相撲の手刀は「心」じゃない?意味とやり方を元力士が解説
入門する前、学校で友達とふざけて相撲を取っていました。
勝つと、見よう見まねで手刀を3回切る。
懸賞金を受け取る力士の真似です。手刀は心と書くんだ。そういう話があって、僕もその通りにしていました。
ところが、中継を見ていると明らかに違います。心なら4回のはずなのに、切っているのは3回。字の形にもなっていないし、手の動きも速い。数えれば分かる食い違いに、子どもながら疑問を持っていました。
それでも、相撲界に入ってからは一度もしていません。ふざけてでも、あれはやってはいけないものだ。そう何となく感じていました。顔じゃない(分不相応だ、という意味)って怒られそうで。
こんにちは!元力士のしんざぶろうです。
手刀は、「心」という字を書いているわけではありません。勝った力士が、行司の差し出す軍配に向かって手を振る、あの数秒の所作です。
では、誰に向けて、何のために切っているのか。どうして左・右・中の順番なのか。懸賞がかからない取組では、どうしているのか。
この記事では、手刀の意味と切り方を、僕自身が相撲教習所で習った所作も交えながら解説します。
うむ。勝った力士が軍配の前で手を振る、あの数秒。字を書いておるように見えるが、さにあらず。
手が向いておる先を知れば、土俵の見え方が変わるぞ。
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相撲の手刀とは?何をしている所作なのか
手刀(てがたな)は、勝った力士が土俵の上で見せる礼の所作です。懸賞金を受け取るときに切る左・右・中の3回は、五穀を守る三柱の神に感謝する礼儀とされています。
勝ったことを誇る動作でも、観客への挨拶でもありません。手が向いている先は、目に見えない相手です。
『相撲大事典』は、手刀を切る作法をこう説明しています。
力士が勝ち名乗りを受けるときの作法の一つ。懸賞のかかった取組に勝った力士が、行司が軍配に載せて差し出す懸賞を受け取るとき、五本の指を一直線に伸ばした片方の手を軍配の前で左右に振る作法を「手刀を切る」という
この説明は、懸賞の場面からは始まっていません。まず勝ち名乗りを受けるときの作法と置かれ、そのあとに懸賞金を受け取る場面が続きます。
参考:日本相撲協会「大相撲クイズNo.820」/『相撲大事典』第4版、金指基 原著、現代書館
手刀の形は、指をそろえてまっすぐ伸ばす
手刀という呼び名は、手の形から来ています。指をぴたりとそろえてまっすぐ伸ばした手が、刃物の刃のように見えるからです。
- 五本の指を一直線に伸ばす
- 指の間をぴったりつけて、前に突き出す
- その手を、軍配の前で左右に振る
握らない、開かない、曲げない。空手の突きのように当てるわけでもなく、何もない空間を切ります。
読み方は「てがたな」
相撲の手刀は「てがたな」と読みます。「しゅとう」と読まれることもある字ですが、土俵の作法としては「てがたな」です。
「手刀を切る」という言い方までが一続きの用語なので、切るという動詞まで覚えてしまうと迷いません。
勝った力士が手を振っているようにしか見えていませんでした。あれ、神様へのお礼だったんですね。
読み方も「しゅとう」だと思っていたので、私は二重に間違えていたことになります。
手刀は「心」と書いているのか
手刀は、「心」という字を書いているわけではありません。切っているのは字ではなく、三柱の神へ向けた礼です。
僕が子どものころに聞いていたのは「心」でした。ほかに「心・技・体の充実を表す作法」という説明もあります。どちらも違います。
中継を見ていて最初に引っかかったのは、回数でした。心は4画。けれど、土俵で切られているのは3回です。軌跡も字にはなっていませんし、動きも速い。
とはいえ、画数が合わないことだけでは答えになりません。手刀が「心」ではないと言えるのは、左・右・中の3回について、それぞれ手を向けられている相手が決まっているからです。
僕も心って聞いていたなぁ。3回動かすところだけ覚えて、意味までは考えたことがなかった。
字を書いているわけじゃないなら、あの速さでも通るんだと思う。
左・右・中の順番と、三柱の神
手刀は、軍配に向かって左・右・中の順に切ります。この3回が、それぞれ別の神に向けられています。
※スマートフォンでは、表を横にスクロールできます
| 順番 | 方向 | 向ける神 |
|---|---|---|
| 1回目 | 左 | 神産巣日神(かみむすびのかみ) |
| 2回目 | 右 | 高御産巣日神(たかみむすびのかみ) |
| 3回目 | 中 | 天御中主神(あまのみなかぬしのかみ) |
3回の手刀に、三柱の神。1回ずつ、向ける相手が決まっています。
どの方向へ、どの順に手を向けるのか。そこまでが作法に含まれている、ということになります。
参考:『相撲大事典』第4版、金指基 原著、現代書館/日本相撲協会「大相撲クイズNo.820」
三柱をまとめて呼ぶ「造化三神」
左・右・中の三柱は、まとめて造化三神(ぞうかさんしん)と呼ばれます。手刀の場面では、五穀を守る三神として、力士が感謝を向ける相手になっています。
五穀は、米や麦といった主要な作物のことです。つまり手刀が向いているのは、五穀を守るとされる神々です。その礼が、土俵を降りる前のわずかな数秒に置かれています。
うむ。勝った者が手を向ける先は、敗れた相手でもなく、見物の衆でもない。実りを守る三柱の神である。
土俵に上がる者の体を作るのは、田畑から出たものよ。ゆえにこそ、向きを違えて三度の礼を返すのだ。
規則になったのは昭和41年七月場所から
懸賞金を受け取るときに手刀を切ることは、昭和41年(1966)七月場所から、正式に相撲の規則として実施されています。
つまり懸賞金を受け取るときの左・右・中は、力士それぞれの心がけや、部屋ごとの流儀ではありません。規則として定められた所作です。
参考:『相撲大事典』第4版、金指基 原著、現代書館
懸賞金を受け取るときの手刀(3回)
懸賞がかかった取組では、勝った力士が蹲踞したまま勝ち名乗りを受け、行司が軍配に載せて差し出す懸賞金を受け取ります。そのとき、手刀を切ってから受け取ります。
軍配に向かって左、右、中。3回で終わります。ほんの数秒で、見逃しやすい場面です。
一方、不戦勝の場合は懸賞が取り下げられます。相手が休んで白星がついた日には、この場面そのものが起きません。
参考:『相撲大事典』第4版、金指基 原著、現代書館
では、そのほんの数秒は、土俵でどう見えるのか。
令和8年九月場所13日目、大関・霧島が横綱・大の里を下手投げで破った一番です。勝負が決まったあと、霧島が蹲踞して名前を呼ばれ、行司が軍配の上に載せて差し出す封筒へ手を伸ばす場面が続きます。手が動く回数を、左・右・中と数えながら見てみてください。
封筒を受け取るところしか見ていませんでした。順番まで決まっているとは知らなかったです。
不戦勝だと懸賞そのものが取り下げられるというのも初めて知りました。手刀は、取組があってはじめて見られる所作なんですね。
なお、懸賞金の金額や、力士の手元にいくら残るのかは、こちらの記事で解説しています。
元力士から見た手刀|懸賞がなくても切っていた
僕が相撲教習所で習ったのは、左・右・中の3回ではなく、右手で1回だけ切る手刀のほうでした。
勝った力士は、取組が終わると土俵の上で蹲踞(そんきょ)します。つま先立ちで両膝を開き、上体を立てたまま腰を深く下ろす姿勢で、蹲踞の礼とも呼ばれます。
その姿勢のまま、行司に名前を呼び上げられるのを待ちます。懸賞があってもなくても、ここは同じです。勝てば番付に関係なく、勝ち名乗りは受けるからです。
参考:『相撲大事典』第4版、金指基 原著、現代書館
懸賞旗も封筒も出てこない取組で、力士が何をしているのか。それも中継に残っています。
令和8年九月場所13日目の幕下上位五番です。勝負が決まったあと、勝った力士が腰を落としたまま名前を呼ばれ、そのあとで土俵を降りていきます。降りる直前の右手の動きに注目してみてください。
教習所で習ったのは、右手で1回
ここからは、現役のころの僕の話です。
取組が終わると、まずお互いに礼をします。負けた方は土俵を降り、勝った力士は蹲踞して勝ち名乗りを受けます。
そこで名前を呼び上げられたら、蹲踞の状態のまま、右手を斜め右下、右の膝の内側あたりに向かって空を切る。手刀を1回です。それで土俵を降ります。
この所作は、僕が相撲教習所で習ったものです。左・右・中の3回は習っていません。懸賞がかかる取組に出る番付ではなかったので、教わる場面もなかったのだと思います。
一方、3回の手刀については、僕には見た側の記憶しかありません。付け人だったころの持ち場は花道ではなく支度部屋で、関取が戻ってきたら締め込み(十両以上の力士が本場所で締めるまわし)を外し、風呂上がりの足をふいていました。それでも横綱対決だけは我慢できず、何度か花道から見に行っています。
だから手刀を見たと言えば見ましたが、すごく遠くからです。
遠くからでも見えただけいいなぁ。支度部屋にいると、土俵のことは歓声で分かるくらいなんだよね。
自分が切るほうの手刀は、正直あんまり意識していなかった。勝ったあとは息が上がっていて、手が勝手に動く感じだったなぁ。
でも最初に形を教わっているから、体のほうが覚えているんじゃないかな。
ちなみに、付け人がどんな仕事をしているのかは、こちらの記事で書いています。
力士以外も手刀を切っている
人の前を横切るとき、手を立てて軽く前へ出す。あの動きも手刀と呼ばれます。
形は同じです。違うのは、向けている相手です。土俵の手刀が向くのは神で、日常のそれは目の前の人になります。前を通らせてもらうことへの断りとして、手を立てて見せているわけです。
■土俵の下でも、この手刀は見られます
審判を務めているのは親方衆です。上下関係の厳しい世界ですから、その前を通るときは必ず手を立てます。
「失礼します」
そう声に出しながら進みます。
- 土俵に上がるとき
- 取組を待つ控え力士が、土俵の下の奥側に座るとき
- 土俵入りのとき
どれも審判の前を通る場面なので、力士はみんなやっています。とくに土俵入りは、大勢の力士が次々に通るのでよく分かります。中継で探すなら、ここからです。
相撲の手刀に関するよくある質問
最後に、手刀について寄せられやすい疑問をまとめておきます。
Q1. 手刀は右手ですか、左手でもいいですか
A. 右手です。僕が相撲教習所で習った勝ち名乗りの手刀も右手でしたし、左手で切る力士を見たことはありません。ただし作法として書き残されているのは、五本の指を一直線に伸ばした片方の手を軍配の前で左右に振る、という形までです。
Q2. 「てがたな」と「しゅとう」、読み方はどちらですか
A. 相撲では「てがたな」です。「手刀を切る」という言い方までが一続きの用語になっています。
Q3. 懸賞がかかっていない取組でも手刀を切りますか
A. 勝てば番付に関係なく勝ち名乗りは受けるので、そこに所作があります。僕が教習所で習ったのは、蹲踞のまま右手を斜め右下、右の膝の内側あたりへ向けて1回切る形でした。左・右・中の3回は、懸賞金を受け取るときの作法です。
Q4. 力士は手刀の切り方をどこで習うのですか
A. 僕は相撲教習所で習いました。ただし教わったのは勝ち名乗りの1回のほうで、懸賞金を受け取る3回は入っていません。懸賞がかかる取組に出る番付ではなかったからです。
Q5. 手刀は「心」という字を書いているのですか
A. いいえ、違います。手刀は、五穀を守る三柱の神に感謝する礼儀です。軍配に向かって左・右・中の順に切り、左が神産巣日神、右が高御産巣日神、中が天御中主神に当たります。
Q6. 人の前を横切るときの手刀と、相撲の手刀は同じものですか
A. 手の形は同じですが、向けている相手が違います。日常の手刀は前を通らせてもらう人への断りで、土俵の手刀は神へ向けた礼です。
まとめ
手刀は、「心」という字を書いている所作ではありません。軍配に向かって左・右・中と切り、五穀を守る三柱の神に感謝を返す礼です。懸賞金を受け取るときにこれを切ることは、昭和41年七月場所から規則として定められています。
そして、懸賞がかからない取組でも、勝った力士は手刀を切っています。回数は1回です。僕が教習所で習ったのは、蹲踞したまま右手を斜め右下へ動かす、その1回のほうでした。意味も知らないまま、形だけを覚えていたことになります。
次に中継を見るときは、勝負が決まったところで画面から目を離さず、あと数秒だけ土俵に残ってみてください。封筒を受け取る手も、何も持たない手も、勝った力士が最後に見せる礼です。
うむ。手刀は、勝ちを誇るための所作にあらず。実りを守る神へ返す礼である。
封筒があろうとなかろうと、勝った者は勝ち名乗りの礼をして土俵を降りる。
そなたも次に土俵を見るとき、勝ち名乗りのあとの数秒から目を離さぬことだ。そこまでが一番なのだ。

















