垣添玄空(はるく)は雷親方の息子|序ノ口優勝の鮮烈デビューを元力士が解説
僕がいた部屋にも、師匠の息子さんがいました。稽古場に下りてきて、まわしをつけている姿を何度も見ています。
その子は、力士にはなりませんでした。
雷部屋の垣添玄空が進んだのは、その反対の道です。
しかも玄空が本格的に相撲を始めたのは、高校に入ってからでした。中学時代は相撲をしていません。
こんにちは、元力士のしんざぶろうです。
相撲部屋で育った子どもは、そのまま力士になるものだと思っていませんか。
僕が見てきたかぎりでは、そうとも限りません。逆に、本格的に競技をしてこなかった子が、ある日その道を選ぶこともあります。
この記事では垣添玄空について解説します。
土俵に上がってすぐ、7戦全勝で序ノ口優勝を果たした力士です。父も母も相撲で名前の知られた人ですが、本人が土俵にたどり着くまでの道のりは、まっすぐではありませんでした。
高校から相撲を始めたのに、全勝優勝なんてすごいですね!
これからどこまで番付を上げていくのか、今から楽しみです♪
垣添玄空はどんな力士か
垣添玄空(かきぞえ はるく)は、東京都台東区の出身で、雷部屋に所属する力士です。2026年に入門したばかりの、10代の力士です。
父は雷部屋の師匠である雷親方で、母はその部屋のおかみさん。妹も相撲部にいます。相撲を仕事にしてきた家に生まれながら、本人が相撲を始めたのは高校に入ってからでした。
プロフィール
番付は場所ごとに動くので、ここに書いた地位は2026年9月場所時点のものになります。
■垣添玄空のプロフィール
〇2026年9月場所時点
- 四股名:垣添(かきぞえ)
- 本名:垣添 玄空(かきぞえ はるく)
- 生年月日:2007年9月18日
- 出身地:東京都台東区
- 所属部屋:雷部屋
- 身長・体重:180.0センチ/116.0キロ
- 初土俵:2026年5月場所(前相撲)
- 最高位:序二段6枚目
- 番付:東序二段6枚目
- 本場所の成績:7勝0敗(2026年7月場所)
四股名の読み方と、どんな相撲を取るのか
初土俵は2026年5月場所で、番付に四股名が載った最初の場所となる7月場所で、序ノ口優勝を果たしました。番付に載るのは下の名前を除いた「垣添」で、部屋の公式Xでは「垣添ハルク」とカタカナで書かれることもあります。
玄空という名前は、雷親方が現役時代に大関・把瑠都を意識して「ハルク」という響きを希望したことから付きました。
そんな玄空がどんな相撲を取るのかは、序ノ口優勝を決めた一番が分かりやすいと思います。
日本相撲協会公式Xが、その一番の様子を投稿しています。上手を取ってから体を開き、相手を前に落としているところに注目してください。
<十三日目の様子>
序ノ口優勝
優勝は垣添(西序ノ口十六枚目)雷部屋垣添(7勝)
上手出し投げ
朝翔(6勝1敗)#sumo #相撲 #七月場所 #名古屋場所— 日本相撲協会公式 (@sumokyokai) July 24, 2026
180センチで116キロって、序ノ口ではけっこう大きいほうなんだよね。
それに、投げは基本的に「上手が強い」と言われているんだ。決まり手を見ると、今のうちから上手を取って攻める形が身についているのは大きいと思うよ。
父は雷親方、母はおかみさん
玄空の父は雷部屋の師匠で、母はその部屋のおかみさんです。相撲を仕事にしてきた両親のもとで育ちました。
父・雷親方(元小結・垣添)
雷親方は本名を垣添徹といい、1978年8月12日生まれ、大分県宇佐市の出身です。
■雷親方(元小結・垣添)の経歴
- 出身校:宇佐産業科学高等学校〜日本体育大学
- 初土俵:2001年9月場所(幕下15枚目格付出)
- 最高位:小結(2004年3月場所)
- 得意技:突き、押し
- 生涯戦績:388勝430敗15休
- 引退:2012年
日本体育大学で学生横綱になり、幕下15枚目格付出の資格を得て角界に入りました。
2023年2月1日には入間川部屋を継承し、雷部屋として再出発します。玄空が入門したのは、その3年後です。
母・栄美さん
母の栄美さんは、日本大学の相撲部で女子相撲の日本一に輝いた選手です。管理栄養士の資格を持ち、料理研究家としても活動してきました。
玄空に出し投げを教えてきたのも栄美さんでした。入門会見で、玄空はこう話しています。
「環境に恵まれている。本当に自分次第」
妹・星空さん
妹の星空さんも、玄空と同じ埼玉栄高校の相撲部で相撲に取り組んでいます。
参考:日刊スポーツ「雷親方と相撲日本一経験おかみさん長男が入門」(2026年4月19日)/東京新聞「18歳・垣添玄空『花火みたいな力士になりたい』」(2026年4月19日)
お父さんもお母さんも、相撲で日本一を争ってきた人なんですね。
しかも妹さんまで相撲部だなんて、まさに相撲一家ですね♪
父の雷親方が幕下つけ出しから部屋を持つまでに何があったのかは、こちらの記事で詳しく書いています。
なお、母の栄美さんがどんな道のりでおかみさんになったのかは、別の記事で書いています。
本格的に相撲を始めたのは高校から
これだけ相撲に囲まれた家に生まれながら、玄空が相撲に打ち込んできたわけではありませんでした。
小学生のころにわんぱく相撲へ出たことはありますが、中学では相撲をしていません。ゲームに没頭する毎日だったといいます。
流れが変わったのは中学3年の秋でした。栃木で開かれた国民体育大会を視察する父に同行したとき、埼玉栄高校の山田道紀監督から声をかけられます。
そして卒業が迫った3年生の冬、進路に迷った末に本人が決めました。
「相撲しかない」
埼玉栄高校で一から覚えた3年間
進んだのは、相撲部の名門である埼玉栄高校です。本格的に相撲へ取り組み始めたのは、この入学後になります。
入学したときの体重は75キロでした。強豪校で一から技術を覚えるうちに体は大きくなり、3年生の高校総体では団体戦3位に貢献します。同じ年の国民スポーツ大会でも、埼玉県の準優勝を支えました。
始めて2年ほどの時期の相撲は、雷部屋の公式Xが動画つきで紹介しています。蹴返しという足技で勝った一番です。
【サラブレッド垣添ハルクの蹴返し】相撲を初めて2年。全国デビュー戦は団体トーナメントから!練習で1回やっただけで出来るセンスとポテンシャル。… https://t.co/Wu2j30AZFI @YouTubeより
— 雷部屋 (@ikazuchibeya) September 2, 2025
そして高校を卒業した2026年4月19日、実家でもある雷部屋で入門会見が開かれました。このときで身長180センチ、体重115キロ。「気合を入れて全力を出し切りたい。花火みたいな力士になりたい」と、玄空は決意を述べています。
同席した雷親方の言葉も残っています。
「強くて、人間的にも素晴らしい力士になってもらいたい」
参考:デイリースポーツ「垣添玄空 前相撲白星デビュー」(2026年5月13日)/中日新聞「親子として師弟として、名古屋場所から本格化する相撲道物語」(2026年6月25日)
初土俵から序ノ口優勝まで
玄空が初めて土俵に上がったのは2026年5月場所です。ただしこの場所は前相撲で、番付に四股名が載ったのは次の7月場所からでした。
つまり7月場所は、番付に名前が出た最初の場所ということになります。
前相撲は、5歳以来の国技館
5月12日、夏場所3日目。前相撲で玉ノ井部屋の小川と当たり、はたき込みで白星を挙げました。
日本相撲協会公式Xが、この日の前相撲の顔ぶれを伝えています。4組が並ぶうちの3組目が、垣添と小川の一番です。
<三日目の様子>
本日より前相撲が行われています。井畑(境川)ー旭疾風(大島)
鉄富士(伊勢ヶ濱)ー乙名(九重)
垣添(雷)ー小川(玉ノ井)
宇座(尾上)ー遥人(錣山)#sumo #相撲 #五月場所— 日本相撲協会公式 (@sumokyokai) May 12, 2026
土俵下では父の雷親方が勝負審判を務め、母の栄美さんは升席から見ています。国技館の土俵に上がるのは、5歳のときに父の引退相撲で相撲を取って以来のことでした。
「めっちゃ変な感じ。足が震えています」
ただ、内容には満足していません。立ち合いから押し切れず、引いて左に動いての一番でした。本人は「最悪な相撲を取った」と振り返り、「めっちゃ怒られる」と続けています。
雷親方のほうは「面白い相撲を取りますね」と穏やかでした。
番付に名前が載った場所で7戦全勝
7月場所、玄空の地位は西序ノ口16枚目でした。
13日目の7月24日、そこまで無傷で勝ち進んでいた朝翔との一番を上手出し投げで制し、7戦全勝で序ノ口優勝を決めます。
取組のあと、玄空はこう話しました。
「うわ~最高やあ~。緊張感はなかった。やることやってきたので楽しめた。自信はあった。スピードを生かした自分の相撲が取れていたのでよかった。頑張ってきてよかった」
この日の朝、師匠である父からかけられたのは、次の一言だったといいます。
「お前はどこの高校だ」
参考:スポーツ報知「雷親方の長男、垣添が序ノ口優勝」(2026年7月24日)/サンケイスポーツ「雷親方の長男・垣添が7戦全勝で序ノ口優勝」(2026年7月24日)
決まり手にあらわれている持ち味
協会公式の集計では、玄空の決まり手はこうなっています。
■決まり手の傾向
〇2026年7月場所終了時点、7取組7勝
- 上手出し投げ 29%
- 上手投げ 14%
- 押し出し 14%
- その他 43%
投げが上位を占めています。母の栄美さんに教わってきたのが出し投げでした。教わった技が、そのまま決まり手にあらわれています。
場所ごとの成績
※スマートフォンでは、表を横にスクロールできます
| 場所 | 番付 | 成績 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 2026年5月場所 | 前相撲 | ー | 初土俵 |
| 2026年7月場所 | 西序ノ口16枚目 | 7勝0敗 | 序ノ口優勝 |
| 2026年9月場所 | 東序二段6枚目 | ー | 9月13日初日 |
うむ。番付に名前が載った最初の場所で、全勝優勝するとは見事じゃ。
序ノ口であっても、自分より相撲経験の長い力士は多い。その中で7番すべて勝ち切ったのは、十分に評価できる内容じゃな。
なお、その9月場所の日程やチケットについては、別の記事にまとめてあります。
元力士から見た垣添玄空
玄空が土俵の上で何を考えていたのかは、僕には分かりません。ここからは垣添玄空の話ではなく、番付の下のほうを歩いた、現役のころの僕の話です。
稽古場に下りてきた、師匠の息子
冒頭で少し触れた、僕がいた部屋の師匠の息子さんの話から書きます。
小学校の高学年から中学1年ごろまで、何度か稽古場に下りてきていました。というのも、師匠が「やってこい」と本人に言うからです。
まわしをつけて、四股や鉄砲をやり、ぶつかり稽古にも入っていました。
ところが中学の途中から、その姿を見かけなくなります。稽古場に来る回数が減り、やがてまったく来なくなりました。
そして高校へ進学したと聞きます。
「入門しないのかぁ」
僕が思ったのはそれだけで、本人に聞いたわけでも、部屋の中で話題になったわけでもありません。
僕が見たのはその1人だけなので、部屋で育った子がどうなるものなのかを語ることはできません。
それでも、稽古場に早くから立っていた子が入門せず、高校まで本格的に相撲へ取り組んでいなかった玄空が入門したという並びには、考えさせられるものがあります。土俵に上がる時期の早さと、その道を選ぶかどうかは、別の話なのだろうと思います。
あと一番が、勝てない
もうひとつ、7番を7番とも勝つという話について、僕自身の経験を書きます。
現役のころ、あと一勝すれば三段目に上がれるという場面がありました。
ところが、それを意識しすぎたのだと思います。緊張してしまって体が動かず、何もできないまま負けました。
自分がその一番で何をしたのか、いまだに覚えていません。
僕の場合は序二段どまりでしたが、番付が上がる直前の一番には、こういう重さがあります。
部屋の中の空気も変わります。幕下が見えてくると、兄弟子と弟弟子の関係にも影響が出ました。抜く側も抜かれる側も、それまでどおりというわけにはいきません。
玄空はその7番を、ひとつも落としませんでした。
あと一番って思うと、本当に緊張して足がすくむんだよね。
「負けたくない」って気持ちが強くなった瞬間に、前へ出られなくなることもある。そこを7番続けて乗り越えたっていうのは、素直にすごいと思うなあ。
なお、玄空が目標にしている関取と、その一歩手前にある幕下については、別の記事で詳しく扱っています。
垣添玄空の素顔
土俵を下りた玄空は、どんな人物なのでしょうか。
憧れの力士は朝青龍です。気迫のあるところが格好いい、というのが本人の説明でした。
中学まで熱中していたゲームも、入門を機に手放したわけではありません。好きなのは「大乱闘スマッシュブラザーズ」で、使うのはカズヤ。前相撲を翌日に控えた日にも、1時間ほど遊んでいたといいます。
参考:デイリースポーツ「垣添玄空 前相撲白星デビュー」(2026年5月13日)
憧れが朝青龍で、前相撲の前の日にもゲームをしていたんですね。
こういう情報があると、どんな性格の人なのか想像しやすくて、ぐっと身近に感じます♪
これからの垣添玄空
序ノ口優勝を決めたあと、玄空は先のことも口にしています。
「向上心をもってやることやっていきたい。3年以内に関取に上がりたい」
入門から3年というと、2029年です。前相撲で白星を挙げた日には、こうも話していました。
「目標は金星、父を超えたいです」
父の雷親方は小結まで上がった人です。玄空が関取になれば、親子そろって関取という形が実現します。
2026年9月場所の地位は、東序二段6枚目です。ここから三段目、幕下と、番付を一段ずつ上げていくことになります。
「3年以内に関取になる」って、はっきり口に出せるのがすごいなあ。
僕なら、もし届かなかったらって考えてしまって、なかなか言えないと思う。
でも、言葉にするからこそ覚悟も決まるし、実現に近づいていくのかもしれないね。
垣添玄空に関するよくある質問
番付や体格は場所ごとに動くので、ここでは2026年9月場所時点の数字で答えます。
Q1. 垣添玄空の読み方・本名・年齢・出身地は?
A. 垣添玄空は「かきぞえ はるく」と読みます。番付に載るのは「垣添」で、玄空は本名です。2007年9月18日生まれで、2026年9月場所の初日の時点では18歳でした。出身地は東京都台東区です。
Q2. 垣添玄空の身長と体重は?
A. 身長180.0センチ、体重116.0キロです(2026年9月場所時点)。入門会見のときは115キロでした。
Q3. 垣添玄空の父と母は誰?
A. 父は雷部屋の師匠である雷親方(元小結・垣添)です。母は雷部屋のおかみさんの栄美さんで、日本大学の相撲部で女子相撲の日本一に輝いています。
Q4. 垣添玄空の序ノ口優勝はいつ?
A. 2026年7月場所です。西序ノ口16枚目で7戦全勝とし、13日目に優勝が決まりました。決まり手は上手出し投げでした。
Q5. 垣添玄空はいつ相撲を始めたの?
A. 本格的に取り組み始めたのは、埼玉栄高校に入学してからです。中学3年の秋に同校相撲部の山田道紀監督から声をかけられ、その冬に進路として相撲を選びました。小学生のころにわんぱく相撲へ出た経験はありますが、中学では相撲をしておらず、ゲームに没頭していたといいます。
まとめ
垣添玄空は、番付に四股名が載った最初の場所で7番を全部勝ち、序ノ口優勝を果たしました。本格的に相撲へ取り組み始めたのが高校からであることを思うと、ずいぶん急な駆け上がり方です。
僕がいた部屋の師匠の息子さんは、小学生のうちから稽古場に立っていましたが、力士にはなりませんでした。逆に玄空は、相撲一家に生まれながら中学では相撲をせず、高校から本格的に取り組んで、自分でこの道を選んでいます。
その選択がどこまで続くのかは、これから番付が答えていくことになります。序二段、三段目、幕下と、名前を探す楽しみができました。
本場所の取組結果には、幕下以下の力士の名前も載ります。番付表の下のほうにも、ときどき目を向けてみてください。
うむ。序ノ口は7番。幕内の15番と比べれば少なく感じるかもしれぬ。
しかし、一番一番の重さが軽いわけではない。負ければ全勝はそこで終わる。その緊張の中で7番すべて勝ち切ったことに価値があるのじゃ。
垣添玄空は、まだ何者でもない。だが、これから何者かになろうとしている力士じゃ。
しかと見届けてやってほしい。


















