相撲の物言いとは?誰がつけられるのか・ビデオ判定まで元力士が解説
結論から言うと、物言い(ものいい)とは行司の勝負判定に疑問や異議があるときに、土俵下の審判委員が挙手して異議を申し立てることです。
僕自身、現役のころは何度か自分の取組で物言いがつきました。勝っていればいいなとドキドキしながら協議の結果を待つ一方で、自分が負けていると何となくわかっていることもありました。
だから負けたと思っていたのに勝ちになったときは、素直に喜べず、何となく罪悪感のようなものが残ることもあったんですよね。
こんにちは!元力士のしんざぶろうです。
相撲中継を観ていると、「いまのは同体じゃないか」「差し違えではないか」と感じる、きわどい取組があります。
行司の軍配に疑問が残る。そんなときに土俵下から手が挙がるのが、物言いです。
ただ、審判委員が土俵の真ん中で輪になっているあいだ、そこで何が話し合われているのか。そもそも、あの手を挙げているのが誰なのか。意外と知られていないのではないでしょうか。
この記事では、物言いの意味・つけられるのは誰か・協議と場内説明の流れ・ビデオ判定が使われる番付の範囲・そして物言いがついた取組の力士側の心境まで、元力士としての体験も交えながら解説します。
うむ。力士にできるのは、土俵の上で出し切ることだけだ。
その先で物言いがついたなら、あとは待つほかない。
判定は甘んじて受ける。それが土俵に上がるということだ。
相撲の「物言い」とは?
まずは、物言いという言葉が何を指しているのかを整理します。
物言いの意味
『相撲大事典』は、物言いを次のように説明しています。
行司の勝負判定に疑問や異議がある場合に、土俵下に控える審判委員が挙手して異議を申し立てること。物言いがつくと、審判委員全員が土俵上で協議して、行司の軍配どおりか差し違いか、また、両力士を同体とみての取り直しかを決定し、審判長が場内に説明する
参考:『相撲大事典』第4版、金指基 原著、現代書館
ポイントは、物言いが「異議を申し立てる行為そのもの」を指す言葉だという点です。
物言いがついた時点では、まだ何も決まっていません。そこから協議が始まり、判定がひっくり返ることもあれば、行司の軍配どおりで確定することもあります。
物言いをつけられるのは誰か
物言いをつけられるのは、土俵下に控える審判委員と、控え力士です。
審判委員は土俵下に5人が座って勝負を見ており、疑問があれば手を挙げます。
控え力士は、東西の土俵溜まりに控えている力士です。原則として自分が出場する二番前から着きますが、直前の取組を終えて勝ち残り・負け残りとして残っている力士も含まれます。
ここで意外に思われるのが、行司は物言いをつけられないという点です。
行司は協議で自分の見立てを説明できますが、判定そのものは審判委員に一任されます。自分が上げた軍配について、「もう一度見てほしい」と申し立てる仕組みにはなっていません。
参考:『相撲大事典』第4版、金指基 原著、現代書館
なぜ物言いという仕組みがあるのか
理由は、行司に与えられた役割にあります。
行司はどんな場合にも、東西いずれかに軍配を上げなければなりません。どちらとも決めがたい相撲であっても、「同体です」と行司が判定することはあり得ないのです。
どれほど際どくても、行司はその場で必ず片方を選びます。だからこそ、軍配を上げなかった側が実際には勝っていたときのために、あとから覆せる仕組みが要ります。
物言いは、行司を疑うための制度ではありません。
一瞬で片方を選ばなければならない役目を、あとから複数の目で支えるための仕組みだと考えると、わかりやすいと思います。
行司さんは『わかりません』が言えないんですね…!
どんなに際どくても、必ずどちらかに上げなきゃいけないなんて、想像しただけで緊張します。
その一瞬をみんなで支える仕組みだと聞くと、少し安心しました♪
なお、その行司がどんな仕事をしていて、どうすればなれるのかは、こちらの記事で解説しています。
物言いがついてからの流れ
では、手が挙がったあと、土俵の上では何が起きているのでしょうか。
挙手から土俵上の協議まで
物言いがつくと、審判委員全員が土俵に上がって協議に入ります。あの輪が、行司の判定をあらためて検討する場です。
<十日目の様子>
幕内取組。
物言いがつき、審判の親方が協議中。
(伊勢ヶ濱、湊、竹縄、枝川、東関)#sumo #相撲 #七月場所 pic.twitter.com/jhIqDCwxjg— 日本相撲協会公式 (@sumokyokai) July 28, 2020
このとき、取組を終えた両力士はいったん土俵を降り、花道側で控えて結果を待ちます。土俵の上は、決める人たちの場所になるわけです。
この協議で、軍配を上げた行司は、自分がどこを見て、なぜそちらに軍配を上げたのかを説明できます。
ただし判定は審判委員に一任されており、行司は決める側ではありません。説明はできても、結論を出すのは審判委員です。
審判長の場内説明
協議がまとまると、審判長がマイクを持ち、場内に向けて結果を説明します。
行司の軍配どおりなのか、差し違えなのか、それとも取り直しなのか。判定の理由も含めて、その場で観客と視聴者に伝えられます。
この場内説明が行われるようになったのは、1968年(昭和43年)3月場所からです。
それ以前は、協議で何がどう判断されたのかが観客に伝わらないまま、次の取組へ進んでいたことになります。
参考:『相撲大事典』第4版、金指基 原著、現代書館
あの場内説明って、始まったのは意外と最近なんだよね。
それまでのお客さんは、何がどう判断されたのかわからないまま次の取組を見てたってことか…。
ひと言あるだけで、見てる側の納得感は全然違うよね。
物言いとビデオ判定
物言いといえば、ビデオ判定を思い浮かべる方も多いと思います。ただし、ビデオが使われる取組には範囲があります。
ビデオ室と審判長のやりとり
ビデオが判定の参考にされるのは、十枚目(十両)以上の取組です。
協議の最中、審判長はビデオ室に詰めている審判委員と連絡を取り、映像で見えたことを協議の参考にします。土俵の上で耳に手を当てているように見えるのは、このやりとりです。
ここで大事なのは、映像はあくまで協議の参考資料だという点です。ビデオが勝敗を自動的に決めるわけではなく、最終的な判定を下すのは審判委員です。
参考:『相撲大事典』第4版、金指基 原著、現代書館
裏を返せば、幕下以下の取組では、ビデオでの確認は行われません。
僕がいたのは幕下より下の番付でしたから、自分の取組で物言いがついたときも、映像を見てもらえたことは一度もありません。
同じ「物言い」という言葉でも、十両以上と幕下以下とでは、判定を支える材料がまったく違うということです。
ビデオ判定が導入されたきっかけ
ビデオが使われるようになったきっかけは、1969年(昭和44年)春場所2日目の戸田-大鵬戦です。
軍配は大鵬に上がりましたが物言いがつき、協議の結果、差し違えで戸田の勝ちとなりました。大鵬の連勝は、ここで45で止まっています。
ところが、あとから写真やビデオを見ると、戸田の足のほうが先に土俵の外へ出ていました。「世紀の大誤審」と呼ばれる一番です。
この一番を受けて、翌場所から判定の参考にビデオが用いられるようになりました。
うむ。この一番は、判定のあり方を問い直させた象徴的な出来事だ。
45で止まった連勝の重みは、記録の数字だけでは語れぬ。
勝負判定で映像を参考にするという流れを、大きく後押ししたのだろうな。
ビデオがあっても判定が割れる理由
映像があれば一目瞭然かというと、そうとも限りません。
争点になるのが「どちらが先に死に体になっていたか」の場合、死に体には角度や秒数といった数値の基準がなく、逆転できるかどうかという実質で判断されるためです。
映像を何度見ても、そこは人が判断するしかありません。
ちなみに、その死に体については、こちらの記事で詳しく解説しています。
物言いの決着は3パターン
協議の結果は、次の3つのどれかに落ち着きます。
- 軍配どおり|行司の判定がそのまま支持される
- 差し違え|行司の判定が覆り、勝敗が入れ替わる
- 取り直し|同体と判断され、もう一番取り直す
軍配どおりは、協議のうえで行司の判定が支持される場合です。物言いがついたからといって、必ず覆るわけではありません。
差し違えは、行司が敗者の側に軍配を上げていたと判断された場合です。場内では正面の審判長が「行司差し違え」と発表し、行司は勝った力士の側へ軍配を上げ直します。
俗称で「行司黒星」ともいい、「軍配差し違い」という言い方もされます。
取り直しは、両力士がほぼ同時に倒れた、あるいは同時に土俵の外へ出たと判断された場合です。審判委員が協議して同体と判定すれば、審判長が経緯を説明したうえで、その場でもう一番取り直しになります。
参考:『相撲大事典』第4版、金指基 原著、現代書館
行き先が3つしかないと聞くと、急にわかりやすくなりますね♪
これまでは協議の輪をただ眺めているだけでしたけど、次に物言いがついたら、どれになるか予想しながら待ってみます!
また、相手がすでに死に体になっていて、その下敷きになるのを避けるために上の力士が先に手をつく「かばい手」も、物言いで争われやすい形のひとつです。
同じく、攻めていった側の足が先に土俵の外へ出てしまう「勇み足」も、際どい場面では協議の対象になります。
控え力士がつける物言い
ここからが、この記事でいちばんお伝えしたい部分です。土俵下の控え力士による物言いをきっかけに、判定が覆った一番を紹介します。
控え力士に認められていること
協会の「寄付行為施行細則」の審判規則は、控え力士について次のように定めています。
- 原則として、自分が出場する二番前から所定の土俵溜まりに着く
- 勝負判定に異議がある場合は、物言いをつけることができる
- 審判委員は、控え力士からの物言いがついた場合、これを取り上げて協議しなければならない(第五条)
- ただし控え力士は協議に加わらず、決定権を持たない
参考:『相撲大事典』第4版、金指基 原著、現代書館/日本相撲協会「大相撲クイズ No.935」
正直に言うと、僕がこの規定を知ったのは、この記事を書くために調べていたときでした。土俵下の力士から物言いをつけられるとは、現役のころは考えたこともありません。
そして見落としやすいのが、ここに取組をしている当人が入っていないことです。
控え力士とは、あくまで土俵下に控えている力士のこと。その取組の当事者である力士本人には、自分の勝負判定に異議を申し立てる権限がありません。
2014年、白鵬が挙げた右手
実際の例が、2014年5月場所12日目、結びの鶴竜-豪栄道戦です。
豪栄道のはたきに鶴竜が落ち、軍配は豪栄道に上がりました。5人の勝負審判は動かず、そのまま決まるかに見えたところで、東の土俵下から右手が挙がります。
勝ち残りの控えにいた、横綱・白鵬の手でした。
白鵬はのちに、完全には見えなかったが、まげに少しかかっているのが見えたと語っています。審判が誰も手を挙げていなかったから自分が挙げた、とも述べています。
土俵に上がった5人の勝負審判は、ビデオ室と協議に入りました。鶴竜の師匠でもある井筒審判長は、自分はまったく気づかなかったが、ビデオ室に何度も確認してもらったところ、つかんでいると判断できたと説明しています。
結果は、まげつかみによる豪栄道の反則負け。まげつかみで横綱が反則勝ちとなったのは、これが史上初でした。
幕内で控え力士が物言いをつけたのは、1996年初場所9日目の貴闘力-土佐ノ海戦で貴ノ浪がつけて以来のことです。
参考:日刊スポーツ「鶴竜、横綱初の反則勝ち 白鵬が物言い」(2014年5月22日)/デイリースポーツ「白鵬、圧勝後に勝ち残り控えで物言い」(2014年5月23日)/日本相撲協会「大相撲クイズ No.935」
なお『相撲大事典』は、控え力士は審判委員に異議を申し出て、それを受けた審判委員が挙手する形だと説明しています。この一番では白鵬自身が手を挙げましたが、それを取り上げて協議するのは、やはり審判委員です。
参考:『相撲大事典』第4版、金指基 原著、現代書館
まげをつかむ行為のように、相撲には犯すと反則負けになる禁じ手が定められています。反則については、こちらの記事でまとめています。
元力士から見た「物言い」のリアル
制度の話が続いたので、最後に土俵の上にいた側の感覚を書いておきます。
番付が下の僕らにビデオはありませんから、自分の取組で物言いがついたときも、土俵の上にいる人たちの目だけで、その場で結論が出ます。
冒頭に書いたとおり、少なくとも僕の場合、勝ったか負けたかはたいてい自分でわかっていました。
だから待っている時間は、結果を知る時間ではありませんでした。自分の感覚どおりの判定になるかどうかを、待つ時間です。
花道側に下がって、審判委員が輪になるのを見ている。あの数十秒は、長いようで、何も考えられません。
わかっているのに、決めるのは僕ではないんですよね。
そして、どれだけ納得がいかなくても、土俵の上にいた本人には異議を申し立てる手段がありません。
ひと言もの申したい。そう思った力士は、きっと僕以外にもいるはずです。それでも審判の決定は絶対で、従うほかない。これは規則がどうというより、土俵に上がる者としての実感でした。
だからこそ、控え力士も物言いをつけられるという仕組みには、あとから知って驚かされました。力士の側の目が制度に届く道は、細いながらもちゃんと用意されていたわけです。
あー、それわかるなあ。
勝ったのに、なんか喜びきれないんだよね。
でもさ、そこで後ろめたくなるのって、真面目に相撲を取ってる証拠じゃないかな。
物言いに関するよくある質問
最後に、物言いについて寄せられやすい疑問をまとめておきます。
Q1. 物言いは誰がつけられますか?
A. 土俵下に控える審判委員と、控え力士です。審判委員は挙手して異議を申し立て、そのまま土俵上の協議に加わります。
控え力士も物言いをつけられます。ただし、それを取り上げて協議するのは審判委員で、控え力士は協議に参加できず、決定権も持ちません。
Q2. 行司は物言いをつけられますか?
A. つけられません。行司は協議で自分の見立てを説明できますが、判定は審判委員に一任されています。
行司はどんな場合にも東西いずれかに軍配を上げなければならず、自分の軍配に異議を申し立てる立場にはありません。
Q3. 同体と死に体はどう違いますか?
A. 判定する対象が違います。同体は、両力士がほぼ同時に倒れたり土俵の外に出たりして、勝負がほぼ同時に決したと判断された状態を指します。
一方の死に体は、一方の力士が復元力を失い、逆転できなくなった体勢を指します。
Q4. 物言いがついたら必ず判定が覆りますか?
A. 覆るとは限りません。協議の結果は、行司の軍配どおり・差し違え・取り直しの3つのいずれかで、軍配どおりで確定することもあります。
物言いは「もう一度確かめる」ための手続きであって、ついた時点で判定が誤っていたと決まったわけではありません。
Q5. 幕下以下の取組でもビデオで確認されますか?
A. 行われません。審判長がビデオ室の審判委員と連絡を取るのは十両以上の取組で、幕下以下は土俵上にいる人たちの目だけで判断されます。
僕自身、幕下より下の番付で物言いがついたときに、映像で確認してもらったことは一度もありませんでした。
まとめ
相撲の物言いとは、行司の勝負判定に疑問や異議があるときに、土俵下から異議を申し立てることです。つけられるのは審判委員と控え力士で、行司にその権限はありません。
物言いがつくと審判委員全員が土俵上で協議し、結果は軍配どおり・差し違え・取り直しのいずれかに落ち着きます。協議の内容は審判長が場内に説明し、これは1968年(昭和43年)3月場所から続く形です。
ビデオが判定の参考にされるのは十両以上の取組で、幕下以下では使われません。同じ物言いでも、番付によって判定を支える材料は違います。
そして、その取組の当事者である力士本人には、自分の勝負判定に異議を申し立てる権限がありません。次に物言いがついたときは、輪になった審判委員だけでなく、花道側で結果を待っている2人の表情にも目を向けてみてください。
うむ。物言いとは、行司を疑うための手ではない。
一瞬で決めねばならぬ役目を、幾人もの目で支えるための仕組みだ。
花道側で結果を待つ力士の胸のうちまで見えてくれば、相撲はもっと深く映るぞ。
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