相撲の断髪式では何が行われる?はさみを入れた元力士が当日の流れを解説
両国国技館で行われた関取の断髪式に、招かれて参加したことがあります。受付で渡されたのは、赤い造花でした。垂れ下がった白いリボンに自分の名前を書いて、胸に着けます。
はさみを入れる人は、土俵のまわりに行列をつくって並びます。順番が来たら土俵に上がり、髷にはさみを入れて、また降りる。ずっと土俵の上にいるわけではありません。
土俵に上がると、溜席のお客さんの表情まで見えました。思っていたよりも、お客との距離が近いんだなと感じました。
こんにちは!元力士のしんざぶろうです。
断髪式という言葉は聞いたことがあっても、その日そこで何が行われているのかまでは、なかなか見えてこないと思います。誰がはさみを入れるのか。何人くらいが並ぶのか。女性は土俵に上がれるのか。
この記事では、相撲の断髪式について解説します。
土俵のまわりに並んで、順番を待つんですね。
断髪式は見るものだと思っていたので、参加する側に回る人がいるのが意外でした。
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断髪式と引退相撲は別のもの
断髪式は、引退した力士が大銀杏を切り落とす式です。それを落とすことが、土俵を去ることの区切りになります。
よく混同されるのが「引退相撲」です。引退相撲は取組などを含む興行で、断髪式はその中で行われる催しにあたります。
二つを並べると、こうなります。
| 引退相撲 | 断髪式 | |
|---|---|---|
| 何にあたるか | 一日を通した興行 | 興行の中で行われる催し |
| 行われること | 幕内や十両の取組。以前のライバルとの一番も | 関係者が順番に大銀杏へはさみを入れる |
興行の名前に、この違いがそのまま出ている
日本相撲協会のお知らせには、二つの名義が並んでいます。「〇〇引退〇〇襲名披露大相撲」は、力士会の協力を得て幕内や十両の取組まで行う引退相撲です。「〇〇引退〇〇襲名披露断髪式」は、引退相撲の形を取らずに開く会です。
ただし後者でも、催しが何もないわけではありません。2024年6月の明瀬山の断髪式は引退相撲としての興行ではありませんでしたが、本人の最後の土俵入りがあり、2歳の長男を抱いて土俵に上がっています。最後の一番の相手も、その長男でした。
参考:『裏まで楽しむ!大相撲』ダグハウス編、KADOKAWA、2017年/中日スポーツ「井筒親方、妻へ感謝の断髪式」(2024年6月2日)
お知らせに並ぶ名前を、そこまで見たことはありませんでした。
引退相撲を開く資格があるかどうかは、関取として何場所つとめたかで決まります。
なお、大銀杏がどんな髪型で、ちょんまげと何が違うのかは、別の記事で詳しく書いています。
国技館の土俵で断髪式ができる力士
国技館の土俵に上がって断髪式を行えるかどうかには、決まりがあります。
平成11年(1999年)9月の理事会で、十枚目を一場所以上つとめた力士は、引退に際して国技館の土俵上で断髪式を行えることが決められました。
また、関取で30場所以上をつとめた力士は、断髪式および引退相撲を、力士会の協力を得て行うことができます。
参考:『相撲大事典』第4版、金指基 原著、現代書館
ここでいう「十枚目」は十両のことです。
読み違えやすいのは、これが引退するときの番付を指していないという点です。条件は「十枚目を一場所以上つとめた」なので、十両を一場所でも経験していれば当てはまります。十両まで上がったあとに幕下以下へ落ちて引退した力士も、この条件を満たします。
つまり、できることは番付の経験によって3つに分かれます。
- 関取で30場所以上 … 引退相撲を開く資格がある
- 十両を一場所以上 … 国技館の土俵で断髪式
- 関取になれなかった力士 … 所属部屋など、別の場所で
引退するときの番付で決まるのだと思っていました。
十両を一場所でも経験していれば、というのは意外です。落ちてから辞めた人も、土俵に上がれるんですね。
僕がいた部屋でも、関取にならずに辞めていく力士の断髪は、稽古場で行っていました。紋付袴に大銀杏という正装は同じです。
大銀杏は、原則として十両以上の関取が結う髪型です。ただし幕下以下でも、引退時の断髪式のほか、十両との対戦時、弓取式、初切、床山の練習台では結うことがあります。
関取にならなかった力士が土俵を下りるときに何が起きるのかは、引退後を扱った記事のほうでまとめています。
断髪式はどう進むのか
国技館では、引退する力士が紋付、袴、大銀杏の正装で、土俵の中央に置かれた椅子に座ります。
そこへ、後援者、同期生、他の所属部屋の力士たち、肉親などが次々と髷にはさみを入れていきます。そして最後に師匠が止めばさみを入れ、大たぶさを切り離します。
参考:『相撲大事典』第4版、金指基 原著、現代書館
ここからは、僕が参加したときの話です。
式次第は開催ごとに違いますが、関係者が順番にはさみを入れ、最後に師匠が止めばさみを入れるのが基本的な流れです。
僕が参加した引退相撲では、断髪式は中入りの前に行われました。当日の進行は、こうです。
- ふれ太鼓
- 呼出しによる太鼓
- 相撲甚句
- 十両土俵入
- 髪結い実演
- 十両取組
- 最後の一番(引退する力士の、最後の取組)
- 初切
- ご挨拶
- 断髪式
- 花束贈呈
- 横綱綱締め実演
- 櫓太鼓打分実演
- 中入
- 幕内土俵入、横綱土俵入
- 幕内取組
- 弓取式
- 御挨拶
- 千穐万歳
午前中に始まって、十両の取組や実演が進み、引退する力士の最後の一番があって、そこで断髪式です。
髷を落として終わり、ではありません。そのあとに中入りをはさんで、幕内の取組が組まれていました。弓取式まであります。
はさみを入れる側は、ずっと土俵の上にいるわけではありません。受付で赤い造花を渡され、白いリボンに名前を書いて胸に着けたら、土俵のまわりに行列をつくって待ちます。順番が来たら上がってはさみを入れ、また降りる。その繰り返しです。
土俵には赤いじゅうたんが敷かれていました。上がって振り返ると、溜席のお客さんの顔が見えます。
付き人をしていた関取の断髪式でした
その日に髷を落としたのは、僕が付き人をしていた関取です。ここからは、土俵の下で順番を待っていたときの話をします。
付き人をしていたころは、いちばん脂が乗っている時期で、力強い相撲を取る人でした。だから最後の一番を見たときは、引退するのだから当然とはいえ、やはりこれで最後なんだなと実感しました。さみしさもありました。いつまでも強い関取のままだという印象が、自分の中に残っていたからです。
ところが、いざ自分の番が近づくと、それどころではありませんでした。
並んでいる列には有名人もいて、自分は場違いなのではないかという気がしてきます。
自分がはさみを入れるなんて恐れ多い。いいのかな。
そんなことを考えながら、土俵に上がりました。
そして、はさみはほんの少しだけ入れました。後ろにはまだ長い列が続いています。切りすぎたら、あとの人が切る分がなくなってしまう。そう思ったからです。
自分の番のことで頭がいっぱいになりそうなのに、後ろに並ぶ人のことまで考えるんですね。
恐れ多いと思いながら、手は加減している。そこが不思議でした。
何人がはさみを入れるのか
行列ができるのは、はさみを入れる人の数が300人を超えることもあるからです。
| 力士 | 開催 | はさみを入れた人数 |
|---|---|---|
| 千代大海 | 2010年10月・両国国技館 | 約360人 |
| 松鳳山 | 2023年2月・両国国技館 | 約400人 |
| 照ノ富士 | 2026年1月・両国国技館 | 約330人 |
参考:日本経済新聞「断髪式で涙止まらず 元大関千代大海が引退相撲」/西スポWEB OTTO!「元小結の松鳳山が断髪式 土俵の下にできた順番待ちの行列」/デイリースポーツ「照ノ富士断髪式に豪華著名人 約330人が参加」
一人あたりが切る量は、ほんのわずかです。これだけ多くの人がはさみを入れるので、髷は少しずつしか短くなりません。最後に師匠の止めばさみが入って、ようやく大たぶさが離れます。
一人が土俵にいる時間は、ほんの短いあいだです。
それでも何百人と続くので、列はなかなか前に進みません。
女性はどこではさみを入れるのか
土俵は女人禁制です。そのため、女性の参加者は土俵に上がってはさみを入れることができません。
では、どうするのか。土俵脇や、土俵の外に設けた台や階段からはさみを入れます。実際に、二つの形が記録に残っています。
- 土俵の外の階段から … 元小結・松鳳山(2023年2月)
- 土俵脇から … 元横綱・照ノ富士(2026年1月)
松鳳山の断髪式では、100人を超える女性の参加者が土俵に上がれないため、土俵の外に設置した階段に順番待ちの長い列ができました。松鳳山が階段の前まで移動し、女性は階段の上からはさみを入れています。
照ノ富士の断髪式では、女性の出席者は土俵脇からはさみを入れました。階段を使うのか、土俵脇に寄るのかは、その日の設えによって変わります。
参考:西スポWEB OTTO!「元小結の松鳳山が断髪式 土俵の下にできた順番待ちの行列」(2023年2月11日)/デイリースポーツ「照ノ富士断髪式 土俵脇から丁寧にハサミを入れる」(2026年1月31日)
土俵に上がらなくてもはさみを入れられるように、その日の会場に合わせて形を作るんですね。
階段のときもあれば、土俵脇のときもある。ひとつのやり方に決まっていないのが意外でした。
見に行けるのか、いくらかかるのか
断髪式は、チケットを買って見に行くことができます。料金は、力士や開催の形、席の種類によって違います。
一例として、2024年6月に国技館で行われた明瀬山の断髪式は、こういう設定でした。
- 自由席 1名 10,000円
- 高校生から18歳まで 5,000円
- 中学生以下は無料(保護者同伴)
- 当日券の販売もあり
見に行くことと、はさみを入れることは別
チケットを買っても、土俵に上がれるわけではありません。はさみを入れるのは後援者、同期生、他の所属部屋の力士たち、肉親など、その力士と縁のある人たちです。
ただし、はさみを入れる体験を含む特別なプランが売り出されることもあります。白鵬の断髪式では、入鋏体験(1名)とVIP専用ラウンジの利用、襲名披露宴への招待、後日の個別食事交流会などを組み合わせた1組2名のプランが、500万円で抽選販売されました。
参考:デイリースポーツ「白鵬の断髪式 500万円の特別体験プログラム販売」(2022年12月23日)
僕に声がかかったのは、その関取の付き人をしていたからです。
同じ会場にいても、席で見ている人と、造花を渡される人がいます。
国技館の土俵で行われるようになったのは戦後から
いまでは国技館の土俵で行うのが当たり前のように見えますが、この形は古いものではありません。
国技館の土俵上で断髪式が行われたのは、昭和21年(1946年)11月の第35代横綱・双葉山が最初です。それ以前は、所属部屋で断髪するのが習慣でした。
大正3年(1914年)に引退した第19代横綱・常陸山は、引退相撲こそ国技館で行いましたが、断髪式は自分の出羽海部屋で済ませています。
土俵の上で髷を落とす形は、戦後になってからのものじゃ。
それまでは部屋の内で済ませておった。人に見せる式ではなかったのだな。
断髪式に関するよくある質問
断髪式について調べていると出てくる疑問を、まとめてお答えします。
Q1. 断髪式と引退相撲は何が違うのですか?
A. 断髪式は大銀杏を切り落とす式そのもので、引退相撲は力士会の協力を得て取組まで行う興行です。引退相撲の中で断髪式が行われます。引退相撲の形を取らずに断髪式を開く場合もあり、日本相撲協会のお知らせでも「〜襲名披露大相撲」と「〜襲名披露断髪式」で名前が分かれています。
Q2. 一般の人でもはさみを入れられますか?
A. はさみを入れるのは、後援者、同期生、他の所属部屋の力士たち、肉親などです。観覧のチケットを買っただけでは、土俵に上がることはできません。ただし、入鋏体験を含む有料のプランが売り出されることもあります。
Q3. 女性は土俵に上がってはさみを入れられますか?
A. 土俵は女人禁制のため、上がることはできません。土俵脇や、土俵の外に設けた台や階段からはさみを入れます。どういう形になるかは、断髪式によって違います。
Q4. 切り落とした髷はどうなるのですか?
A. 師匠の止めばさみで切り離されるのは、髷のうち「大たぶさ」と呼ばれる部分です。切り離したあとの扱いについては、出典に使える資料で確認できていないため、この記事では書いていません。
Q5. 関取にならずに引退した力士は、断髪式をしないのですか?
A. 国技館の土俵で行うことはできませんが、所属部屋など別の場所で行われます。僕がいた部屋では、稽古場で行っていました。
まとめ
断髪式は、引退した力士が大銀杏を切り落とす式です。国技館の土俵で行えるのは十両を一場所以上つとめた力士で、関取で30場所以上なら引退相撲を開く資格もあります。関取にならなかった力士は、部屋などで髷を落とします。
当日は、紋付袴に大銀杏という正装で椅子に座った力士のもとへ、大勢が次々とはさみを入れていきます。300人を超えることもあります。女性は土俵に上がらず、土俵脇や、外に設けられた台から切ります。そして最後に、師匠の止めばさみで大たぶさが離れます。
僕も、その行列に並んだ一人でした。順番を待つあいだ、前の人が上がっては降りていくのを、ずっと見ていたのを覚えています。
髷が短くなっていく時間は、思っていたよりもゆっくりでした。
髷が落ちるまでに、これだけの人の手が入る。
一人ひとりが少しずつしか切らぬのは、後ろに続く者がいるからだ。
土俵を下りる日もまた、独りではないのだな。


















