翠富士はなぜ小さくても強い?174cmの元力士が解説
翠富士関(みどりふじ)は、身長174センチという小さな体で幕内前頭筆頭まで上がった力士です。正面から押す相撲に加えて、肩透かしのように相手の動きを利用する技も持っています。
僕も身長は174センチなので、現役時代の自分と比べてしまい、こういう相撲を取れば関取に上がれたのかもしれないなぁと思ってしまいます。
こんにちは、元力士のしんざぶろうです。
大相撲には、他の競技にはない特徴があります。体重による階級が存在しない、完全な無差別級だということです。
そして、大相撲の醍醐味の一つで会場が盛り上がるのが、小さな力士が大きな力士に勝つ姿ではないでしょうか。
翠富士の強さは、押しや寄りだけに頼らず、技の選択肢を持っているところにあります。
この記事では、そんな小兵で会場を沸かす人気力士「翠富士」について、174センチで土俵に上がっていた僕自身の経験も交えながら解説します。
174センチって、力士の中ではかなり小さいほうなんですね。
それで前頭筆頭まで上がったというのが、ちょっと想像できません。
大きい相手と、どう戦っていたんだろう♪
翠富士はどんな力士か
翠富士は、静岡県焼津市の出身で、伊勢ヶ濱部屋に所属する力士です。
まずは、どんな相撲を取るのかを見てください。日本相撲協会の公式チャンネルでは、翠富士が新入幕で技能賞を受賞した際の活躍を特集しています。
翠富士の代名詞ともいえる「肩透かし」をご覧ください。
相手が前へ出てきたところで体をすっと開き、肩透かしを決めています。
自分から力任せに倒しにいくというより、相手が前へ出ようとする力を利用して崩しているのが、翠富士の相撲の面白いところです。
動画には、同じ伊勢ヶ濱部屋の師匠だった元横綱・旭富士の肩透かしも収録されています。
さらに、安治川親方(元安美錦)とのインタビューもあり、土俵上とは少し違った翠富士の人柄を見ることもできます。
へぇ〜、こうやって並べて見ると、翠富士関の肩透かしは形が決まってるんだね。
相手が出てくるところに合わせて、体をすっと開いている。
小さい体でも、相手の力をうまく使えば勝負できるんだなあ。
翠富士は2016年9月場所で初土俵を踏み、2026年7月場所千秋楽までに幕内を通算27場所務めています。
ここから、プロフィールやこれまでの歩みをもう少し詳しく見ていきましょう。
プロフィール
基本となる情報をまとめました。番付や体重は場所ごとに変わります。
■翠富士 一成(みどりふじ かずなり)
〇2026年7月場所千秋楽時点
- 本名:庵原 一成(しこ名履歴:庵原 → 翠富士)
- 生年月日:1996年(平成8年)8月30日
- 出身地:静岡県焼津市
- 所属:伊勢ヶ濱部屋
- 番付:東十両八枚目(2026年7月場所)
- 身長・体重:174.0センチ/112.0キロ
- 得意技:押し・肩透かし
- 初土俵:2016年(平成28年)9月場所
- 新十両:2020年(令和2年)3月場所
- 新入幕:2021年(令和3年)1月場所
- 最高位:前頭筆頭/三賞1回(技能賞)/金星0
- 生涯戦歴:364勝316敗30休(59場所)
- 幕内戦歴:182勝193敗30休(27場所)
静岡・焼津から角界へ
翠富士が相撲を始めたのは7歳のときです。焼津市の出身で、伊勢ヶ濱部屋の門を叩きました。
初土俵は2016年(平成28年)9月場所。そこから3年半ほどで新十両に上がっています。
そして新入幕となった2021年(令和3年)1月場所で、いきなり技能賞を受賞しました。三賞の受賞は、2026年7月場所千秋楽時点でこの1回です。
結婚と家族
翠富士は2023年3月に婚姻届を提出し、2024年2月14日に東京・富岡八幡宮で結婚式を挙げました。
相手は後援会関係者の娘さんで、出会いは翠富士が入門1年目のころの部屋のパーティーです。当時は顔見知り程度だったといいます。
交際が始まってからプロポーズまでは3カ月でした。本人はその早さを「スピード相撲なので」と話しています。挙式のときには長女もお披露目されました。
入門1年目に顔見知りだった方と、後から結婚されたんですね。
プロポーズまで3カ月って、たしかにスピード相撲だなあ。
ご本人の言い方が、ちょっと面白いです♪
174センチで相撲を取る難しさ
前頭筆頭という最高位以上に目を引くのが、174センチという身長です。翠富士は、幕内の平均から40キロ以上軽い体で土俵に上がっています。
幕内の平均とどれだけ違うか
日本相撲協会の公式プロフィールから幕内力士42名を集計し、翠富士の数値と並べました。
※スマートフォンでは、表を横にスクロールできます
| 項目 | 幕内の平均 | 翠富士 | 差 |
|---|---|---|---|
| 体重 | 159.8キロ | 112.0キロ | 約48キロ軽い |
| 身長 | 184.7センチ | 174.0センチ | 約11センチ低い |
※幕内の平均は2026年8月9日時点、翠富士の数値は2026年7月場所千秋楽時点
48キロという差は、僕が引退したときの体重96キロのちょうど半分です。それだけの重さがある相手と、毎回ぶつかることになります。
174センチで相撲を取るということ
数字で見た差は、土俵の上ではどう出るのか。174センチで大きな相手と当たると何が起きるのか、現役のころの僕の感覚です。
大きい相手と当たるとき、まず困ったのが、まわしをどんな体勢からでも取られてしまうことでした。
というのも、相手の懐に潜っても、上からまわしを取られてしまうからです。そのため、いくら寄っても力の伝わりが半減してしまい、残られてしまう。
逆に、相手に差されてしまえば、体が浮いて残すことができません。
かといって、前傾で姿勢を低くして突き押ししても、土俵際で叩きや引き落としでかわされます。圧倒的に不利でした。
どれを選んでも、行き先が塞がっていきます。
「正解がわからなかった」
現役のあいだ、そう思いながら土俵に上がっていました。
それでも勝てたパターン
不利なことばかり書きましたが、勝ちにつながっていた形もあります。身長の差を埋めていたのは技術でした。
まわしを取られると不利になるので、相手のまわしを切る(つかまれているまわしの手を離させる)ことを意識していました。この技術については、兄弟子にも評価されていた部分です。
僕の勝ちパターンは、次のような形です。
- 相手に取られたまわしを切る
- 自分だけが相手のまわしを取る
- 有利な形を作って、そのまま寄る
つまり僕なりに、体格差を技術で補おうとはしていたんです。ただ、その方法はあくまで正面から組んで勝つための技術でした。
兄弟子からは「本当にソップ型だな」「もっと飯を食べろ!」とよく言われていましたが、結局、大きな相手との体格差そのものを埋めることはできませんでした。
今になって翠富士の相撲を見ると、そこに僕との違いを感じます。
僕は体格差があっても正面から勝てる形を作ろうとしていた。一方の翠富士は、正面から戦うだけでなく、相手の動きを利用する技まで勝つための選択肢にしています。
この違いは大きかったのだと思います。
まわしを切って、自分だけが取る形を作る。
これも小さい力士が大きい相手と戦うための立派な技術なんだよね。
ただ、翠富士関を見ると、そこからさらに相手の動きまで利用してる。
同じ小兵でも、戦い方はいろいろあるんだなあ。
なお、幕内力士の平均体重については、現役力士を一人ずつ集計した記事があります。僕自身の増量の記録もそちらに書きました。
翠富士はなぜ小さくても強いのか
体格の不利をどう埋めるかという話をしてきましたが、翠富士の場合、その答えが決まり手にはっきり出ています。正面から寄る相撲と、相手の力を利用する相撲が同居しています。
決まり手の実データ
直近6場所は75取組で36勝(2026年7月場所千秋楽時点)。その36勝の決まり手の内訳が、翠富士の相撲を数字で表しています。
※スマートフォンでは、表を横にスクロールできます
| 決まり手 | 36勝に占める割合 |
|---|---|
| 寄り切り | 25パーセント |
| 押し出し | 14パーセント |
| 肩透かし | 14パーセント |
| その他 | 47パーセント |
寄り切りが4分の1を占めています。その一方で、肩透かしも押し出しと同じ割合を占めています。
残る47パーセントは、この3つ以外の決まり手です。36勝のうち半分近くを、上位3つ以外の技で挙げていることになります。
決まり手が一つの型に固まっていないことが、数字にも出ています。
肩透かしは、差し手で相手の腕のつけねを抱えるか脇に引っかけて前に引き、体を開きながらもう一方の手で肩などを叩いて引き倒す技です。僕の感覚では、相手が前へ出てくる力を利用しやすい技でもあります。
冒頭の動画で見た肩透かしは、この14パーセントのほうです。
肩透かしは、39手を試して見つけた技
翠富士が肩透かしを覚えたのは、力士になる前のことです。
小中学生のころに通っていた静岡県焼津市の大島道場には、基本技以外の投げや掛け、ひねりなど39手の決まり手が書かれた黒板がありました。同世代の仲間と稽古をしながら、その技を一つずつ試したといいます。
いちばんはまったのが、肩透かしでした。
本人はこう話しています。
「いちばん最初に覚えた技。昔から得意だったけど、安治川親方(元関脇安美錦)にも必殺技と言ってもらえるようになってうれしい」
元力士が届かなかったもの
翠富士の相撲を見ていると、僕が現役のころに手を出さなかった取り口を思い出します。
僕の立合いは真正面からでした。相手が大きいとわかればわかるほど、全力で行きます。
師匠から、押すことを基本にしろと教わっていました。その教えには「技はあとから覚えられる」という続きがあります。
その一方で、本場所では何でもやれとも言われていました。
押すことは守っていたと思います。ただ、技を覚えるほうを、やっていませんでした。
技は自然とできるようになる。どこかでそう錯覚していた気がします。
今考えれば、的が小さいぶん、相手の攻め手を利用する取り口のほうが向いていたはずです。とったりや、それこそ肩透かしのような技です。
引き技は逃げているように見える。そう思っていたのは事実です。
ただ、あとから思えば、研究しなかったことの言い訳だったのかもしれません。
本場所では行き当たりばったりで、その場その場のギャンブルみたいな相撲を取っていた気さえします。
ちなみに、肩透かしという技そのものについては、稽古で食らったときの感覚も含めて別の記事にまとめました。
また、僕が覚えておけばよかったと書いた「とったり」も、禁止技なのかという疑問から掘り下げています。
心不全から戻ってきた翠富士
取り口の話が続きましたが、翠富士の番付にはもう一つ大きな出来事があります。2026年3月場所を心不全で全休し、幕内から十両へ番付を下げました。
その後、5月場所から復帰しています。
2026年3月場所を全休するまで
春場所前の稽古で、翠富士は息苦しさを訴えました。場所前まで入院し、東京に戻って静養しました。
日本相撲協会は3月6日付の診断書を公表しました。診断書には「心不全で今後約1カ月精査治療を予定しており、3月場所は休場となる」とありました。休場については、伊勢ヶ濱部屋が協会広報部を通じて説明しています。
休場から復帰までの経過は、次のとおりです。
- 3月場所:全休
- 4月中旬:稽古を再開
- 4月28日:相撲を取り始める
- 5月場所:初日から出場
参考:日本経済新聞/秋田魁新報(共同通信配信、2026年3月11日)
本人が語ったこと
夏場所前の力士会で、翠富士は自分の体についてこう話しています。
「心臓自体は別に悪くなかったんで。酒の飲み過ぎと高血圧」
これは翠富士本人による説明です。公表された診断書に書かれていたのは心不全という傷病名で、原因として飲酒や高血圧が示されたわけではありません。
そのうえで、番付についてはこう語っています。
「(幕下に)落ちてでも、しっかり万全の状態を取り戻したい」
参考:中日スポーツ
番付の推移
休場によって番付がどう動いたのかを見てください。
※スマートフォンでは、表を横にスクロールできます
| 場所 | 番付 | 成績 |
|---|---|---|
| 2025年9月 | 東前頭九枚目 | 7勝8敗 |
| 2025年11月 | 東前頭九枚目 | 6勝9敗 |
| 2026年1月 | 東前頭十二枚目 | 6勝9敗 |
| 2026年3月 | 東前頭十五枚目 | 0勝0敗15休 |
| 2026年5月 | 西十両十枚目 | 9勝6敗 |
| 2026年7月 | 東十両八枚目 | 8勝7敗 |
関取が番付を下げたとき、部屋で何が起きるか
番付が動くと、部屋の中でも動くものがあります。ここからは、僕が現役のころに部屋で見た話です。
十両から幕下へ落ちる場面は見ていませんが、幕内から十両へ落ちた関取なら、僕のいた部屋にもいました。
そのとき、周りにいた僕にも戸惑うことがいくつかありました。
- どのように接すればよいのか迷う
- 付き人の割り当てがあるため、自分の立場も読めない
- 番付発表の日に、部屋での役割も変わる
それぞれ、当時の状況をもう少し詳しく振り返ります。
■ 十両へ番付を落とした関取との距離感に迷った
そのとき悩んだのが、他の関取衆がいる中で、どのように接すればよいのかということです。
部屋の中では、その話題自体がタブーのような雰囲気もあり、誰かに相談することもできませんでした。
かといって、他の幕内の関取と同じ扱いもできません。番付を下げたとはいえ関取なので、ないがしろにもできない。
どう接するのが正解なのか、わからなかったんです。
■ 自分の立場も読めなかった
気を使った理由は、遠慮だけではありませんでした。
付き人の割り当ては師匠の采配で決まるので、いつその関取の付き人になるかわかりません。
そのため、相手との距離感だけでなく、自分が今後どんな立場になるのかも読めませんでした。
■ 番付発表の日に役割も変わる
僕のいた部屋では、番付発表の日に、番付に応じた役割が張り出されていました。ちゃんこ番や付き人などです。
つまり、番付が下がると、その日のうちに部屋での役割まで変わります。
番付は、土俵上の順位だけではありません。部屋の中での立場や役割まで動かすものだったんです。
うむ。番付は、ただの順位ではない。
一枚変わるだけで、付き人やちゃんこ番など、部屋での役割まで変わる。
だからこそ、周りの者もどう接するべきか迷うのだな。
なお、番付そのものの仕組みがつかめないという方は、階級のイメージから入るとわかりやすいと思います。
翠富士の素顔
番付や体の話が続きましたが、翠富士には土俵の外の顔もあります。好きな食べ物から座右の銘まで、本人の答えが公開されています。
■翠富士の力士アンケート
- 相撲を始めた年齢:7歳
- 好きな食べ物:ハンバーグ、魚
- 趣味・マイブーム:尊富士
- 好きな音楽:平戸海のRising Sun
- 好きなテレビ・YouTube:東海オンエア
- 座右の銘:やればできる
- 相撲界で自分がナンバーワンだと思うこと:ラーメンを食べる早さ
座右の銘は「やればできる」。そして、相撲界で自分がナンバーワンだと思うことを問われて挙げたのが、ラーメンを食べる早さでした。
趣味の欄に他の力士の名前を書くって、ちょっと可愛いですね。
好きな音楽も「平戸海のRising Sun」なんですね。
ナンバーワンがラーメンの早さっていうのも、なんだか力士らしくて好きです♪
翠富士に関するよくある質問
翠富士について調べていると出てくる疑問を、まとめてお答えします。
Q1. 翠富士の読み方・本名・年齢・出身地は?
A. 翠富士一成は「みどりふじ かずなり」と読みます。本名は庵原一成さんです。1996年(平成8年)8月30日生まれで、2026年7月場所千秋楽の時点で29歳。
出身地は静岡県焼津市です。
Q2. 翠富士の身長と体重は?
A. 身長174.0センチ、体重112.0キロです(2026年7月場所千秋楽時点)。
幕内力士の平均体重が約160キロなので、そこから48キロほど軽い体格になります。
Q3. 翠富士の得意技は?
A. 日本相撲協会の公式プロフィールでは、押しと肩透かしです。
直近6場所の決まり手は、寄り切り25パーセント、押し出し14パーセント、肩透かし14パーセント、その他47パーセントでした(2026年7月場所千秋楽時点)。
Q4. 翠富士は結婚している?
A. 2023年3月に婚姻届を提出し、2024年2月14日に東京・富岡八幡宮で結婚式を挙げました。
挙式のときには長女もお披露目されています。
Q5. 翠富士は休場していたが、その後は?
A. 2026年3月場所を心不全で全休し、十両へ番付を下げました。5月場所から復帰して9勝6敗、7月場所は東十両八枚目で8勝7敗です(2026年7月場所千秋楽時点)。
投薬治療は続けていると本人が語っています(2026年5月時点)。
まとめ
翠富士は、幕内の平均より40キロ以上軽い体で前頭筆頭まで上がった力士です。押しや寄りだけでなく、肩透かしのように相手の動きを利用する技を持っていることが、小さな体で戦う大きな武器になっています。
僕も同じ174センチで土俵に上がっていました。だからこそ、まわしを取られ、寄っても残され、差されれば浮いてしまう苦しさは今でも覚えています。
あのとき僕が思いつかなかった手を、同じ身長の翠富士が本場所で決めている。見ていると、正解を後から教わっているような気分になります。
次に翠富士の取組を見るときは、相手の力をどう受け、どこへ流しているのかにも注目してみてください。体格差があるほど、翠富士らしい相撲が見えてくるはずです。
うむ。体の大きさは変えられぬ。だが、力の向きは変えられる。
正面からぶつかるだけでなく、相手の力を利用して勝ちにつなげる。そこに翠富士関の強さがあるのだろう。
小さい者の相撲には、大きい者に見えぬ道がある。
家で相撲中継を観る日は「menu」が便利です
「今日は外に出ずに、家でゆっくり相撲中継を観たい」「食事や飲み物を用意したいけど、買いに行くのは面倒」
「せっかくなら初回はお得に試してみたい」——
そんな日に使いやすいのが、デリバリーアプリ「menu」です。
■料理だけでなく、コンビニや日用品も注文しやすい
■家で相撲中継を観ながら、食事や買い物をまとめて済ませやすい
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