相撲のてっぽう(鉄砲)は腕だけじゃない?やり方と効果を元力士が解説
現役のころ、取組が近づくと、順番を間違えないように花道で待っていました。花道まで出てしまえば、支度部屋の鉄砲柱へ戻るわけにはいきません。
それでも、土俵に上がる直前まで体の動きを確かめておきたい。そこで僕は、目の前にある花道の壁を、鉄砲柱の代わりにしていました。
てっぽうは、稽古場で柱を突いて終わる稽古ではありません。土俵に上がる直前まで、体で確かめておきたい動きでした。
こんにちは!元力士のしんざぶろうです。
てっぽうとは、鉄砲柱に向かって左右の突っ張りを繰り返す稽古です。稽古場の映像で、力士が太い柱を手のひらで突いている場面を見たことがある方もいると思います。
では、柱を叩いているように見えるあの動きは、何のための稽古なのでしょうか。
この記事では、てっぽうはどんな稽古なのか、なぜ腕だけの稽古ではないのか、花道の「テッポウ厳禁」の張り紙は何のためにあるのかを、柱を突いてきた僕自身の経験も交えて解説します。
中継に映る「テッポウ厳禁」の札、ずっと気になっていたんです。
柱を突く稽古と花道の壁がどうつながるのか、続きを読むのが楽しみです。
てっぽうとは?鉄砲柱に向かって突っ張りを繰り返す稽古
てっぽうは、稽古場の隅に立つ鉄砲柱を相手に、右手、左手と交互に突いていく稽古です。
実際に柱を突いている姿は、以下の田子ノ浦部屋の映像でも見られます。
映っているのは、田子ノ浦部屋の公式チャンネルが投稿した約8秒の映像です。髙安関が鉄砲柱に向かって突っ張っています。
見るときは、右手と左手がどんな順番で柱に当たっているかに目を向けてみてください。
映像を見ると、太い柱を手のひらで叩いているように見えますね。あんなに硬そうなものを素手で突いて、手は痛くならないのかな、と思ってしまいました。
右、左と順番に当てているのは分かったんですが、私には腕の稽古に見えました。
鉄砲柱はヒノキの丸太
鉄砲柱は、太いヒノキの丸太です。節のない材を使い、地中に約1メートル埋めて、地上に2〜3メートルを出します。
相撲部屋の稽古場には、中央に土俵があり、一方の隅にこの鉄砲柱が立っています。力士はこれに向かって、突きや突っ張りの稽古をします。馬力のある力士が突くと、柱が壊れることもあります。
また、相手になるのは柱に限りません。稽古場の壁板に向かって突っ張りの稽古をすることもあります。こちらも同じくてっぽうです。
参考:『相撲大事典』/『裏まで楽しむ!大相撲』
四股と並ぶ基本稽古
てっぽうは四股と並ぶ相撲の伝統的な基本稽古で、稽古に先立って四股・鉄砲・すり足・股割りなどを行い、体を慣らして温めます。
そう聞くと準備運動の一つのように思えますが、中身は突き・押しの稽古です。相撲の技の基本である突きと押しを、柱を相手に繰り返して身につけます。
参考:日本相撲協会/『全部わかる大相撲ガイド』
てっぽうのやり方は、腕だけでなく腰と足も動かす
映像を見ると、柱を突く手に目が行きます。しかし、てっぽうで動かしているのは腕だけではありません。
右手で突くときは、右腰と右足を入れる
てっぽうの動きを順番に分けると、次のようになります。
- 脇を締める|両脇をしっかり締めて柱に向かう
- 腰と足を入れる|右手で突くときは右腰を入れ、同時に右足を前へ入れる
- すり足で運ぶ|足裏を地面から離さず、すり足で前へ運ぶ
- 左右を繰り返す|左手のときは左腰と左足。これを何度も繰り返す
参考:『相撲大事典』/『裏まで楽しむ!大相撲』/『全部わかる大相撲ガイド』
手を出す。同じ側の腰と足が、一緒に前へ出る。柱を突いているのは手でも、動いているのは手だけではありません。
腰を落として安定した体勢で行い、すり足で前進と後退を繰り返します。手を出した回数と同じ数だけ、足も運んでいる稽古です。
攻めるときの手と足を一緒に覚える
では、なぜ手と足を一緒に動かすのでしょうか。てっぽうは、攻めるときの足の運びと手の動きの基本を身につける、欠かせない稽古だからです。
参考:『相撲大事典』
僕が入門したころ、師匠の指示で兄弟子がてっぽうを教えてくれました。そのときに教わったのも、同じことです。てっぽうは柱を相手に突っ張りの稽古をするもので、攻めるときの足の運びと手の動きの基本を身につける。そう教わって、そのとおりにやっていました。
最初に教わったことを忠実にやっていたので、足の運びを直されたことは特にありません。とはいえ、一度教わったら終わり、という稽古でもありません。同じ動きを繰り返して、体に覚えさせていくものです。
教わったとおりに繰り返していても、疲れてくると手だけが先に出てしまうこともあるんだよね。そういうときは腰が後ろに残っていて、足も付いてこない。
手だけじゃなくて、足まで一緒に出せているか。それを毎回確かめる稽古なんだよ。
元力士は、てっぽうをどうやっていたか
ここからは、現役のころの僕が、てっぽうを稽古の中にどう組み込んでいたかの話です。部屋によって違いがあります。僕が過ごした部屋での形として読んでください。
稽古の前は、四股などと合わせて30分
朝の三番稽古に入る前に、基本動作をまとめてやっていました。四股を100回程度、それに伸脚(しんきゃく)・股割り・すり足・てっぽうを合わせて、30分くらいです。
この30分は重点的にやっていました。稽古に先立って基本動作で体を慣らすという流れは、僕の部屋でも同じだったわけです。
このうち四股については、回数や踏み方を別の記事で詳しく書いています。
稽古のあと、四股に続けて100回が自分の決まりだった
稽古前の30分とは別に、自分で決めた流れもありました。
僕のいた部屋では、三番稽古や申し合いのあと、ぶつかり稽古で締めていました。そのあと、下半身の負荷が残った状態で四股を踏んで追い込み、四股が終わったらてっぽう、という順番です。
やるときは、左右合わせて100回が目安。30分くらい集中してやっていました。
ぶつかり稽古で稽古を締める流れは、別の記事で書いています。
それでも、なかなか時間を作れなかった
ここまで書くと、毎日きちんと100回やっていたように読めるかもしれません。実際はそうではありませんでした。ここからも、現役のころの僕の話です。
兄弟子からの頼まれごとや雑用が多く、稽古中でも自分の鍛錬に集中できないことがありました。兄弟子の準備運動を手伝ったり、ちゃんこ番に入っていれば米研ぎや食材の在庫チェック、買い出しをしたりします。
そのため、四股のあとにてっぽう100回、と決めてはいても、自分の鍛錬だけの時間はなかなか作れませんでした。
こうした雑用も含めた一日の流れは、幕下以下の生活をまとめた記事で書いています。
痛くなったのは手より肘だった
硬い柱を何度も突いて、手は痛くならないのか。そう思う方もいるかもしれません。僕の場合、続けているうちに手のひらは厚くなっていきました。
むしろ痛くなったのは、肘です。腕の曲げ伸ばしを何度も繰り返すので、肘に来ることがあったんです。
上手い下手より、体に覚えさせる稽古
てっぽうは、上手い下手を競うというより、正しい動きを繰り返して体に覚えさせる稽古だと僕は考えています。中心にあるのは基礎の部分です。
そこに、柱を相手に見立てたイメージトレーニングの要素も加わります。本場所の取組前になると、このイメージトレーニングの要素が大きくなります。
どちらにしても、「これだけやれば習得」という区切りはありません。続けているうちに、体が勝手に動くようになる。そこまで覚えるための稽古だと、僕は思っています。
てっぽうにはどんな効果があるのか
てっぽうで繰り返しているのは、攻めるときの手と腰と足の動きです。同じ動きを何度も重ねて、体に覚えさせていきます。
では、それで強くなったのか。てっぽうだけで強くなった、とは言えません。いろいろな稽古が重なって、結果として出てくるものだからです。
それでも、足腰や腕の力はついていたと思います。腰を落として足を運び、腕で柱に衝撃を与える。負荷のある動きを、何度も繰り返していたからです。
これだけやれば大丈夫、という線がないのは、ちょっと不安になりますね。私なら回数を決めて、達成したら終わりにしたくなります。
でも、ジムでも腹筋だけでお腹は割れないって言われるので、何かひとつで強くなるわけじゃないという話は、少し分かる気がします。
「テッポウ厳禁」の張り紙はなぜあるのか
てっぽうにまつわるものは、稽古場の外にもあります。本場所の会場です。
地方場所のテレビ中継では、花道の奥に「テッポウ厳禁」と朱で書かれた札が映ることがあります。会場の通路によく貼られている張り紙で、同じ柄の「テッポウ厳禁タオル」は、日本相撲協会の公式グッズにもなっています。
僕も見たことがあります。記憶では、地方場所だけでなく国技館にもあったと思います。
花道で待つあいだ、壁を鉄砲柱の代わりにしていた
なぜ、こんな張り紙が必要になるのか。僕自身には、思い当たることがあります。
取組が近づくと、自分の順番を間違えないように花道で待ちます。全員の顔と名前が分かるわけではないので、アナウンスや行司、呼出しの声から名前を聞き取って、自分の順番を逆算していました。
「大丈夫だよな」
心配性だったので、間違っていないと分かっていても不安はつきまといます。自分の前が同期生や同じ部屋の力士だと、その人を見ていればいいので安心でした。
花道で待っているあいだは、支度部屋の鉄砲柱を使えません。それでも、土俵に上がる直前までシミュレーションはしておきたい。そこで、目の前にある花道の壁を鉄砲柱の代わりにして、順番を待ちながら突いてしまうんです。
柱でなくても、直前まで体で確かめたくなる。てっぽうは、それくらい体に染みついた動きでした。一種の職業病だと思います。
理由は、壊れることと汚れること
では、なぜ厳禁なのか。ここからは僕の推測です。理由は2つあると思います。
- 壊れる|花道の壁や柱は、もともと、てっぽうのために用意されたものではない
- 汚れる|壊れなくても、手のひらで何度も突けば汚れて、見た目が悪くなる
どちらも、てっぽうをするために作られた場所ではないから、ということだと思います。
出番が近づくと、じっと立っていられなくて、体のどこかを動かしておきたくなるんだよね。手が目の前の壁に向かうのは、僕にも分かるなぁ。
壊れるとか汚れるとかは、突いているときには頭にないんだよ。頭にあるのは次の一番だけだからね。
てっぽうに関するよくある質問
てっぽうは、映像を見ても分かりにくいところのある稽古です。本文で触れきれなかった点を、質問の形にしました。
Q1. てっぽうは1日に何回やるのですか?
A. 部屋や人によって違うので、僕の場合の話です。稽古のあと、四股に続けてやるときは左右合わせて100回を目安に、30分くらい集中してやっていました。
ただ、兄弟子の準備運動の手伝いやちゃんこ番の雑用があって、その時間はなかなか作れませんでした。
Q2. 一般の人がやっても効果はありますか?
A. 足腰や腕に負荷がかかる動きではあります。動きの感覚をたとえるなら、腰を落として足を運ぶところはすり足とスクワットの繰り返し、柱を突く腕は斜めの腕立て伏せの繰り返しに近いと思います。
ただ、一般の人がやってどれくらい力がつくかは、僕の経験だけでは言い切れません。力士の場合も、てっぽうだけで強くなるわけではなく、ほかの稽古と重なって結果に出てくるものです。
Q3. 鉄砲柱がないとき、何で代わりにしますか?
A. 僕は引退してから、まともにてっぽうをやっていません。一度、公園の木でやってみたことはあります。
ところが、木がごつごつしていて手のひらが痛い。地面も凸凹でやりづらい。この環境では効果が薄いと思ってやめました。何より、人の目が気になります。
家の壁は勧めません。傷んだり汚れたりするからです。
Q4. 張り手とは何が違うのですか?
A. 別のものです。てっぽうは、柱に向かって突っ張りを繰り返す稽古の名前です。張り手は、開いた手のひらで相手の顔などを張る、取組の中の技です。
張り手については、別の記事で書いています。
Q5. 雷電の禁じ手の「鉄砲」と同じものですか?
A. 使い方が違います。鉄砲という言葉には、稽古としての鉄砲のほかに、攻防の中で見られる両手突きという意味もあります。雷電の禁じ手として語られる鉄砲も、取組の中で使う技としての鉄砲で、稽古のてっぽうとは別のものです。
参考:『相撲大事典』
雷電の禁じ手は、言い伝えとして語られてきた話です。詳しくは、別の記事で書いています。
Q6. 四股とてっぽうは、どちらが大事ですか?
A. どちらも基本で、手を抜けない稽古です。相撲界には、基本に忠実な四股が踏めれば十両、理にかなった鉄砲ができれば幕内、という教訓があります。
基本とはいえ、それだけ難しく重要だという意味です。
参考:『相撲大事典』
まとめ
中継で力士が柱を突いている姿は、腕を鍛えている動きに見えていたかもしれません。読み終えたあとは、手が出るたびに腰と足も前へ出ているところまで、目に入ってくると思います。
僕にとって、てっぽうは稽古場で回数をこなして終わるものではありませんでした。順番を待つ花道で壁を突いていたのは、取組の直前まで、あの動きを体に残しておきたかったからです。
次の地方場所で朱色の札がテレビに映ったら、その壁の前で出番を待っていた力士たちのことも、少し思い浮かべてみてください。
数を決めて始めるのはいい。だが、数で終わる稽古ではないな。
柱の前で重ねた動きが、花道でも、土俵でも、考える前に出てくる。
てっぽうは、そこまで積み上げていく稽古だ。
いまはその『相撲』が楽天マガジンの読み放題に入っていて、1冊買うより安く読めます。
- 1952年創刊、日本相撲協会の機関誌
- 本場所前に展望号、本場所後に総決算号が刊行。場所ごとの流れを追える
- 4,000誌・15,000冊以上が読み放題。バックナンバーも対象
- 無料期間のあとは自動更新(Webからの申し込みは月額597円・税込、アプリからは月額710円・税込)。電子版は一部の記事・写真と別冊付録が非掲載


















