※本記事にはプロモーションが含まれています

付け人として国技館にいた日のことです。関取の取組が終われば部屋に帰る、いつもの一日になるはずでした。ところがその日は館内の空気が張っていて、取組をするわけでもない僕が、どこか緊張していたんです。

天覧相撲の緊張は、土俵の上だけのものではありませんでした。

こんにちは!元力士のしんざぶろうです。

天覧相撲(てんらんずもう)とは、天皇陛下が大相撲を観戦される日のことです。観戦の始まる時刻は毎回同じではなく、2026年1月18日は午後5時ごろから幕内後半の取組をご覧になりました。

では、その日の国技館は何がふだんと違うのか。テレビ中継で急に大きな拍手が流れて、気になったことはありませんか。

この記事では、天覧相撲の当日の流れと日程の決まり方、歴史、そして付け人として国技館にいた僕の体験を解説します。

相撲観戦大好き さくら
相撲観戦大好き さくら

天覧相撲の日の中継は、館内の拍手がいつもと違って聞こえるんです。

土俵に上がらない付け人まで緊張していたなんて、その日の国技館の中が気になってきました♪

この記事を書いた人

しんざぶろう

しんざぶろう元力士

16歳で相撲部屋に入門し、23歳で引退(最高位は序二段)。力士として過ごした約7年間の体験をもとに、相撲の世界を解説しています。現在はケアマネージャー。

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天覧相撲は何時から?2026年の初場所で見る当日の流れ

2026年11月の時点で直近の天覧相撲は、2026年1月18日の初場所8日目でした。この日は天皇皇后両陛下と愛子さまが、幕内後半の取組から弓取式(ゆみとりしき)までを観戦されています。2020年の初場所14日目以来、6年ぶりの天覧相撲でした。

取組そのものは、この日もふだんどおり朝から進んでいます。変わるのは取組の時間ではなく、両陛下が来られてからの館内の空気と、いくつかの決まりのほうです。

到着は午後4時半過ぎで貴賓席に着くのは午後5時

到着から着席までを追うと、2026年1月18日の両陛下は午後4時半過ぎに国技館に入り、午後5時に場内アナウンスが流れました。大きな拍手の中で、2階正面の貴賓席(きひんせき)に着かれています。

この午後5時という時刻は、幕内の取組が後半に入るころにあたります。両陛下はそこから結びまでの10番を観戦されました。

もちろん、観客の側にとっての天覧相撲は、入場のもっと前から始まっています。この日は朝から入場口で手荷物検査があり、館内と館外には多くの警察官が配置されていました。

参考:スポーツ報知「6年ぶりに天覧相撲」/中日スポーツ「6年ぶりの天覧相撲開催」(2026年1月18日)

入場のアナウンスが流れると館内は拍手に包まれる

午後5時のアナウンスとともに、館内は大きな拍手に包まれました。貴賓席は国技館の2階正面にあり、土俵を囲む1階の客席からは見上げる位置です。

その貴賓席の後ろの席には八角(はっかく)理事長が座り、観戦の間の説明役を務めています。

相撲観戦大好き さくら
相撲観戦大好き さくら

中継で両陛下が国技館に入られるところが映って、そのあと館内の拍手がずっと続いていたんです。

土俵とは別のところへ向けて、館内から拍手が送られる時間があるんですね。

あの拍手の中で出番を待っている力士は、どんな気持ちなのかな?

御前掛かり土俵入りは土俵入りの前に来られたときに行われる

天覧相撲の日には、幕内土俵入りの形が変わることがあります。御前掛かり(ごぜんがかり)と呼ばれる、天皇陛下や皇太子が観戦されるときの特別な作法の土俵入りです。

ただし、本場所で御前掛かりが行われるのは、天皇陛下や皇太子が幕内土俵入りの前から観戦されるときです。2026年1月18日は幕内後半からの観戦だったので、この日の土俵入りはふだんの形でした。

その御前掛かりの土俵入りは、次の順で進みます。

■御前掛かり土俵入りの進み方

  • 柝(き)が入り、行司の先導で花道に一列に並んで一礼する
  • もう一度柝が入り、1人ずつ土俵に上がる
  • 全員が正面の貴賓席に向かって4列に並ぶ
  • 右足で2回、左足で1回、四股を踏む
  • 蹲踞(そんきょ)すると、下位の力士から1人ずつしこ名を呼ばれ、立ち上がって一礼して土俵を下りる

参考:『相撲大事典』第4版(金指基 原著、現代書館)「御前掛かり土俵入り」p.110

そんな御前掛かりの形は、2025年10月の百周年場所で18年ぶりに行われたときの投稿で見られます。

ふだんの幕内土俵入りは土俵の円に沿って並びますが、御前掛かりでは行司も力士も全員が正面を向いています。並ぶ向きの違いを見てみてください。

御前掛かりの日は結びの触れも変わる

さらに、御前掛かりのあった日は、一日の終わりにも違いが出ます。結びの一番をさばく立行司(たてぎょうじ)は、取組の前にふだんこう述べています。

「番数(ばんかず)も取り進みましたるところ、片や○○、○○、こなた△△、△△、この相撲一番にて本日の打ち止め」

これが「結びの触れ」で、「打ち止め」は、その日の取組がこれで終わるという意味です。この口上は初日から14日目までのもので、千秋楽には「この相撲一番にて千秋楽にござります」と変わります。そして本場所で御前掛かり土俵入りが行われた日は、この「打ち止め」が「結び」に言い換えられます。

参考:『相撲大事典』第4版「結び」「結びの触れ」

その結びの一番のあとに行われるのが弓取式で、2026年1月18日の両陛下は、この弓取式まで見届けてから貴賓席を離れられました。取組がすべて終わったあとには、ご一家と八角理事長、横綱、大関との懇談がありました。八角理事長によると、ご一家は石川県出身の大の里関に能登半島地震を気遣う言葉を掛け、安青錦(あおにしき)関には日本語をどのように学んだのかを尋ねられたそうです。

参考:東京新聞「6年ぶり天覧相撲で2横綱&2大関が全敗」(2026年1月18日)

このように、両陛下が貴賓席にいたのは幕内後半から弓取式までですが、観客にとっては、朝の手荷物検査から一日がまるごと天覧相撲の日になります。

その弓取式が何のための儀式で、誰が務めているのかは、弓取式の記事に書いています。

弓取式を行う力士のイラスト
弓取式を務める力士の手当や待遇とは?給料との違いや選出基準も解説相撲の「弓取式」は、本場所の締めくくりを飾る伝統儀式であり、格式の象徴でもあります。しかし、務める力士の選出基準や待遇、給料(手当)には独自の仕組みが存在します。本記事では、弓取式の歴史や役割、ジンクスの真相まで詳しく解説します。...

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天覧相撲はいつある?日程の決まり方と2027年の見通し

天覧相撲は、毎年決まった日にあるものではありません。それでも、過去の日付を並べると、どの場所のどんな日に行われてきたかは見えてきます。

平成以降はほぼ初場所で初日と中日が中心

2026年11月の時点で、2019年以降の天覧相撲は3回です。3回とも初場所で、2019年と2026年は日曜日、2020年は土曜日でした。

※スマートフォンでは、表を横にスクロールできます

日付 元号 場所 何日目
2019年1月20日(日) 平成31年 初場所 8日目(中日〈なかび〉)
2020年1月25日(土) 令和2年 初場所 14日目
2026年1月18日(日) 令和8年 初場所 8日目(中日)

このうち2019年1月20日は平成最後の天覧相撲で、2020年1月25日が令和で初めての天覧相撲でした。2回続いたあと、次の2026年まで6年が空いています。

さかのぼると、昭和天皇は本場所で40回、平成の天覧相撲は23回を数えます。昭和は1955年から1987年までの33年間で40回ですから、年に1回以上のペースでした。

その平成の23回を並べると、20回が1月場所で、日取りは初日が11回、8日目の中日が9回、13日目が2回、14日目が1回です。昭和のころは5月場所の8日目が目立ちますが、平成に入ってからは、年の初めの初場所に来られる形が定着しました。

参考:『相撲大事典』第4版 巻末「天覧相撲一覧」p.382-383

協会が宮内庁に声を掛けて決まる

では、その日程はどう決まるのでしょうか。日本相撲協会が宮内庁に観戦の声掛けをして、両陛下の日程と合えば天覧相撲になります。

協会は基本的に毎年、この声掛けをしています。とはいえ、宮内庁側の日程や国内の情勢によって、毎年の行幸啓(ぎょうこうけい)が叶うわけではありません。行幸啓とは、天皇皇后両陛下がそろって外出されることをいいます。

参考:文藝春秋「大波乱の天覧相撲でみせた天皇ご一家の気遣い」(2026年3月号)

2027年の初場所は1月10日が初日で中日は17日

2027年の初場所は、2027年1月10日(日)に初日を迎え、中日の8日目が1月17日(日)、千秋楽が1月24日(日)です。その前の番付発表は2026年12月21日(月)、入場券の前売りは2026年12月5日(土)に始まります。

参考:日本相撲協会「本場所日程」(2026年11月1日閲覧)

このうち中日の17日は、2019年と2026年の天覧相撲と同じく、日曜日の中日にあたります。ただし、暦の並びが同じでも、2027年の日取りが決まるわけではありません。

天覧相撲の日取りは、日本相撲協会の発表で分かります。2026年は、初日2日前の1月9日に、18日の8日目を天皇陛下が観戦されると協会が発表しました。

参考:共同通信「初場所8日目に天覧相撲」(2026年1月9日)

2027年の初場所に天覧相撲があるかどうかは、2026年11月1日の時点ではまだ発表されていません。発表が出たら、この記事に追記します。

管理人の後輩 元力士 まさる
管理人の後輩 元力士 まさる

へぇ〜、協会のほうから宮内庁に声を掛けてるんだ。

毎年来るものだと思っていたけど、6年空くこともあるんだなぁ。

次の初場所は、僕も協会の発表を気にしながら待ってみるよ。

その初場所がどんな場所で、年末の番付発表から千秋楽までがどう進むかは、初場所の記事にまとめています。

初場所が開催されている場面のイラスト
大相撲初場所2026!日程・番付・チケット情報・見どころを大特集【一月場所】2026年の大相撲初場所をより楽しむために、開催日程やチケット情報、注目の若手力士などの見どころを元力士の視点でわかりやすくまとめました。観戦前に押さえておきたいポイントがひと目でわかり、2026年初場所の魅力をより深く味わえる内容です。...

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天覧相撲の歴史は将軍の上覧相撲から国技館の貴賓席まで

天皇が相撲をご覧になる天覧相撲とは別に、武家の時代には、将軍や大名が相撲を見る上覧相撲(じょうらんずもう)がありました。どちらも、高貴な人の前で取る「御前相撲(ごぜんずもう)」の一つです。

将軍や大名が見た上覧相撲

記録に残る最初の上覧相撲は、文治(ぶんじ)5年(1189年)、鎌倉の源頼朝によるものです。

江戸時代に入ると、寛政3年(1791年)6月に11代将軍の徳川家斉(いえなり)が江戸城吹上(ふきあげ)で上覧相撲を行い、寛政6年(1794年)5月にも同じ吹上で行われました。

家斉の上覧はこの2回で終わりません。享和(きょうわ)2年(1802年)11月の浜御殿(はまごてん)、文政6年(1823年)4月と文政13年(1830年)3月の吹上と、生涯に5回の上覧相撲を開いています。12代の家慶(いえよし)も、天保14年(1843年)と嘉永(かえい)2年(1849年)に、吹上で相撲を見ました。

参考:『相撲大事典』第4版(金指基 原著、現代書館)「上覧相撲」p.152-153・略史年表

AI雷電くん
AI雷電くん

拙者の頃、相撲をご覧になるのは公方様(くぼうさま)であった。寛政の吹上に呼ばれることは、江戸の相撲取りにとって一生の誉れであったぞ。

今は天皇陛下が、国技館の2階から土俵をご覧になる。

されど、御前で四股を踏む者の背筋が伸びるのは、拙者の頃も今も同じである。

明治17年の延遼館での天覧相撲

明治天皇が初めて相撲をご覧になったのは、1868年4月、大阪の坐摩神社(いかすりじんじゃ)で行われた京都相撲でした。

それから16年後の明治17年(1884年)3月10日、浜離宮の延遼館(えんりょうかん)で天覧相撲が行われました。浜離宮は、家斉が享和2年に上覧相撲を開いた浜御殿と同じ場所です。将軍が相撲を見た同じ庭で、今度は天皇が相撲をご覧になりました。

この日の様子は、錦絵「御浜延遼館於テ天覧相撲之図」に描かれて残っています。

参考:『相撲大事典』第4版「天覧相撲」p.226/東京都歴史文化財団「御浜延遼館於テ天覧相撲之図」

昭和に入ると、天覧相撲が土俵の形を変える出来事もありました。昭和6年(1931年)4月の天覧相撲を機に、同年5月場所から、俵を二重に並べていた土俵が一重に改められ、直径は13尺から15尺に広がりました。屋根も神明造(しんめいづくり)に変わっています。戦前には、番付の「蒙御免(ごめんこうむる)」の位置に「賜天覧(てんらんをたまわる)」と書いた天覧相撲の番付も作られています。

本場所での観戦は1955年の夏場所から

本場所の土俵を昭和天皇が国民と一緒に観戦するようになったのは、1955年(昭和30年)の夏場所からです。この年から1987年までの本場所での天覧は、40回を数えました。

国技館の敷地には、このときの御製(ぎょせい)を刻んだ歌碑が建っています。

「ひさしくも みざりしすまひ ひとびとと 手をたたきつつ 見るがたのしさ」

久しく見ることのなかった相撲を、人々と手をたたきながら見るのは楽しい、という歌です。

その1955年当時、東京の本場所は蔵前国技館で開かれていて、昭和天皇が初めて本場所をご覧になったのも蔵前の土俵でした。その蔵前国技館がどんな建物だったかは、別の記事で詳しく書いています。

蔵前国技館を再現したイラスト
蔵前国技館とは?戦後に建設された背景と閉館・跡地の現在まで大特集!蔵前国技館は、戦後の混乱期に旧両国国技館に代わって建設され、大相撲の昭和黄金期を支えました。では蔵前国技館はなぜ誕生し、約30年で閉館したのでしょうか。本記事では建設の背景や閉館理由、跡地の現在の姿まで紹介し、両国国技館との違いなども解説しています。...

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元力士が知っている天覧相撲の日

ここからは、天覧相撲を客席から見た話ではなく、現役のころの僕の話です。僕がいたのは、両陛下がご覧になる土俵ではなく、部屋と支度部屋のほうでした。それでも、天覧相撲の日の国技館の空気は知っています。

部屋で聞いた話と支度部屋で感じた空気

僕が覚えている天覧相撲は、部屋で聞いた話と、付け人として国技館にいた日の空気の2つです。

元力士が知る天覧相撲の日

僕の取組は午前のうちに終わっていたので、天覧相撲の日も、両陛下が国技館に来られるころには、もう部屋に戻っていたんです。だから僕にとって天覧相撲は見るものではなく、「今日は警備がすごかった」という話を、部屋に戻ってきた関取や付け人から聞いて知るものでした。

ただ、付け人を務めていたころ、天覧相撲の日に国技館にいたことがあります。持ち場は支度部屋で、幕内土俵入りから戻ってきた関取の化粧廻しを外し、締め込みを着けて、取組に送り出すのが仕事でした。

その日の国技館は、ふだんと様子が違いました。警備の態勢が物々しく、会場全体がざわついている感じがあったんです。緊張感もいつもより増していて、取組をするわけでもない僕まで、どこか緊張していました。

土俵の上の力士にも天覧相撲の空気はある

支度部屋の僕でさえそうだったのですから、土俵に上がる力士は、その空気をもっと近くで浴びています。2019年1月20日は平成最後の天覧相撲で、両陛下の入場と退場のどちらでも館内が総立ちになり、大きな拍手が送られました。

この日の中継で解説を務めた当時の陸奥(みちのく)親方(元大関・霧島)は、現役時代に天覧相撲で14連勝した経験を、こう振り返っています。

「7連勝くらいしてから、自分が力を貸してもらっている感じがして。『今日は勝てるな』と。独特の雰囲気なんですよね」

参考:ABEMA TIMES「“平成最後の天覧相撲”に館内大喝采」(2019年1月)

一方で、その空気が重くのしかかる日もあります。2026年1月18日は、横綱の大の里と豊昇龍(ほうしょうりゅう)関、大関の琴桜(ことざくら)関と安青錦の4人がそろって敗れました。結びの一番で大の里を押し出したのは、伯乃富士(はくのふじ)関です。

八角理事長は、この日の横綱・大関の相撲をこう話しています。

「立ち合いが悪かったよね。最後に勝たなきゃっていうので、肩に力が入っちゃう」

参考:デイリースポーツ「愛子さまから『土俵が狭く感じる』と」(2026年1月18日)

管理人の後輩 元力士 まさる
管理人の後輩 元力士 まさる

勝たなきゃって思った日ほど、立ち合いで足が前に出ないことがあるんだよ。

僕も見られていると思うと、腰が浮いて一歩目が遅れたことがあったなぁ。

横綱でも肩に力が入る日があると聞くと、あの土俵の重さが分かる気がするよ。

なお、付け人が本場所の一日に何をしていて、支度部屋で何を任されるのかは、付け人の記事に書きました。

稽古場でタオルを持つ付け人と、背中が砂で汚れた関取
相撲の付け人の仕事は?給料・人数・決め方まで元力士が解説相撲の付け人は、十両以上の関取の身のまわりを世話する幕下以下の力士です。何人つくのか、誰がどうやって決まるのか、給料は出るのか。関取の付け人を務めた元力士が、稽古場と本場所の一日を追いながら解説します。...

愛子さまと天覧相撲

2026年1月18日の天覧相撲には、両陛下とともに愛子さまも同席され、貴賓席には3つの席が用意されていました。愛子さまの大相撲観戦は、2006年に4歳で初めて国技館を訪れてから、この日で4回目です。

そのうち、天覧相撲に同席された2020年と2026年の2回を並べると、次のとおりです。

※スマートフォンでは、表を横にスクロールできます

2020年1月25日 2026年1月18日
場所と日 初場所14日目 初場所8日目(中日)
同行 13年ぶり 6年ぶり
観戦した取組 幕内後半の9番 幕内後半の10番
取組の合間の言葉 「土俵の高さは何センチですか」 「土俵が狭く感じる」

2026年の愛子さまは、2024年3月の学習院大学の卒業式と同じピンクの振袖で観戦され、取組の合間には観戦ガイドの冊子を読み、八角理事長に「土俵が狭く感じる」と話しかけられました。理事長が「立ち合いが大事なんですよ」と答えた直後の結びで、大の里が敗れています。

参考:NEWSポストセブン(2026年1月20日)/同(1月24日)/日本経済新聞(2020年1月25日)

相撲観戦大好き さくら
相撲観戦大好き さくら

『土俵が狭く感じる』って、私も升席から見たときに同じことを思ったんです。

テレビで見るよりずっと小さく見えて、あの上で力士がぶつかっているんだと思うと、見方が変わりました♪

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天覧相撲に関するよくある質問

天覧相撲の時刻や日程、当日の決まりについて、順にお答えします。

Q1. 天覧相撲は何時から始まりますか?

A. 2026年1月18日は、午後4時半過ぎに両陛下が国技館へ到着し、午後5時に貴賓席に着かれました。観戦は幕内後半の取組からです。取組そのものはふだんどおり朝から始まっています。

Q2. 天覧相撲は何日目に多いですか?

A. 2019年以降の3回は、初場所の8日目(中日)が2回、14日目が1回でした。曜日は日曜日が2回、土曜日が1回です。

Q3. 天覧相撲は毎年ありますか?

A. 毎年あるとは限りません。協会は基本的に毎年、宮内庁に声を掛けていますが、宮内庁側の日程や国内の情勢で叶わない年もあります。2020年から2026年までのように、6年空いたこともありました。

Q4. 御前掛かり土俵入りはいつ見られますか?

A. 本場所では、天皇陛下や皇太子が幕内土俵入りの前から観戦される日に行われます。全員が正面の貴賓席を向いて4列に並び、四股を踏んで蹲踞したあと、1人ずつ呼ばれて土俵を下ります。2025年10月の百周年場所では、記念の行事として18年ぶりに披露されました。

Q5. 台覧相撲との違いは何ですか?

A. 天覧相撲は、天皇陛下が観戦される相撲です。一方、大正14年(1925年)4月に赤坂の東宮御所で行われた、摂政宮だった皇太子(のちの昭和天皇)の誕生日を祝う相撲は、台覧相撲(たいらんずもう)と呼ばれています。このときの下賜金をもとに、幕内優勝の力士に贈られる天皇賜盃が作られました。

Q6. 「打ち止め」と「結び」の違いは何ですか?

A. 「結び」はその日の最後の取組のことで、「打ち止め」はその日の取組がこれで終わるという意味です。立行司が結びの一番の前に述べる触れでは、初日から14日目までは「この相撲一番にて本日の打ち止め」、千秋楽は「この相撲一番にて千秋楽にござります」です。そして本場所で御前掛かり土俵入りが行われた日には「打ち止め」が「結び」と言い換えられます。

Q7. 2027年の初場所に天覧相撲はありますか?

A. 2026年11月1日の時点では分かっていません。2026年は初日2日前の1月9日に日本相撲協会が発表しました。2027年の初場所は1月10日が初日、1月24日が千秋楽で、天覧相撲の日が分かり次第、この記事に追記します。

まとめ

天覧相撲の日も、力士が取るのは15日間のうちの一日です。それでも、2026年1月18日に八角理事長が「肩に力が入っちゃう」と話したように、その日の土俵にはふだんと違う重さがかかります。

僕がその空気を知ったのは、客席からでも土俵からでもなく、支度部屋でした。自分の出番があるわけでもないのに緊張していた、あの空気を覚えています。

協会から天覧相撲の発表が出たら、その日の中継で、館内の拍手に耳を澄ませてみてください。

AI雷電くん
AI雷電くん

天覧の日とて、土俵も俵も常の日と同じである。違うのは、そこに立つ者の心なり。

天覧の日の一番は、勝ち負けよりも立ち合いの一歩を見よ。そなたにも、その重みが伝わるはずぞ。

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