なぜ相撲界を「角界」と呼ぶ?好角家の意味と角力の由来を元力士が解説
現役のころ、相撲中継や相撲を扱う番組に、やくみつるさんやデーモン閣下が出演していたのを覚えています。二人は「好角家」と紹介されていました。
「好角家って、なんだろう」
意味を教わったわけではありません。それでも、番組の流れから「相撲が好きな人のことだろう」と、なんとなく想像していました。
相撲の世界で暮らしていた僕も、「好角家」という言葉は部屋の中ではなく、テレビの向こうから聞いて覚えたのです。
こんにちは!元力士のしんざぶろうです。
角界(かくかい)は相撲界のこと。好角家(こうかくか)は、相撲を愛好する人のことです。
どちらも相撲を表す言葉ですが、よく見ると「相撲」という二文字は入っていません。代わりに使われているのが、「角」という一字です。
では、なぜ「角」が相撲を意味するのでしょうか。
この記事では、角界・好角家の意味と読み方、「角」の字の由来、そして「昔の土俵が四角かったから」という説が本当なのかを解説します。
毎日のように中継で耳にする「角界」なのに、どうして「角」なのか考えたこともありませんでした。
土俵が四角だったという話も、本当なのか気になります!
角界・好角家・角通の意味と読み方
まずは、「角」が付く相撲の言葉を整理しておきます。角界・好角家・角通は、いずれも「角」の一字で相撲を表した言葉です。
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| 語 | 読み | 意味 |
|---|---|---|
| 角界 | かくかい(かっかいとも) | 相撲の社会を一般の人々が言い習わした呼び名。いわゆる相撲界 |
| 好角家 | こうかくか | 相撲を愛好する人 |
| 角通 | かくつう | 相撲の知識や情報に詳しい人。相撲通ともいう |
参考:『相撲大事典』第4版(金指基 原著、現代書館)「角界」「好角家」「角通」
「角界」は「かくかい」と読みますが、「かっかい」と読むこともあります。
相撲の社会を一般の人々が言い習わした呼び名で、日本相撲協会の正式名称のような言葉ではありません。「相撲界」を表す一般的な呼び方です。
政界・球界と同じ作りの言葉
「〜界」は、その分野や世界全体を表すときによく使われます。政治の世界なら「政界」。野球の世界なら「球界」です。
相撲では、この一字が「角」になります。「角界」は、「政界」「球界」と同じように、一字でその世界を表した言葉です。
角通も同じです。「相撲通」の「相撲」を「角」に置き換えて、「角通」と呼んでいます。
では、なぜ相撲を「角」の一字で表せるのでしょうか。その答えにつながるのが、相撲の古い表記「角力」です。
私は「かっかい」と耳で聞くことが多かったので、初めて「角界」という字を見たときは、「どうして角なんだろう?」と思いました。
政界や球界と同じ作りだと分かると、今度は相撲を「角」の一字で表す理由が気になりますね。
「角」は角力(かくりき)の角
角界・好角家・角通に使われる「角」は、相撲の古い表記である「角力(かくりき)」に由来します。「相撲」という表記が一般的になったあとも、「角」を使う言葉は残りました。
参考:『相撲大事典』第4版(金指基 原著、現代書館)「角力」p.62
「すもう」という言葉が先にあり漢字はあとから当てられた
ここで大切なのは、「相撲」という漢字から「すもう」という言葉が生まれたわけではないことです。「すもう」という日本語が先にあり、あとから漢字が当てられました。
もとは「争う」という意味につながる大和言葉の「すまい」で、旧かな遣いでは「すまひ」「すまふ」と表されます。万葉仮名では、「須埋」「須末比」「須末布」などの表記がありました。
そこへ漢字が伝わり、力くらべを表す次のような文字が「すもう」に当てられました。
- 相撲
- 角力
- 角觝
- 争力
先に日本語の「すもう」があり、それを漢字でどう書くかという中で、複数の表記が使われたわけです。
参考:『相撲大事典』第4版(金指基 原著、現代書館)「相撲」p.168/大相撲クイズNo.706
日本相撲協会も、この漢字の違いを公式Xのクイズで取り上げています。
<今日の #大相撲クイズ 🎩 >
2023年12月15日(金)Q「すもう」を漢字で書くと「相撲」「角力」「角觝」などいくつもあるのはなぜでしょうか?
1.当て字だったから
2.地方の方言によって違う字を使ってたから
3.元々違う競技だったから正解はコチラをCHECK✅https://t.co/nqGmN4mww1#sumo #相撲 pic.twitter.com/kOlCPt7DvH
— 日本相撲協会公式 (@sumokyokai) December 14, 2023
正解は「1. 当て字だったから」です。「相撲」「角力」「角觝」は別々の競技名ではなく、日本語の「すもう」を書き表すために使われてきた文字だったということです。
角力は奈良時代に中国から伝わった言葉
「角力」は、奈良時代に中国から伝わった言葉です。古代中国では、力をくらべる格闘技を表す言葉として使われ、日本では「角力」という文字を「すもう」に当てて読むようになりました。
古代中国には、角力のほかにも、拍張(はくちょう)・手搏(しゅばく)・相撲(そうぼく)など、力くらべに関係する言葉がありました。それらをまとめて呼ぶ言葉として、「角觝(かくてい)」もあります。
角觝の文字も、奈良時代に「相撲」「角力」と前後して日本へ伝わりました。また、後漢末期(2〜3世紀)の墳墓からは、二人の人物が向き合う「角觝図」が見つかっています。
つまり、力くらべの文化そのものは、「角力」という文字が日本へ伝わるより、さらに古くから存在していたことになります。
参考:『相撲大事典』第4版(金指基 原著、現代書館)「角觝」「角力」p.62
明治・大正には「角力」も使われ昭和以降は「相撲」へ
複数の表記のうち、日本で長く使われてきたのが「相撲」です。「相撲」の文字は、720年に完成した『日本書紀』にも使われています。奈良時代から平安時代に行われた相撲節(すまいのせち)でも、「相撲」の表記が用いられました。
一方、「角力」は明治から大正時代によく使われた表記です。「角觝」は明治時代中期まで、「角力」は大正末期まで使われ、昭和以降は「相撲」に統一されていきました。
参考:『相撲大事典』第4版「相撲」p.168・「角力」p.62/協会「大相撲クイズNo.706」(2023年12月)
しかし、「角力」という表記そのものがあまり使われなくなっても、「角」の一字は別の言葉に残りました。それが、次の3つです。
- 角界
- 好角家
- 角通
現在「角界」「好角家」と言うときの「角」には、昔使われていた「角力」の名残が残っているわけです。
参考:『相撲大事典』第4版「角力」p.62/日本相撲協会「大相撲クイズNo.968」(2024年9月)
「角力」という字が日本へ渡ってきたのは、拙者の時代よりもはるか昔のことよ。
今は「相撲」と書くのが当たり前でも、「角界」や「好角家」には昔の文字が残っているのである。普段使っている言葉の中に古い呼び名が生きているとは、まこと面白きものぞ。
相撲という競技そのものが、古事記や日本書紀の時代から現在までどのように変わってきたのかは、歴史年表の記事でまとめています。
「土俵が四角だったから」は本当?よく聞く説を確認
角界の「角」の由来について、
「昔の土俵が四角かったからでは?」
という説明を耳にすることがあります。
しかし、『相撲大事典』の「角力」の項目や日本相撲協会の解説では、「角力」の由来と土俵の形は結びつけられていません。説明されているのは、角力という文字が奈良時代に中国から伝わり、日本の「すもう」という言葉に当てられたという経緯です。
土俵の「角俵」と角力の由来
もちろん、現在の土俵にも「角」という字を使うものがあります。土俵の外側は四角い形になっており、その四辺に7俵ずつ、合計28俵が埋め込まれています。これを「角俵(かくだわら)」と呼びます。
ただし、『相撲大事典』では、角力という言葉の由来を角俵や土俵の形と結びつけてはいません。
参考:『相撲大事典』第4版(金指基 原著、現代書館)「角俵」
よく聞く説明と、事典・協会の説明を並べると次のようになります。
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| よく聞く説 | 事典・協会の説明 |
|---|---|
| 土俵が四角だったから「角」の字を使う | 角力は奈良時代に中国から伝わった言葉として説明されており、土俵の形は由来として挙げられていない |
| 江戸時代に庶民向けの当て字として「角力」が作られた | 「角力」の文字自体は奈良時代に中国から伝わっており、日本ではその字を「すもう」に当てて使った |
参考:『相撲大事典』第4版「角力」「角觝」p.62/日本相撲協会「大相撲クイズNo.706」(2023年12月)
「当て字だった」という部分は、日本相撲協会の説明とも一致しています。ただし、「角力」という字そのものを江戸時代に日本で新しく作ったという話ではありません。
中国から伝わっていた「角力」という文字を、日本にあった「すもう」という言葉に当てて使ったという順番です。
「角力」の字は奈良時代には日本に伝わっていたのかぁ。「土俵が四角いから角」という話より、ずっと前までさかのぼるんだね。
先に「すもう」という言葉があって、あとから「角力」という字を当てたと考えると、だいぶ分かりやすいよ。
元力士は「角界」「好角家」を使っていたのか
ここまで言葉の由来を説明してきましたが、僕自身が相撲部屋で暮らしていたころはどうだったのか。僕のいた部屋では、「角界」や「好角家」という言葉を日常的に使っていた記憶はありません。
部屋の中で、
「角界では……」
「この人は好角家で……」
といった言い方を聞くことは、僕の記憶ではありませんでした。
僕がこの言葉を耳にしたのは、相撲中継やテレビ番組です。相撲の世界の中で暮らしていたのに、「角界」や「好角家」は外から聞いて覚えた言葉でした。
『相撲大事典』では、「角界」を相撲の社会に対して一般の人々が言い習わした呼び名と説明しています。僕の経験でも、部屋の内側で使う言葉というより、外から相撲界を表すときに耳にした言葉でした。
好角家は相撲を愛好する人のこと
では、「好角家」とは、どんな人を指すのでしょうか。意味は、そのまま「相撲を愛好する人」です。
参考:『相撲大事典』第4版(金指基 原著、現代書館)「好角家」
何か特別な資格や肩書が必要な言葉ではありません。有名人や評論家だけを指す言葉でもなく、相撲を愛好する人を表します。
「好角家」って、テレビで紹介されるくらい相撲に詳しい人だけを呼ぶのかと思っていました。
相撲が好きな人を表す言葉なら、私も好角家って言っていいんですね♪
現役時代の僕がテレビで「好角家」と紹介されているのを覚えている、やくみつるさんとデーモン閣下については、相撲を支える人たちを扱った別の記事でも紹介しています。
角界・好角家に関するよくある質問
最後に、角界や好角家について分かりにくいところをまとめます。
Q1. 角界の読み方は「かくかい」と「かっかい」のどっち?
A. どちらの読み方もあります。『相撲大事典』の見出しは「かくかい」で、「かっかい」とも読むとされています。
参考:『相撲大事典』第4版(金指基 原著、現代書館)「角界」
Q2. 角番の「角」も角力から来ているの?
A. 角界の「角」とは由来が違います。角番は、囲碁や将棋の七番勝負などで、負ければ勝負全体の敗北が決まる一局を「角番」と呼ぶことに由来します。
大相撲では、一度負け越した大関が、次の場所で負け越すと大関から陥落する状態を指す通称として使われています。
参考:『相撲大事典』第4版(現代書館)「角番」/協会「大相撲クイズNo.602」(2023年9月)
角番になった大関の陥落や復帰については、こちらの記事で詳しく解説しています。
Q3. 好角家とスー女の違いは?
A. 好角家は、性別に関係なく相撲を愛好する人を指します。一方の「スー女」は、相撲が好きな女性ファンを指す呼び名です。
「スー女」という言葉がどのように広まったのかは、別の記事で書いています。
Q4. 好角家として知られる有名人は?
A. 僕自身の記憶に残っているのは、テレビ番組などで好角家として紹介されていた、やくみつるさんとデーモン閣下です。二人と相撲との関わりについては、本文で紹介した別の記事でも触れています。
まとめ
現役のころ、テレビでやくみつるさんやデーモン閣下が「好角家」と紹介されるのを聞き、
「好角家ってなんだろう」
と思っていました。部屋の中では使わなかったその言葉に、千年以上前に海を渡ってきた「角力」の字が残っていたわけです。
相撲の世界の中では使わなかった言葉に、相撲の古い表記が残っている。そこが「角界」「好角家」という言葉の面白いところだと思います。
次に相撲中継で「角界」や「好角家」という言葉を耳にしたら、
「この角は、角力の角だったな」
と思い出してみてください。聞き慣れた相撲の言葉が、少し違って見えるかもしれません。
昔の表記そのものは使われなくなっても、その一字が今の中継で生きておる。
字は移れど、土俵の上の力くらべは同じなのである。
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