輝の里とは?田子ノ浦部屋の総ちゃんこ長を元力士が解説
輝の里(てるのさと)は、平成5年に初土俵を踏み、48歳になったいまも現役で土俵に上がっている力士です。あわせて田子ノ浦部屋の総ちゃんこ長として、部屋の食事を預かっています(2026年8月時点)。
僕が知っているのは、現在の田子ノ浦部屋がまだ鳴門部屋と呼ばれていたころの輝の里です。本場所で顔を合わせるとよく話す間柄でした。
当時の彼は師匠の付き人で、僕が見ていた範囲では、ちゃんこ番に入ることがほとんどありませんでした。その彼がいま、部屋の台所を任されている。それを知ったときは、正直おどろきました。
こんにちは、元力士のしんざぶろうです。
番付のいちばん下の段に、48歳で土俵に上がり続けている力士がいると聞いたら、どんな人なのか気になりませんか。この記事では輝の里について解説します。
読み方から番付までの基本情報は、公式のプロフィールで確かめられます。ですが、僕が本場所で顔を合わせていたころの輝の里が、台所ではなく師匠のそばにいたことは、どこにも書かれていません。
そこは当時を知っている僕が書きます。僕が知る当時は台所に立つ姿を見なかった人が、いまは総ちゃんこ長を務めている。その距離が、輝の里という力士のおもしろさだと思っています。
え、ちゃんこ番をやってなかった人が、いまは部屋の総ちゃんこ長なの?
しかも48歳でまだ現役って、それだけでもすごいのに。
輝の里はどんな力士か
輝の里と書いて、てるのさとと読みます。四股名は輝の里一輝(てるのさと かずき)で、本名は長野一輝さんです。
愛媛県四国中央市の出身で、田子ノ浦部屋に所属しています。
まずは輝の里本人の姿を見てください。田子ノ浦部屋の公式YouTubeチャンネルが公開している、本人が名乗る短い動画です。2021年9月に公開されました。
冒頭で輝の里が四股名を名乗ります。読み方はここで確かめられます。
62秒の短い動画で、最後は応援のお願いで締めています。ちゃんこ長としてではなく、現役の力士として名乗っている輝の里です。2021年9月の公開時点では43歳でした。
48歳の力士って、想像したことがありませんでした。
私の会社だと、いちばん上の世代の方たちと同じくらいです。
その年齢で、まだ土俵に上がっているんですね♪
プロフィール
基本となる情報をまとめました。この記事の番付と年齢は、2026年(令和8年)8月時点のものです。
■輝の里 一輝(てるのさと かずき)
〇2026年8月時点
- 本名:長野 一輝(しこ名履歴:長野 → 輝の里)
- 生年月日:昭和53年(1978年)1月17日
- 出身地:愛媛県四国中央市
- 所属:田子ノ浦部屋
- 番付:東序ノ口三枚目(2026年7月場所)
- 身長・体重:178センチ/180キロ(田子ノ浦部屋公式サイト。日本相撲協会の公式プロフィールでは170.0センチ/170.4キロ)
- 血液型:O型
- 初土俵:平成5年(1993年)3月場所
- 最高位:三段目23枚目
初土俵の平成5年3月場所は、1993年です。この記事を書いている2026年8月まで、33年が経っています。
当時の新弟子検査は、いまより基準が厳しく、身長173センチ以上・体重75キロ以上が求められていました。輝の里はその関門をくぐって角界に入っています。
直近6場所の番付と成績
輝の里の番付は序ノ口です(2026年7月場所)。ここ1年の位置を、成績と並べて見てください。
※スマートフォンでは、表を横にスクロールできます
| 場所 | 番付 | 成績 |
|---|---|---|
| 2025年9月 | 西序ノ口九枚目 | 1勝6敗 |
| 2025年11月 | 西序ノ口十六枚目 | 3勝4敗 |
| 2026年1月 | 西序ノ口十枚目 | 1勝6敗 |
| 2026年3月 | 東序ノ口十四枚目 | 3勝4敗 |
| 2026年5月 | 西序ノ口五枚目 | 3勝4敗 |
| 2026年7月 | 東序ノ口三枚目 | 0勝7敗(うち不戦敗1) |
参考:日本相撲協会「輝の里」
幕下以下の力士は、原則として1場所7番が組まれます。表のとおり、勝ち越しには届いていません。直近の2026年7月場所は、7番のうち1番が不戦敗でした。
それでも、6場所続けて番付に名前が載っています。休場が並んでいるわけではありません。
星取表を眺めていると、対戦相手のところに千代青梅の名前が何度も出てきます。九重部屋のちゃんこ長として知られる力士で、輝の里とは近い番付にいる時期が続いています。
部屋の台所を預かる者どうしが、土俵の上で当たっていることになります。
その千代青梅については、ちゃんこ長としての仕事ぶりを別の記事でまとめました。
鳴門部屋にいたころの輝の里
ここからは、公式のプロフィールには載っていない話です。僕が本場所で顔を合わせていたころ、輝の里は台所ではなく、師匠のそばにいました。
師匠の付き人だった
当時の輝の里は、部屋の師匠の付き人を、ほとんど専任のような形で務めていました。
その師匠が勝負審判を務めていたため、輝の里は本場所に来る回数が多く、滞在している時間も長くなります。僕のほうも自分の取組で会場に来ていたので、自然と顔を合わせる機会が増えました。
そうして話すうちに、仲良くなったという流れです。
師匠に付いている姿を見て、可愛がられているのだなとは思っていました。
ただ、うらやましいとは思いませんでした。
というのも、師匠のそばにいるということは、そのぶん気を遣い続けるということだからです。自分の取組の合間にも、常に誰かの様子をうかがっている状態になります。
外から見ると、恵まれた役目に映るかもしれません。中身は、休まる時間が少ない仕事です。
そして、ここが今につながる部分です。僕が本場所でよく顔を合わせていた時期の輝の里は、付き人の仕事が中心で、ちゃんこ番に入ることはほとんどなかったと記憶しています。
部屋の台所に立つ姿を、僕は見ていません。
ただし、僕が知っているのはその時期までです。輝の里がいつ台所に入るようになったのかは、部屋の外にいた僕には分かりません。
甘いものが好きだった
もうひとつ覚えているのが、食べ物の好みです。
輝の里は甘いものが好きで、コンビニのスイーツを買ってきては、よく食べていました。ちゃんこを作る側ではなく、買ってきた甘いものを楽しんでいる側でした。
当時の体つきと相撲
体つきは、お腹が大きく前に出たアンコ型です。この形はいまも変わっていませんが、体重は当時より増えているように見えます。
相撲の取り口は、どちらかというと受け身でした。自分から前に出て押し切るのではなく、相手を引き付けて、大きなお腹に乗せてしまうような相撲です。
日本相撲協会の公式プロフィールは、輝の里の得意技の欄が空欄になっています。当時の僕が見ていたのは、この形でした。
性格は穏やかで、いつもニコニコしていました。怒っているところは、一度も見たことがありません。
引き付けてお腹に乗せる相撲って、やられると本当に困るんだよね。
押しても手応えがないし、こっちの力が全部吸われちゃう感じがするんだ。
しかも当たってこないから、崩れるのを待たれてるみたいでさ。
結婚や家族は公表されていない
輝の里の結婚については、日本相撲協会と田子ノ浦部屋、どちらの公式プロフィールにも記載がありません。子どもについても同じです。
僕が本場所で顔を合わせていたころも、結婚や家族の話を聞いた覚えはありません。
ただし、これは「いなかった」という意味ではありません。部屋が違えば、私生活の話は入ってこないのが普通です。
本場所で会って話すのは、その日の相撲や部屋の様子といったことでした。家のことまで踏み込む間柄ではありません。
いま結婚しているかどうかも、公表されていない以上は分かりません。
ちなみに、輝の里がいまいる序ノ口を含めて、幕下以下の力士がどんな一日を送っているのかは別の記事で書いています。
田子ノ浦部屋の総ちゃんこ長として
僕が知る当時の話をしてきましたが、いまの輝の里は逆の立場にいます。田子ノ浦部屋で総ちゃんこ長を務め、部屋の食事を預かっています。
『有吉ゼミ』が何度も密着している
その仕事ぶりは、テレビでも繰り返し取り上げられています。
直近では、2026年8月24日に放送された日本テレビの『有吉ゼミ』で、田子ノ浦部屋の名古屋場所に密着する企画が組まれました。輝の里が名古屋の食材を使ってちゃんこを作る様子が紹介されています。
参考:日本テレビ『有吉ゼミ』2026年8月24日放送
同じ企画は以前にも組まれていて、2025年6月30日の放送でも輝の里に密着しています。番組の公式アカウントは、このときの放送前にこう告知していました。
有吉ゼミ 30日よる7時〜🌠
🍲グルメすぎる相撲部屋 田子ノ浦部屋角界最年長のレジェンドちゃんこ長
輝の里にギャル曽根が密着❗️先代のレシピをパワーアップした絶品料理✨
ギャル曽根が力士たちに負けじと爆食🔥
あまりの美味しさに新弟子たちも感激🥹✨— 有吉ゼミ【日本テレビ公式】毎週月曜よる7時! (@ariyoshiseminar) June 28, 2025
番組は輝の里を「角界最年長のレジェンドちゃんこ長」と紹介しています。
僕が目を止めたのは、そのあとの一行です。「先代のレシピをパワーアップした絶品料理」とあります。
受け継いだものを、そのまま出しているわけではないということです。僕が知る当時はちゃんこ番にほとんど入っていなかった人が、いまは先代の味を引き継ぎ、自分の手を加える側に回っています。
なお、この番組を紹介した記事では、輝の里について「30年以上、部屋の厨房を支えている」とも書かれています。僕が本場所で顔を合わせていた時期と、厨房を担当し始めた時期がどうつながるのかは、公表されている情報からは確認できません。
田子ノ浦部屋での役目
番組で繰り返し紹介されている田子ノ浦部屋の体制は、こういう形です。ちゃんこ番は3つの班に分かれていて、それぞれの班のちゃんこ長が献立を考えます。総ちゃんこ長の輝の里がその内容を確認し、最後に田子ノ浦親方が目を通す流れです。
自分で料理を作るだけではなく、部屋全体の献立を確認する立場にいることになります。
参考:日本テレビ『有吉ゼミ』2025年6月30日放送/2026年8月24日放送
幕下以下の力士には、十両以上のような月給がありません。本場所ごとの場所手当と、幕下以下奨励金が支給される仕組みです。ちゃんこ長として別に手当があるかどうかは、公表されている情報では確認できません。
甘いものが好きだった方が、いまは部屋のごはんを決めているんですね。
しかも先代のレシピを、そのままじゃなくて作り変えているなんて。
どんな味なのか、食べてみたくなります♪
このあたりは、ちゃんこ長という役目そのものを扱った記事で詳しく書きました。
元力士から見た輝の里
僕が輝の里に最後に会ったのは、10年ほど前になります。ある力士の引退相撲で、久しぶりに顔を合わせました。
そのあとは、しばらく姿を見る機会がありませんでした。
中継で久しぶりに見た一番
再会したのは、テレビの中継です。幕下以下の取組が映る時間帯に、輝の里が出てきました。
その一番は、負けてしまいました。
見ていて感じたのは、足がまったく出ていないということです。
というのも、上体だけで相手に向かっていて、下がそれに付いてきていなかったからです。上と下が別々に動くと、相撲は形になりません。
僕が現役だったころの輝の里とは、別人のようでした。
「あの相撲じゃない」
画面を見ながら、そう思っていました。
年齢を考えれば、当たり前のことかもしれません。初土俵から33年が経った現在も、2026年7月場所の番付に名前を載せ、土俵に上がっています。
素直に応援します、とは言い切れなかった
正直に書きます。あの一番を見たあと、僕は素直に応援しますとだけは言えませんでした。
続けてほしい気持ちはあります。同時に、体は大丈夫なのかという気持ちも出てきます。
土俵に上がる限り、相手は本気で当たってきます。手加減はありません。それを33年続けてきた体が、いまどうなっているのかは、外から見ているだけでは分かりません。
僕自身は、23歳で土俵を下りました。あのころの僕には、続けるという選択肢を選び続けることの重さが、まったく分かっていなかったと思います。
だから、輝の里の相撲を見て出てきたのは、応援でも心配でもない、その両方が混ざったものでした。この気持ちに名前を付けられないまま、いまも中継を探しています。
僕も現役のころ、続けるかどうかで悩んだ時期があったなぁ。
番付が下がっていくのを見てると、自分の場所がなくなっていく気がしてさ。
それを33年って、想像がつかないよ。
輝の里に関するよくある質問
輝の里について、よく調べられている項目をまとめました。
Q1. 輝の里の読み方・本名・年齢・出身地は?
A. 輝の里一輝は「てるのさと かずき」と読みます。本名は長野一輝さんです。
昭和53年(1978年)1月17日生まれで、2026年8月時点では48歳になります。出身地は愛媛県四国中央市です。
Q2. 輝の里の身長と体重は?
A. 田子ノ浦部屋の公式サイトでは、身長178センチ、体重180キロです。
日本相撲協会の公式プロフィールでは170.0センチ、170.4キロと記載されており、2つの公式で数値が異なります。お腹が大きく前に出たアンコ型の体つきです。
Q3. 輝の里は結婚している?子どもはいる?
A. 結婚も子どもも公表されていません。
日本相撲協会と田子ノ浦部屋、どちらの公式プロフィールにも家族に関する記載がありません。
Q4. 輝の里の給料や年収はいくら?
A. 給料も年収も公表されていません。
幕下以下の力士には十両以上のような月給がなく、本場所ごとの場所手当と幕下以下奨励金が支給されます。ちゃんこ長として別に手当があるかどうかも、公表されていません。
Q5. 輝の里は引退したの?いまも現役?
A. 現役です。2026年7月場所は東序ノ口三枚目で、成績は0勝7敗でした(うち1番は不戦敗)。
初土俵は平成5年(1993年)3月場所で、そこから33年が経った現在も、番付に名前が載っています(2026年8月時点)。
まとめ
輝の里は、平成5年3月場所に初土俵を踏み、48歳になったいまも序ノ口で土俵に上がっている力士です(2026年8月時点)。あわせて、田子ノ浦部屋の総ちゃんこ長として部屋の食事を預かっています。
僕が知っている輝の里は、師匠の付き人を専任のように務めていて、僕が見ていた範囲ではちゃんこ番に入ることがほとんどありませんでした。甘いものが好きで、コンビニのスイーツを買っては食べていた人です。
その彼が、いまは先代のレシピを受け継ぎ、自分の手を加えて部屋に出しています。僕が知るころに台所へ立つ姿を見なかったぶん、この距離のほうが、番付の記録よりもよほど遠く感じます。
中継で見た一番の輝の里は、僕が知っている相撲とは違いました。それでも次の場所も、幕下以下の取組が映る時間帯を探すのだと思います。土俵の下のほうにも、33年ぶんの物語があります。
うむ。番付の高さだけが、力士の重さを決めるわけではない。
33年、土俵に上がり続けた者の足跡は、序ノ口の三枚目にも刻まれておる。
台所に立ち、そして土俵にも立つ。その両方を続ける難しさを、少し想像してみてほしい。

















