大相撲の生田目が関取に返り咲き!怪我からの復帰を元力士が解説
生田目(なばため)は、栃木県さくら市出身の二子山部屋の力士です。左膝の大怪我で十両から三段目まで落ちましたが、そこから4場所で7場所ぶりの関取復帰を決めました。
戻れた理由ははっきりしています。5勝2敗、7勝0敗、5勝2敗、6勝1敗と4場所続けて勝ち越し、三段目28枚目から、関取に手が届く西幕下3枚目まで番付を戻したからです。
僕が現役のころに痛めたのは、膝ではなく腰でした。本場所の取組で土俵下に落ちて強打し、1か月ほどまともに稽古ができません。
たった1か月でもこたえたので、3場所を全休した生田目がどんな時間を過ごしたのかは、想像がつきません。
こんにちは、元力士のしんざぶろうです。
番付が下がることは、力士にとって珍しいことではありません。ただ、関取から三段目まで落ちて、そこからまた関取へ戻るとなると、話は変わります。
生田目は、それをやってのけました。しかもその途中で、序ノ口デビューから負けなしだった力士の連勝を止めています。
この記事では、怪我から7場所ぶりの関取復帰を決めた生田目について解説します。
生田目って、なんて読むのかずっと分からなかったんです。
三段目まで落ちてから関取に戻るって、そんなに大変なことなんですか?
どんな相撲を取る力士なのか、知りたいです♪
生田目はどんな力士か
生田目竜也(なばため たつや)は、栃木県さくら市の出身で、二子山部屋に所属する力士です。師匠は元大関・雅山の二子山親方です。
まずは、どんな相撲を取るのかを見てください。2026年7月場所9日目、幕下上位5番を収録した公式動画です。
2番目に出てくるのが、旭富士との一番です。立合いで当たった直後、生田目が右から突いて相手の上体を起こしにいく形に注目してみてください。
生田目竜也のプロフィール
生田目の基本情報です。
■生田目 竜也(なばため たつや)
〇体格・最高位・戦歴は2026年7月場所時点
- 生年月日:2002年2月22日(24歳)
- 出身地:栃木県さくら市
- 所属部屋:二子山部屋
- 身長・体重:177.0センチ・168.0キロ
- 得意技:突き・押し
- 初土俵:2020年1月場所
- 新十両:2024年7月場所
- 最高位:十両5枚目
- 生涯戦歴:164勝111敗39休(39場所)
- 三段目優勝1回(2026年3月場所)
栃木県さくら市から二子山部屋へ
生田目は14歳のときにさくら市氏家へ移り、矢板高校へ進学して相撲部に入りました。
高校を卒業するときに二子山部屋へ入門し、2020年1月場所で初土俵を踏んでいます。
新十両に上がったのは、初土俵から27場所目です。
参考:生田目後援会
高校から入って27場所目ですか。
けっこう時間をかけて上がってきたんですね。
25連勝の旭富士を止めた一番
2026年7月場所の9日目、生田目は序ノ口デビューから一度も負けていなかった旭富士を突き出しで下しました。
旭富士は伊勢ヶ濱部屋のモンゴル出身力士で、序ノ口でデビューしてから各段優勝を重ねていました。この一番で、序ノ口デビューからの連勝記録は歴代3位の25で止まりました。
取組で何が起きたか
生田目は西幕下3枚目、旭富士は東幕下11枚目。どちらも4勝0敗での対戦でした。
生田目は、やや立ち遅れた旭富士に構わず圧力をかけ、上体を起こしてから突き出しています。
取組後、生田目はこう話しています。
「うれしい。まわしだけはとらさないように。調子がいいから、体が動いた」
取組前から会場のボルテージが上がっているのを感じており、「応援のおかげです」と声援に感謝しました。
この場所、師匠の二子山親方は体調不良で審判を休場していました。その師匠から、この日の朝に今場所初めて声をかけられています。
「負けてもいいから思いっきりいってこい」
稽古で突っ張りを受けたとき
突き出しは、受ける側から見るとどう感じるのか。ここからは生田目の話を離れて、稽古場で突っ張りを食らったときの、現役のころの僕の話です。
突っ張りを正面から受けると、上半身が後ろへのけぞります。
そうならないように、横へいなしたり、まわしを取って突っ張らせない形にしにいきます。
ただ、そもそも力の差があると、それも間に合いません。何もできないまま、土俵の外まで突かれて終わります。
負けてもいいから思いっきりいってこい、って言われると、逆に力が抜けるんですよね。
師匠が休場中に、その日の朝だけ声をかけたっていうのがまた。
なお、連勝を止められた旭富士の経歴は、こちらの記事にまとめてあります。
生田目の相撲は突き押し
生田目の得意技は突き・押しです。実際、白星の決まり手にもその特徴が表れています。
決まり手の内訳
2026年7月場所までの過去6場所で、29取組23勝。その23勝の決まり手の割合です。
| 決まり手 | 割合 |
|---|---|
| 突き出し | 35% |
| 押し出し | 26% |
| 突き落とし | 22% |
| その他 | 17% |
前に出る決まり手が6割を超えています。旭富士を下したのも突き出しでした。
電車道で押し切った一番
同じ場所の11日目、生田目は不動豊との全勝対決を制しています。
立ち合いから電車道で押し出した一番でした。電車道は、立合いから止まらずに一直線で押し切る形を指す言葉です。
生田目はこの勝利で単独首位に立ちましたが、意識は先に向いていませんでした。
「優勝の意識はない。目の前の1番に集中したい」
師匠からも、いい相撲だった、体が動いている、と声がかかっています。
電車道って、名前のとおり一直線なんですね♪
でも突き出しと押し出しって、どう違うんでしたっけ。
どちらも前に出て勝っているように見えます。
突き出しは、相手を突き放した勢いで土俵の外へ出す形です。押し出しは、手を相手の脇の下や胸に当て、押す力をかけ続けて外へ出します。生田目の場合は、その両方が白星の6割を占めています。
電車道の由来やなりやすい条件は、こちらの記事で解説しています。
また、突き出しと押し出しの見分け方は、こちらの記事でくわしく書いています。
生田目の番付と成績の推移
新十両に上がった2024年7月場所から、秋場所の新番付までの推移です。関取と幕下以下を行き来しているのが分かります。
| 場所 | 番付 | 成績 |
|---|---|---|
| 2024年7月 | 西十両14枚目(新十両) | 4勝11敗 |
| 2024年9月 | 東幕下4枚目 | 4勝3敗 |
| 2024年11月 | 東十両14枚目 | 7勝8敗 |
| 2025年1月 | 東十両14枚目 | 11勝4敗 |
| 2025年3月 | 東十両5枚目 | 3勝8敗4休 |
| 2025年5月 | 西十両12枚目 | 8勝7敗 |
| 2025年7月 | 西十両10枚目 | 全休 |
| 2025年9月 | 東幕下8枚目 | 全休 |
| 2025年11月 | 西幕下48枚目 | 全休 |
| 2026年1月 | 西三段目28枚目 | 5勝2敗 |
| 2026年3月 | 西三段目3枚目 | 7勝0敗(三段目優勝) |
| 2026年5月 | 西幕下10枚目 | 5勝2敗 |
| 2026年7月 | 西幕下3枚目 | 6勝1敗 |
| 2026年9月 | 東十両10枚目 | 9月13日初日 |
最高位は2025年3月場所の東十両5枚目です。その直前の2025年1月場所には、東十両14枚目で11勝4敗を挙げていました。
そして三段目に落ちた2026年1月場所から7月場所まで、4場所とも勝ち越しています。西幕下3枚目まで戻したうえでの6勝1敗が、7場所ぶりの関取復帰につながりました。
2025年3月場所を境に、成績の並びが変わっているな。
ここで何かが起きたと見るのが自然であろう。
生田目はなぜ休場していた?怪我から再十両までの経緯
番付が落ちた原因は、左膝の大怪我でした。
2025年3月場所、途中休場
最高位の東十両5枚目で迎えた2025年3月場所、生田目は3日目の取組で左脚を痛めました。
診断書に記されたのは、左膝前十字靱帯損傷と左膝内側半月板損傷です。4日目は不戦敗、5日目から8日目までを休場しています。
それでも9日目には再出場し、この場所を3勝8敗4休で終えました。
参考:日本経済新聞(2025年3月12日)/日本相撲協会「生田目 竜也」
2025年6月、合宿で古傷が悪化して手術
続く5月場所は15日間出場し、8勝7敗と勝ち越しています。
しかし6月、山梨県笛吹市で行われた合宿で古傷を悪化させました。6月26日に靱帯を移植する手術を受け、診断書では約2カ月間の入院加療を要するとされています。
このとき協会が発表した診断書は手術個所が右膝となっており、名古屋場所の4日目に左膝へ訂正されるという珍しい経緯もありました。
復帰のめどは、当初は翌年の春場所でした。
3場所全休、そして三段目からの再出発
生田目は2025年7月場所から3場所続けて全休し、番付は西三段目28枚目まで下がりました。
手術の直後、復帰のめどは翌年の春場所とされていました。実際に土俵へ戻ったのは、その1場所前の2026年1月場所です。三段目で5勝2敗と勝ち越しました。
勝ち越したあと、生田目はこう話しています。
「稽古を積むしかない。何よりも強くならないといけない」
膝は関取のころから悪く、痛み止めを飲んで土俵に上がっていました。手術に踏み切ったのは、当時23歳という年齢があったからです。
「自分はまだ若い。これから先がある」
続く2026年3月場所では、西三段目3枚目で7戦全勝。千秋楽には、同じく全勝の豊雅将との優勝決定戦を迎えました。
立合いから前に出ての突き押しで豊雅将を下し、三段目優勝を決めています。
参考:生田目後援会
稽古ができなかった1か月
生田目が休んでいたあいだ何を思っていたのかは、僕には分かりません。ここからは生田目の話ではなく、怪我で土俵に上がれなかった、現役のころの僕の話です。
僕が腰を強打したのは、本場所の取組で土俵下に落ちたときでした。膝ではなく腰ですが、その場所は途中まで勝ち越していたのに、そこから一つも勝てないまま終わりました。
残すことも押すこともできないんです。腰が利かないと、相手の圧力を足で受け止めることも、自分から前へ出ることもできません。
稽古場に戻っても、できることがありませんでした。四股を踏むことすらできず、てっぽうもままならず、鉄アレイを持つのもきつい。というのも、腰は体の中心なので、何をするにも負荷がかかるからです。
そのため僕は、ただ他の力士の稽古を眺めて観察していました。そして10時ごろ、昼が近くなると、稽古ができないぶんちゃんこ番に入っていました。
こたえたのは、体よりも空気のほうです。稽古をするのが当たり前の世界なので、稽古をしていないと後ろめたさが出てきます。
「やる気がないだけなんじゃないのか」
みんな何も言いません。それでも、そういう目で見られている気がして、居心地が悪かったのを覚えています。
痛み止めを飲みながら土俵に上がっていた、というところが重いですね。
当初は春場所が復帰のめどでしたが、初場所で戻ってきたんですね。
関取と幕下以下では、待遇そのものが変わります。その違いは、こちらの記事にまとめてあります。
幕下優勝決定戦と、7場所ぶりの関取復帰
2026年7月場所、西幕下3枚目の生田目は6勝1敗で場所を終えました。
7人による幕下優勝決定戦
千秋楽を前に、6勝1敗で7人が並びました。生田目、旭富士、竜鳳、不動豊、若雅、三田、花の海の7人です。二子山部屋からは生田目・若雅・三田の3人が残りました。
生田目は14日目に十両の錦木に寄り切りで敗れており、7戦全勝を逃したうえでの決定戦でした。
千秋楽の決定トーナメント1回戦、生田目は旭富士に送り出しで敗れています。9日目に自分が連勝を止めた相手に、そのまま返された形です。旭富士は勝ち進み、決勝で若雅を寄り切って優勝しました。
7場所ぶりの関取復帰
場所後の2026年7月29日、日本相撲協会は秋場所の番付編成会議を開き、生田目の再十両を決めました。関取に戻るのは7場所ぶりです。
同じ会議で、丹治と時不動の新十両も決まっています。
復帰の場所は、2026年9月13日初日の秋場所(両国国技館)です。
8月31日に発表された秋場所の番付で、生田目関は東十両10枚目に載りました。同じ日に、丹治関は西十両10枚目、時不動関は西十両13枚目で関取の仲間入りをしています。
参考:日本相撲協会「番付表」
参考:デイリースポーツ(2026年7月29日)/日本経済新聞(2026年7月29日)
三段目28枚目から関取まで、わずか4場所である。
しかもその4場所は、いずれも勝ち越しておるな。
秋場所の日程やチケットは、こちらの記事にまとめてあります。
生田目の素顔
生田目は、土俵の外でも知られている力士です。
二子山部屋のYouTubeで人気
二子山部屋はYouTubeチャンネルを運営しており、力士が食事を平らげる動画や日常を記録した動画が国内外で見られています。
生田目はそこで、トレードマークの眼鏡をかけ、部屋でDJの練習をする姿などが取り上げられてきました。
その人気は、新十両に上がる前からYouTubeの再生回数に表れていました。2024年6月下旬に協会が発表した、公式YouTubeの4月以降の再生回数ランキングでは、生田目と嘉陽の新十両記者会見が1位でした。
同じ年の夏場所でも、生田目の取組動画はよく再生されました。幕下2枚目だった生田目が千秋楽に5勝目を挙げて関取昇進を確実にした一番は、2024年7月の時点で12万回再生と最多でした。初日に大の里が照ノ富士を破った一番を上回っています。
結婚や私生活について
生田目の結婚については、2026年8月時点で公表を確認できていません。
眼鏡でDJの練習って、想像がつきません♪
土俵の上とのギャップも人気の理由なんですね。
ちなみに、二子山部屋の女将については、こちらの記事で書いています。
生田目に関するよくある質問
読み方や怪我の経緯など、生田目についての質問に答えます。
Q1. 生田目の読み方・本名・年齢・出身地は?
A. 生田目は「なばため」と読みます。本名は生田目 竜也(なばため たつや)で、四股名は本名のままです。2002年2月22日生まれの24歳、栃木県さくら市の出身です(2026年8月時点)。
Q2. 生田目の身長と体重は?
A. 177.0センチ、168.0キロです(2026年7月場所時点)。
Q3. 生田目の得意技は?
A. 突き・押しです。決まり手の集計は過去6場所で29取組23勝、その23勝の内訳は突き出し35%、押し出し26%、突き落とし22%でした。
Q4. 生田目はどんな怪我をして、いつ休場したの?
A. 2025年3月場所の3日目に左脚を痛めて途中休場しました。診断は左膝前十字靱帯損傷と左膝内側半月板損傷です。同年6月26日に靱帯を移植する手術を受け、2025年7月場所から3場所続けて全休しています。
Q5. 生田目の再十両はいつ決まった?
A. 2026年7月29日の番付編成会議で決まりました。復帰の場所は2026年9月13日初日の秋場所で、7場所ぶりの関取復帰になります。
Q6. 生田目は結婚している?
A. 2026年8月時点で、結婚の公表は確認できていません。
まとめ
生田目は、栃木県さくら市から二子山部屋へ入り、突き押しで関取まで上がった力士です。
左膝の大怪我で十両から三段目まで落ちましたが、2026年初場所で土俵へ戻り、三段目優勝を挟んで4場所で関取復帰を決めました。その途中で、序ノ口デビューから負けなしだった旭富士の連勝を止めています。
膝が悪いまま痛み止めを飲んで土俵に上がっていた時期があったことを、本人が話しています。そのうえで手術を選び、番付が落ちることを受け入れて戻ってきました。
稽古ができない時期の居心地の悪さは、僕にも覚えがあります。そこを通って戻ってきた相撲が、土俵でどこまで通用するのか。突き出しで前に出るその形を、ぜひ確かめてみてください。
怪我で落ちた番付を戻すのは、簡単なことではない。
それをこの男は、4場所でやってのけたのだ。
その相撲を、土俵で確かめようではないか。


















