人のうち1人、大関3人のうち2人が外国出身の力士です。
横綱は大の里と豊昇龍、大関は霧島・琴櫻・安青錦という並びで、日本出身は大の里と琴櫻の2人になります。
幕内の中ほどにも、二子山部屋の狼雅関(ロシア)や雷部屋の獅司関(ウクライナ)がいます。
また、九月場所では幕下筆頭だった伊勢ヶ濱部屋の旭富士(モンゴル)が、2026年9月30日の番付編成会議で十一月場所からの新十両に決まりました。
このうち獅司については、ウクライナ出身の力士として、出身や経歴を別の記事で書いています。
新十両に決まった旭富士(オチルサイハン)についても、別の記事で追っています。
横綱・大関まで上がった歴代の外国人力士
現役の31人に続いて、歴代の顔ぶれです。外国出身の力士で横綱まで上がったのは8人、最高位が大関の力士は6人います。
外国出身の横綱
横綱の在位と幕内優勝回数を並べました。優勝回数は令和8年九月場所終了時点の数字です。
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| 代 | 四股名 | 出身 | 横綱在位 | 幕内優勝 |
|---|---|---|---|---|
| 第64代 | 曙 | 米国ハワイ・オアフ島 | 平成5年3月〜平成13年1月 | 11回 |
| 第67代 | 武蔵丸 | 米国ハワイ・オアフ島 | 平成11年7月〜平成15年11月 | 12回 |
| 第68代 | 朝青龍 | モンゴル・ウランバートル | 平成15年3月〜平成22年1月 | 25回 |
| 第69代 | 白鵬 | モンゴル・ウランバートル | 平成19年7月〜令和3年9月 | 45回 |
| 第70代 | 日馬富士 | モンゴル・ゴビアルタイ | 平成24年11月〜平成29年11月 | 9回 |
| 第71代 | 鶴竜 | モンゴル・スフバートル | 平成26年5月〜令和3年3月 | 6回 |
| 第73代 | 照ノ富士 | モンゴル・ウランバートル | 令和3年9月〜令和7年1月 | 10回 |
| 第74代 | 豊昇龍 | モンゴル・ウランバートル | 令和7年3月〜(現役) | 2回 |
8人のうち、ハワイ出身が2人、モンゴル出身が6人です。第64代の曙から第74代の豊昇龍までの11人の横綱のうち、8人を外国出身の力士が占めています。
最高位が大関の外国出身力士
続いて、最高位が大関の力士です。照ノ富士や豊昇龍のように、大関を経て横綱になった力士は上の表に入っています。
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| 四股名 | 出身 | 大関在位 | 幕内優勝 |
|---|---|---|---|
| 小錦 | 米国ハワイ・オアフ島 | 昭和62年7月場所〜平成5年11月場所 | 3回 |
| 琴欧洲 | ブルガリア | 平成18年1月場所〜平成25年11月場所 | 1回 |
| 把瑠都 | エストニア | 平成22年5月場所〜平成24年11月場所 | 1回 |
| 栃ノ心 | ジョージア | 平成30年7月場所〜平成31年3月場所/令和元年7月〜9月場所 | 1回 |
| 霧島(現役) | モンゴル・ドルノドゥ | 令和5年7月場所〜令和6年5月場所/令和8年5月場所〜 | 3回 |
| 安青錦(現役) | ウクライナ | 令和8年1月場所〜5月場所/令和8年9月場所〜 | 3回 |
6人のうちモンゴル出身は霧島だけで、残る5人はハワイとヨーロッパの出身です。モンゴル出身が6人並ぶ横綱の表とは、出身の分かれ方が違います。
栃ノ心・霧島・安青錦の3人は、一度大関から下がって、もう一度大関に戻っています。在位が2つに分かれているのは、そのためです。
道を開いたハワイ出身の力士たち
ハワイより前に、記録に残る最初の外国出身力士がいます。米国ロサンゼルス生まれの日系二世、平賀将司です。昭和9年(1934年)に来日して春日野親方(栃木山)に入門し、昭和13年に序二段23枚目まで進んで廃業しました。
戦後に流れを作ったのが、ハワイ出身の高見山です。1964年、ハワイ巡業中にスカウトされて入門し、戦後初の外国出身力士になりました。
高見山は1967年三月場所で十両に昇進して、初の外国人関取になります。翌1968年1月に新入幕を果たし、1972年7月16日、名古屋場所で外国出身の力士として初めて幕内優勝を飾りました。東前頭4枚目で13勝2敗。表彰式では米大統領ニクソンの祝電が読み上げられています。
高見山の最高位は関脇です。そのあとを追ったのが、同じハワイ出身の小錦、曙、武蔵丸でした。小錦が大関に上がり、1990年代には曙と武蔵丸が相前後して横綱に昇進しています。
参考:『相撲大事典』/nippon.com/『全部わかる大相撲ガイド』/日本経済新聞
高見山が優勝した1972年は、オレが土俵に上がるずっと前の話だな。
けどな、言葉も分からない国で最初に関取になった男がいたから、あとから来たオレたちの道があったんだよ。
優勝の回数は表に残る。道を開いた苦しさは、表には載らない。
それを分かったうえで、もう一度あの表を見てみろ。
国別に見る外国人力士
歴代の表を国で見直すと、ハワイからモンゴルへ中心が移り、そこにヨーロッパの大関が加わってきた流れが分かります。
モンゴル
令和8年九月場所の番付では、外国出身の31人のうち23人がモンゴル出身です。横綱も、朝青龍から豊昇龍まで6人を出しています。
2005年には朝青龍が史上初の年間全場所制覇を果たし、白鵬は幕内優勝45回を積み上げました。
ヨーロッパ
ヨーロッパからは、ブルガリアの琴欧洲、エストニアの把瑠都、ジョージアの栃ノ心が大関に上がっています。3人とも幕内優勝が1回ずつあります。
令和8年九月場所の番付では、ロシア出身の狼雅、ウクライナ出身の獅司と安青錦が幕内にいます。安青錦は令和8年1月場所から5月場所まで大関を務め、7月場所を挟んで9月場所から大関に戻っています。
その復帰までの経緯は、別の記事で場所ごとに追っています。
アメリカ(ハワイ)・カザフスタンほか
ハワイ出身では、高見山・小錦・曙・武蔵丸などが知られています。この4人では、曙と武蔵丸が横綱、小錦が最高位大関、高見山が最高位関脇まで上がりました。令和8年九月場所の番付では、米国出身は武蔵川部屋の光武蔵(序二段)の1人です。
カザフスタンからは木瀬部屋の金峰山関が幕内にいます。十両には中国出身の大青山、序二段にフィリピン出身の冨蘭志壽、序ノ口に英国出身の栄誠と、モンゴル以外のアジアの国や、ヨーロッパの別の国からも入門しています。
協会に登録された外国出身力士の出身国には、このほかに韓国、ブラジル、ハンガリー、エジプトなどもあります。
参考:日本相撲協会(番付表)/『全部わかる大相撲ガイド』/『相撲大事典』
へぇ〜、モンゴルのほかにも、英国やフィリピンから入門している力士がいるんだ。
でも、これだけいろんな国から来ていても、1つの部屋に何人も集まるわけじゃない。
そこには、ちゃんと決まりがあるんだよ。
外国人力士の採用は原則1部屋1人。人数の制限と親方になる条件
31人という人数には、日本相撲協会の決まりが関わっています。外国出身の力士を受け入れる人数に、上限があるからです。
「外国出身力士枠」は1部屋1人
外国出身力士の採用は、原則として1つの部屋に1人までとされています。1部屋1人という形になるまでには、段階がありました。
※スマートフォンでは、表を横にスクロールできます
| 時期 | 決まりの中身 |
|---|---|
| かつて | 1部屋2人以内。相撲界全体で40人以内 |
| 2002年 | 全体の40人枠を外し、1部屋1人に |
| 2010年2月 | 「外国人力士枠」を「外国出身力士枠」に改め、帰化した力士も含めて1部屋1人に |
主な例外として、次のケースがあります。
- この決まりができる前から、その部屋に所属している場合
- 部屋の合併などで、外国出身の力士が複数になった場合
帰化しても枠は空かない
2010年2月の変更で、枠の名前が「外国人」から「外国出身」に変わりました。日本国籍を取った力士も、出身で数えるという意味です。
つまり、部屋の外国出身力士が帰化しても、その部屋に新しく外国出身の新弟子を迎えられるわけではありません。帰化したあとも、その力士が在籍している間は外国出身力士として数えられるので、枠は空きません。
親方になるには日本国籍が必要
引退後に親方(年寄)として協会に残るには年寄名跡を取得するなどの条件があり、日本国籍もその条件の一つです。白鵬は2019年に日本国籍を取得し、鶴竜・照ノ富士・逸ノ城も相次いで取得しました。
実際に部屋を預かっている元横綱もいます。令和8年九月場所の時点で、大関霧島の師匠は元横綱鶴竜の音羽山親方です。伊勢ヶ濱部屋は2025年6月に、元横綱照ノ富士の伊勢ヶ濱親方が継ぎました。
参考:nippon.com(2015年2月)/日本経済新聞(2010年2月)/『全部わかる大相撲ガイド』/nippon.com(2021年11月)/日本経済新聞(2019年9月)
親方になるために取得する年寄名跡そのものについては、別の記事で仕組みを書いています。
1部屋に1人までという決まりがあるのは、知りませんでした。
採用は原則1部屋1人なんですね。
でも例外もあるから、一覧に同じ部屋が2回出てきても不思議じゃないわけですね。
元鶴竜の音羽山親方のように、師匠になって部屋を預かる人がいるのを知って、うれしくなりました。
外国出身の力士が部屋でなじむまで
人数の決まりは協会が引きますが、部屋に入ってからの壁は力士本人が越えます。外国出身の力士がつまずきやすい場面は、大きく3つあります。
- 大部屋の共同生活|個人の空間が限られる大部屋の暮らしに、なじむ努力が要る
- 食生活の違い|それまでと違う食生活や味付けに慣れる
- 日本語|覚えるだけでなく、早く覚えることを求められる
参考:『全部わかる大相撲ガイド』
大部屋の共同生活と食事
新弟子の暮らしは、大部屋での共同生活です。日本で育った新弟子にとっても他人と同じ部屋で暮らすのは壁ですが、外国から来た力士はそこに言葉の壁が重なります。
食事も同じです。相撲部屋では、力士が作る食事をまとめて「ちゃんこ」と呼び、鍋料理に限りません。部屋の献立や味付けに、一から慣れていくことになります。
日本語は「早く覚える」ことまで求められる
求められるのは、日本語が分かることではなく、早く分かるようになることです。稽古場の指示も、兄弟子との会話も日本語で進みます。
冒頭に書いた僕の後輩が数か月で日常会話まで来ていたのも、この「早く」を求められる環境の中でのことでした。
外国出身の力士が部屋でどう過ごしてきたのかは、ロシア出身の狼雅を紹介した記事でも書いています。
稽古場の指示って、一度で聞き取れないと動きが遅れるんだよ。
それを母国語じゃない言葉で受け止めるんだから、早く覚えようと必死になるのも分かる気がするなぁ。
外国人力士に関するよくある質問
外国人力士について、気になりやすい疑問をまとめました。
Q1. 外国人力士は何人いる?
A. 令和8年九月場所の番付では31人です。段ごとの内訳は、幕内10人、十両6人、幕下9人、三段目1人、序二段2人、序ノ口3人になります。
Q2. 初めての外国人力士は誰?
A. 昭和9年(1934年)に入門した、米国ロサンゼルス生まれの平賀将司です。
高見山は、戦後初の外国出身力士で、初の外国人関取、初の幕内優勝という3つの「初」を持っています。
Q3. 外国人力士はなぜ日本語がうまいの?
A. 理由の一つは、入門した部屋で日本語を早く覚えることを求められるからです。
大部屋での共同生活では、稽古の指示も食事の会話も日本語で進みます。毎日その中で暮らすことが、そのまま日本語を覚える時間になります。覚える速さには、人によって差があります。
Q4. 帰化したら外国人力士ではなくなる?
A. 人数の枠の上では、外国出身の力士のままです。
2010年2月に協会が枠の名前を「外国人力士枠」から「外国出身力士枠」に変え、帰化した力士も含めて1部屋1人と数えるようになりました。
Q5. 外国人力士の日とは?
A. 1972年7月16日、高見山が名古屋場所で13勝2敗の成績を収め、外国出身の力士として初めて幕内優勝した日です。この日付が「外国人力士の日」として扱われています。
まとめ
外国人力士は、令和8年九月場所の番付で31人、そのうち10人が幕内にいます。横綱2人のうち1人、大関3人のうち2人が外国出身という顔ぶれです。
歴代では、ハワイ出身の高見山が1972年に初優勝して道を開き、小錦・曙・武蔵丸が続きました。そこからモンゴル出身の横綱が6人、ヨーロッパ出身の大関が4人と、出身の中心はハワイからモンゴルへ移っています。
外国出身力士の採用は原則1部屋1人までで、帰化しても在籍している間は枠が空きません。親方として部屋に残るには日本国籍が要りますが、元鶴竜の音羽山親方や元照ノ富士の伊勢ヶ濱親方のように、その道を歩いている人もいます。
一覧の出身国の欄を見るときは、その力士にも言葉を一から覚えた時間があったのかもしれないと、少し思い浮かべてみてください。
国の名前は、土俵に上がったら関係ないんだよ。
言葉が分からなくても、飯が合わなくても、朝になれば稽古場に立つ。それをやり切った奴が、あの表に名前を残したんだぞ。
オレもそうやって横綱まで上がった。
表に並んだ名前を、ただの名前として見るんじゃねぇぞ!
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- 1952年創刊、日本相撲協会の機関誌
- 本場所前に展望号、本場所後に総決算号が刊行。場所ごとの流れを追える
- 4,000誌・15,000冊以上が読み放題。バックナンバーも対象
- 無料期間のあとは自動更新(Webからの申し込みは月額597円・税込、アプリからは月額710円・税込)。電子版は一部の記事・写真と別冊付録が非掲載


















